なぁ~んて、訳の分からんこと書いてますが、
要するにドラマ放映後の後追い(あとおい)をしてるということです(笑)。
それがまた、「忍びの里 伊賀・甲賀」(日本遺産)巡りの目的にもなっていて、
ちょっと伊賀を抜け出して、甲賀辺りを再びうろうろし出したワタシです(笑)。(参考Map)
途中、玉滝地区を通るので、例の「ソバ畑」へ、ご機嫌はいかがかな?
どんどん伸びてました…
目指すは、JR草津線「油日駅」。(滋賀県最南端の駅)
玉滝の峠を下りて、県道135号線(上馬杉上野線)経由で行きます。
予習では県道51号線沿いの田園地帯(谷筋)に城跡が多く、近くに駐車場がない!
目的の「和田公方(わだくぼう)屋敷跡」は歩いて行ける距離なので、駅駐車場に車を止めるため…
忍者の里・甲賀らしく、巻物をくわえて印を結んでいるような外観を持つ駅舎です。
線路沿いに桜並木があるので、また来春を楽しみにしましょう。
「甲賀観光Map」
裏は 「油日駅周辺案内Map」
この駅にはレンタサイクルも用意されていました…
サイクリングできる体力もつけておかないと
右も左もというか東西南北わからないので、
駅員さん(多分、地域の嘱託職員さんと思われる)に尋ねます。
地図を探してくださり、快く教えてくれます。
地図を逆さまにして歩くと分かりやすいですよって(ワタシにピッタシの教え方です(笑))…
県道51号線沿いに歩いて、大きな蔵、栗の木、油日神社の方を見てる鳥居かなぁ…
実のところ、「案内板」らしきものは何もなく、
本当に地図だけが頼りなのがよく分かりました。
それでもやっぱりこのまま進んでいいのか悩ましいので、畑仕事をされてた方にお聞きしました、
「和田公方屋敷跡へ行きたいんですけど、このまま行って大丈夫でしょうか?」
「もう少し進んだら案内板があるから、そこを左に曲がって」とのこと。
案内ありましたっ!
なんか、見慣れた案内板で安心しましたけど、ここからが大変
まさに、個人宅の敷地の中に踏み込んでいくかんじで 、
このまま進んでいいのか、誰かに声をかけたらいいのか、悩ましかったです。
Mapに書いてある『城跡などは個人の私有地となっているところもあります。
立ち入られる場合はご注意ください』という意味がよぉ~くわかりました。
お昼時だったこともあって畑仕事をされてる方もおらず、
あっちの道かこっちの道か、はて向こうの畦道か??
吾亦紅、ススキ、秋桜という秋の3種が咲き誇るその向こうに、
説明版らしきものが見えます、
辿り着きました
ワタシはほんとにふつうに民家の横を歩いて来ました、
ご夫婦で畦道を通って来られる方もおりました、(一人でなくて良かったと思った瞬間(笑))
恒例のクイズ
答は、撮れませんでした
この案内板の横に広い平地があります、これが公方屋敷跡。
駅でいただいたパンフレット『和田城館群』では、
≪和田川に沿って開けた谷の丘陵に7つの城館が築かれ、谷全体を守備していた≫
屋敷跡は≪西に開け、背後に山を背負う谷の部分に位置しています。≫
そして、
≪甲賀の複雑な地形と勇猛な甲賀衆が守っていたこの地は、
時の権力者の格好の潜伏地≫でもあったそう。
【和田公方屋敷跡】(甲賀市和田)甲賀市指定史跡
≪永禄8年、甲賀の和田惟政の手引きにより、奈良の一乗院を脱出した覚慶(室町幕府最後の将軍足利義昭)が一時滞在した場所である。≫
帰ってから思い出してコースを入れてみましたが、ワタシの探検 まだ半分(笑)。
では再び行軍開始!
つづく
要するにドラマ放映後の後追い(あとおい)をしてるということです(笑)。
それがまた、「忍びの里 伊賀・甲賀」(日本遺産)巡りの目的にもなっていて、
ちょっと伊賀を抜け出して、甲賀辺りを再びうろうろし出したワタシです(笑)。(参考Map)
途中、玉滝地区を通るので、例の「ソバ畑」へ、ご機嫌はいかがかな?
どんどん伸びてました…
目指すは、JR草津線「油日駅」。(滋賀県最南端の駅)
玉滝の峠を下りて、県道135号線(上馬杉上野線)経由で行きます。
予習では県道51号線沿いの田園地帯(谷筋)に城跡が多く、近くに駐車場がない!
目的の「和田公方(わだくぼう)屋敷跡」は歩いて行ける距離なので、駅駐車場に車を止めるため…
忍者の里・甲賀らしく、巻物をくわえて印を結んでいるような外観を持つ駅舎です。
線路沿いに桜並木があるので、また来春を楽しみにしましょう。
「甲賀観光Map」
裏は 「油日駅周辺案内Map」
この駅にはレンタサイクルも用意されていました…
サイクリングできる体力もつけておかないと
右も左もというか東西南北わからないので、
駅員さん(多分、地域の嘱託職員さんと思われる)に尋ねます。
地図を探してくださり、快く教えてくれます。
地図を逆さまにして歩くと分かりやすいですよって(ワタシにピッタシの教え方です(笑))…
県道51号線沿いに歩いて、大きな蔵、栗の木、油日神社の方を見てる鳥居かなぁ…
実のところ、「案内板」らしきものは何もなく、
本当に地図だけが頼りなのがよく分かりました。
それでもやっぱりこのまま進んでいいのか悩ましいので、畑仕事をされてた方にお聞きしました、
「和田公方屋敷跡へ行きたいんですけど、このまま行って大丈夫でしょうか?」
「もう少し進んだら案内板があるから、そこを左に曲がって」とのこと。
案内ありましたっ!
なんか、見慣れた案内板で安心しましたけど、ここからが大変
まさに、個人宅の敷地の中に踏み込んでいくかんじで 、
このまま進んでいいのか、誰かに声をかけたらいいのか、悩ましかったです。
Mapに書いてある『城跡などは個人の私有地となっているところもあります。
立ち入られる場合はご注意ください』という意味がよぉ~くわかりました。
お昼時だったこともあって畑仕事をされてる方もおらず、
あっちの道かこっちの道か、はて向こうの畦道か??
吾亦紅、ススキ、秋桜という秋の3種が咲き誇るその向こうに、
説明版らしきものが見えます、
辿り着きました
ワタシはほんとにふつうに民家の横を歩いて来ました、
ご夫婦で畦道を通って来られる方もおりました、(一人でなくて良かったと思った瞬間(笑))
恒例のクイズ
答は、撮れませんでした
この案内板の横に広い平地があります、これが公方屋敷跡。
駅でいただいたパンフレット『和田城館群』では、
≪和田川に沿って開けた谷の丘陵に7つの城館が築かれ、谷全体を守備していた≫
屋敷跡は≪西に開け、背後に山を背負う谷の部分に位置しています。≫
そして、
≪甲賀の複雑な地形と勇猛な甲賀衆が守っていたこの地は、
時の権力者の格好の潜伏地≫でもあったそう。
【和田公方屋敷跡】(甲賀市和田)甲賀市指定史跡
≪永禄8年、甲賀の和田惟政の手引きにより、奈良の一乗院を脱出した覚慶(室町幕府最後の将軍足利義昭)が一時滞在した場所である。≫
帰ってから思い出してコースを入れてみましたが、ワタシの探検 まだ半分(笑)。
では再び行軍開始!
つづく