おもしろきこともなき世を おもしろく すみなすものは・・・

セロ弾き 呑み鉄 蕎麦打ち~趣味とともに楽しく過ごしたい今日この頃

YouTubeで発見 レナード・バーンスタイン

2009-12-16 23:46:40 | 音楽
 今日は、冷え込んだ。寒気が入っている。マイチャリ通勤の小生にとっては、辛い時期の到来である。しかし、その逆境にめげずに、チャリをこいでいきたい。

 昼休みは、マイチャリで街中を放浪した。水曜日は、定休日のお店が多い。メインストリートもシャッターが閉まっている。ふと思った。水曜日は、ビジネスチャンスだ。ただし、掘り出し物は用意しておかなければならない。
 帰りは、ほぼ定時に終われたので、夕方の街中をマイチャリで散策。とりあえず、駅前までいった。当然、酒屋も覗いた。酒屋には、琉球泡盛、石垣島の「請福」がおいてあった。「請福」は、「請福ファンシー」という銘柄で、花粉症が予防できるという。開発には、市内のクレハ(クレラップを作っているところ)が関わっているらしい。この瓶は違うと思うが。

 

 まだ、「千鶴」が残っているので、今日も、「千鶴」で1杯。

 ちびちびやりながら、ネットを見ていると、YouTubeで発見した。

 前にブログで書き込んだ、レナード・バーンスタインの1989年のベートーベン第9(「Freude」を「Freiheit」と代えて歌っているやつ)。動画で見るのは初めてである。このときのバーンスタインは、もう晩年、でも、気迫が伝わってくる。

 バーンスタイン ベートーベン第9 その1(1989)
 バーンスタイン ベートーベン第9 その2(1989)
 バーンスタイン ベートーベン第9 その3(1989)
 バーンスタイン ベートーベン第9 その4(1989)

 YouTubeで若かりし頃のバーンスタインの第9も見つけた。見比べてみてほしい。

 バーンスタイン ベートーベン第9 若かりし頃のバーンスタイン

 89年12月のライブから、1年経たずに、バーンスタインはこの世を去った。記憶に残っているのだが、90年10月の上旬、ちょうど高速道路のサービスエリアで休憩していたら、バーンスタイン引退のニュースが流れていた。それから数日後、逝去の報道である。信じられない、というのが素直な気持ちであった。

 毎年、夏に札幌でパシフィック・ミュージック・フェスティバル(PMF)が開催されている。第1回目は90年6月。若手音楽家向けの教育が目的だったと思う。最初は、北京で開催されるはずだったが、天安門事件の影響で、札幌で開催されることになったと記憶している。バーンスタインが札幌市民会館で指揮したシューマンのシンフォニー、TVでも放映されたが、ものすごい迫力であった。それから数ヶ月、バーンスタインは旅だった。

 バーンスタインが、クラシック音楽を広めようとしていた事業で、確か、カーネギーホールで収録した「ヤング・ピープルズ・コンサート」。DVDも販売されているが、印象に残っているのが、舞台裏のスタッフを、「みんな出てこい」と呼び出したところ、客席の人数を同じくらいだったこと。演奏会を作り込むためには、それだけスタッフが必要であることを見せつけられた。

 YouTubeを覗くと、おもしろい映像を発見できる。先週あたりは、カルロス・クライバーの演奏会を発見した。

 YouTubeにはまりそうだ。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 報道ステーション | トップ | ヒミツのOSAKA(秘密の... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

音楽」カテゴリの最新記事