眼下の敵 羽生善治vs佐藤康光 1995年 第8期竜王戦 第6局

2024年10月28日 | 将棋・名局

 「1分将棋の熱闘」こそが、将棋の醍醐味である。

 将棋の持ち時間は、長いほうが当然精度が上がるわけだが、見ていておもしろいのは、やはり秒読みの戦い。

 手がどんどん動くから見ていてダレないし、なにより時間がないことによる読み手順ブレにこそ、勝負のドラマが隠されている。

 かつて先崎学九段はそのエッセイで、

 


 「見ていておもしろいのは、悪手だらけの戦いに最後、一手だけキラリと光る絶妙手がある将棋」



  

 そう書かれていたが、これは本当で、今回はそのような一局を紹介したい。

 現在、藤井聡太七冠佐々木勇気八段竜王戦でバチバチやりあっているが、まだ「若き獅子たち」だったレジェンドたちの戦いも、なかなか熱いでござんすよ。

 


 1995年の第8期竜王戦

 羽生善治竜王と、佐藤康光七段の七番勝負。

 このころこの2人はまだ20代ながら、1993年から3年連続で、竜王戦七番勝負を戦っていた。

 最初の激突では、佐藤が4勝2敗で初タイトルを奪取するが、翌年は羽生がリターンマッチを制して奪い返す。

 そのまた翌年、怒りの佐藤康光はまたも、本戦トーナメントをかけあがって挑戦者になり、ライバル対決の盛り上がりは最高潮に。

 羽生の3勝2敗リードでむかえた第6局

 後手の佐藤が急戦矢倉に組み、5筋での総交換になって、むかえたこの局面。

 

 

 

 後手が仕掛けて駒をさばいたが、3筋にキズもあって、先手からもなにか反撃がありそう。

 ただ歩切れなので、どこから手をつけるか悩ましいところだが、実は後手陣に意外なが、もうひとつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲84銀と打つのが、羽生らしい好手。

 一見俗筋で、指すのにやや気がさすところだが、こういう

 

 「やりにくい」

 「指したらバカにされそう」

 

 という手を平然と選べるところに、羽生の強みがある。

 この銀打も、通常ならねらいが単調で、もし後手から△65歩▲同歩の突き捨てが入っていたら、△65桂▲73銀成△54銀みたいな手順で、アッサリ受け流されてしまう。

 だが、ここで案外と、いい返し技や受けがなく、佐藤もやられてみて、はじめてそのきびしさに気づいたよう。

 それまでの構想に難があったかと悔い、49の苦しい長考で△72銀と引くが、▲82角で先手の駒得が確定。

 「不利なときには戦線拡大」とばかりに、放置して△55歩と動くが、先手も冷静に▲73銀不成と取る。

 騎虎の勢いで△56歩と取りこむしかないが、▲72銀不成△57歩成▲同金△同飛成▲34桂急所に蹴りが入って先手優勢に。

 

 

 

  の安定度が違ううえに、先手からは▲35飛▲64角成を補充する手もあるなど、自然に手が続きそう。

 このままいけば、羽生快勝の流れだったが、佐藤の懸命の反撃に、一回自陣に手を入れたのが、手堅く見えて緩手だった。

 この小ミスで、形勢は急接近

 終盤戦、△45角と絶好の攻防手が飛び出したところでは、もうどっちが勝っても、おかしくない。

 

 

 


 次に△89竜とされれば、▲63質駒になっていることもあって、先手玉は危険きわまりない。

 といって、受ける形も見当たらず、観戦記によると、残り5分を切った羽生は、ここで明らかに動揺していたそう。

 いつもポーカーフェイスが売りの羽生にはめずらしいことだが、勝ち将棋をここまで追い上げられては、そうなるのも当然だろう。

 だが、ここからの羽生の対応が、すごかった。

 △45角の痛打にかまわず、なんと▲44銀と踏みこむ。
 
 △89竜をまともに喰らって、大丈夫なのかと目を覆いたくなるが、▲97玉でまだ詰みはない。

 こちらはすでに1分将棋の佐藤は、59秒まで考えて△95桂

 

 

 

 これがまた強烈な一撃で、▲同歩△同歩▲86玉△94金とシバられ生きた心地がしない。

 


 「頭がおかしくなっちゃいました」


 

 と述懐するよう、この桂打ちでグロッキーになった羽生だが、ボヤく間もなく、なにかワザを返さなければならない。

 先手陣は▲82飛車がいるため、△87桂成とされてもギリギリ詰まないが、を渡すと△87でバラして△78銀で仕留められる。

 しかもその銀は、盤上に2枚落ちている。

 つまり羽生は、を渡さず、また▲82飛車の利きもキープしたまま、後手玉を寄せなければならないが、果たしてそんな手はあるのか。

 この超難解な局面での秒読みはシビれるが、ここで羽生が指したのがまた、ド肝を抜かれる勝負手だった。

 

 (続く

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