必殺の0,1秒 羽生善治vs佐藤康光 1995年 第8期竜王戦 第6局 その2

2024年10月29日 | 将棋・名局

 前回の続き。

 1995年の第8期竜王戦

 羽生善治竜王佐藤康光七段の七番勝負、第6局は両者ゆずらぬ大熱戦になった。

 

 

 

 羽生優勢から、一瞬のスキを突いて佐藤が一気の追い上げを見せる。

 図の△95桂が強烈な一撃。

 ▲同歩とは取り切れないし、後手からはが入れば、自動的に先手玉の詰めろになる仕掛け。 

 そして、その銀は盤上に2枚落ちている。

 佐藤のパンチが急所に入り、さすがの羽生も朦朧としたそうだが、ここでまた、すごい勝負手を振り絞ってくる。

 

 

 

 

 


 秒読みの嵐の中、▲33歩△同桂▲41銀と打ったのが目を疑う手。

 先手玉はを渡すとお陀仏なのに、その銀を攻めに使うと。

 とんでもない度胸であるが、羽生によるとここでは、

 


 「慌てて指した手で、その後は負けだと覚悟しました」


 

 苦肉の策だった。しかも、この銀は△87桂成からバラした後、△81飛が王手で抜かれてしまうのだ。

 ここでは行方尚史五段が指摘の、▲25桂が有力で、△同桂▲33歩なら難解ながら後手玉は寄っていた。

 

 

 うーむ、さすがはナメちゃん、するどい!

 これを逃し、なら先手負けかといえば、そうではないのが勝負の不思議で、1分将棋でこの銀打は不思議な魔力を発揮するのである。

 佐藤は△87桂成として、▲同飛成△同竜▲同玉△81飛王手銀取りをかける。

 

 


 
 自然な応手で自陣の憂いを消し、佐藤はここで優勢を確信した。

 それ自体は間違っていなかったが、△81飛と打つところでは、△31金打△42金打と守るほうが勝っていたという。

 飛車手持ちにしたままの方が、先手玉を寄せるのに役立つし、これで強引にを入手してしまえば詰めろになって、先手も受けがむずかしい。

 とはいえ1分将棋では、△81飛と打ちたくなるのも人情で、しかも、それで後手優勢なのだから、佐藤康光も責められるいわれは、ないわけだ。

 ただ、あくまで結果的にではあるが、この銀打ちは小さいながらも、逆転のタネになった可能性はある。

 自陣に使わせた飛車は、その後あまり働かなかったからであるが、これはさすがの羽生も、そこまでねらっていたわけではないのだが。

 △81飛▲83歩△41飛で、手番が来た羽生は▲33銀成として、△同金▲52飛と王手。

 △32金打とガッチリ受けるが、この次の手が、またも羽生の渾身の勝負手だった。

 

 

 

 

 


 ▲56歩と、このタイミングで受けに回るのが、「羽生マジック」と呼ばれるゆさぶり。

 ふつうなら、先手は手番をもらった一瞬に、なんとかラッシュをかけて、後手玉を仕留めてしまいたいところのはずだ。

 当然、佐藤もそこに絞って、自陣のしのぎ形からのカウンターを、懸命に読んでいたことだろう。

 そこに、この驚愕の手渡し

 しかも、ここで△63角とされると、負けが決定しそうな場面でもあるのだ。

 それを「やってこい」と。

 どういう神経をしてるのか。これにはさすがの行方も、

 


 「見た瞬間に、僕の頭も切れちゃいました」


 

 それくらいに、信じられない一手なのだ。

 竜王位のかかった、この修羅場中の修羅場で、しかも相手の好手が見えながら手を渡せるとは……。

 佐藤の前に、フワッとチャンスボールが上がった。

 あとはそれを、スマッシュすれば決まりである。

 だが、ここで佐藤が最後の最後に間違えた。

 △63歩と取ったのが、自然なようで敗着になる。

 ここではやはり、△63角とすれば、後手が勝っていたのだ。

 羽生は△63角には▲同馬と取って、△同歩▲25桂とせまるつもりだったそうだが、△42金打と受け手、▲33桂成△同金直で後手が勝ちそう。

 

 

 

 

 本譜は△63歩以下、▲44馬△51歩▲62飛成△52金と、自陣に駒を埋め後手が手堅そうだが、こうなると攻め駒も減っている形になり、先手にプレッシャーがなくなる。

 以下、▲71竜△27角成に、▲25桂で、とうとう先手が勝ち筋に。

 

 

 

 

 

 △41飛車も、隠遁して働いてなく、こうなると▲41銀が「毒まんじゅう」の働きになって、それなりに意義があったことになる。

 勝つときというのは、こういうものだ。

 この将棋は▲41銀△81飛△63歩など最終盤は精度を欠いたように見え、実際、観戦していた田村康介四段も、

 


 「この棋譜だけを単に評価するなら、「駄局」の部類に入ると思います」


 

 

 しかし、それに続けて、

 


 「ただ、1分将棋で65手も指したことを考えると、もはやこれは最高級レベルと言うしかない」


 

 

 『将棋世界』で、この将棋を「羽生と佐藤康光の名局」のひとつとして取り上げた、勝又清和七段も、

 


 「延々と続く1分将棋で、この応酬を披露できるのがすごい」


 

 やはり△95桂に対する、▲33歩から▲41銀の流れに感嘆している。

 この一局を振り返って羽生は、

 


 「いや、今回はエネルギーを使いました。こんなに使ったのは珍しいというか、はじめて、ですね」


 

 佐藤は負けが確定した場面について、

 


 「つらかった。つらかったけど、自分の指した将棋ですから。島さんの言う『自分の指す将棋に責任を持つ』そんな心境で指してました」


 

 観戦者によると、対局場の女性スタッフが、モニター越しに食い入るよう、この対局を見据えていたという。

 将棋の内容に関して、そこまで深くは理解できてないはずの人が、わけもわからないまま惹きこまれていく。

 そのことが、どんな詳細な解説よりも、この一局の、すさまじさを表わしている。

 激闘を制した羽生は、これで竜王防衛

 ライバルに一発食らわせ、羽生時代を、ますます盤石のものにしていくのであった。

 


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コメント
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