前回に続いて石田流のお話。
このところ、石田流の話題が続いて、それもふつうの美濃に囲う振り飛車ではなく、居玉で華々しく切り合う大乱戦のものばかり。
そこで今回も、
「え? これって元々は振り飛車だったの?」
という珍局(?)をご紹介したい。
2007年、第55期王座戦の挑戦者決定戦。
森内俊之名人と、久保利明八段の一戦。
先手になった久保が、▲76歩、△34歩、▲75歩、△85歩に▲74歩と突く「鈴木(大介)流」を採用。
森内も△同歩、▲同飛に、△88角成、▲同銀、△65角。
後手は△85歩の代わりに、△62銀とでもしておけばおだやかなのだが、そこをあえて突っ張るのは、この変化に自信ありとの宣言とも言える。
飛車が逃げれば△47角成で後手優勢だから、久保も定跡どおり▲56角と打ち返す。
「升田幸三賞」も受賞したスゴイ角打ちだが、これが有力だというのだから、その発想力には恐れ入ります。
この将棋は、ここからも難解な応酬が続いて、正直なにがなにやら、サッパリわからない。
たとえば、少し進んだこの局面。
そもそも、先手も後手もここからどうやればいいのか1手も見えないが、まあ次の手も、なかなか当たらないでしょう。
△53飛と打つのが、なんかもう、よくわかんない手。
研究家の森内だから、もしかしたら想定内なのかもしれないけど、まあAI的な評価値や好手悪手の判断が、あまり意味のない局面であることはわかる。
そこからさらに進んで、これとか。
端攻めなどで、香車と飛車の2段ロケットなんてのはよく見るけど、飛車と飛車のロケットなど見たこともない。
しかもそれが玉頭で、中飛車。ハラホレヒレ。
ただ、見ていてメチャクチャおもしろい局面であることは間違いない。指してるほうは、大変だろうけど。
この将棋は、終盤でも見せ場があった。
すでに先手が優勢で、△87歩もさほど怖い手ではないが、ではここでどう指せばいいだろう。
筋のいい方なら、
「そりゃ、こういうところは▲77銀と、ぶつけりゃいいんだよ」
たしかに働きの弱い自陣の銀を、敵の攻め駒にぶつけて交換をせまるのは一目である。
△同金なら▲同桂で、自玉の脅威を緩和させながら桂馬も活用できて、これはいかにも味がいい。
お見事、それが正解で実際に久保もそう指したのだが、もうひとつやってみたい手は思い浮かばないだろうか。
前に出られる銀を、あえてこちらに……。
ここで▲79銀と引くのも、おもしろい手だった。
これでなんと、先手陣は大駒以外、すべて初形に並ぶのだ。
これはなかなかの珍形で、ましてやプロの将棋では前代未聞だろう。
『千駄ヶ谷市場』でこの将棋を取材した先崎学九段によると(改行引用者)
対して久保は筋よく▲77銀とぶつけたが、ここは、▲79銀と初形に戻せば、本当に後手はやる手がなかった。
嘘のようなホントのはなしである。
私はふと、▲79銀とすれば、森内は投げるのではないかと思った。例えようもなく華麗な投了図である。
まさか、そんなことは実際にはないだろう。
だが、本局の珍形は、そのような妄想すら、人に浮かべさせるものがあったのだ。
(横歩取り△85飛車戦法「松尾流」編に続く)
■おまけ
(久保のさわやかで軽妙な寄せはこちらから)
(その他の将棋記事はこちらからどうぞ)
語り口と棋力の高さがとてもマッチしていると思います。
これからも応援します。
触発されて、大好きな大山名人の晩年最高の順位戦のことを書きました。
https://note.com/silencesuzuka999/n/na1301e0e7e3b
大山名人のこの将棋は、何度並べても感動的です。
私は将棋のAIが発展してきたことを、わりと歓迎して楽しんでいる方ですが(SFが好きなので)、同時に人間の指す将棋のおもしろさが損なわれることがないと思っているのは、この大山先生の「▲69銀」のような手こそに、「勝負の本質」があるとも感じているからです。