待ちに待ったルネの53枚目のアルバム「Condorコンドル」のデジタル版が購入できるようになりました!! 購入価格はAmazonMusicはアルバム(11曲収録)が1,600円、1曲250円。iTunesStoreでは1,528円です♪
ルネのソロではなく、ルネと親しい歌手仲間によるコラボ(デュオ)アルバムです。もちろん私はAmazonとiTunesの両方で購入したルネ馬鹿です(爆★)
※AmazonMusicでの購入はこちらからどうぞ
https://www.amazon.co.jp/Condor-Ren%C3%A9-Simard/dp/B09JS35VCH/ref=sr_1_14?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&keywords=Rene%20Simard&qid=1636662435&sr=8-14&fbclid=IwAR2Z6JGb7GkmSdvT6AqKIh8Wy8HGz1mQP-ILk53T5WFhcwqh-fjMgThL9Mw
アルバムの発売に当たりTV番組”Salut Bonjour”等に出演したり、インタビュー記事がfacebookに投稿されたり、デビュー50周年ということもあって、ルネは忙しい日々を送っているようですね
前回の記事に追記してきましたが、改めてルネの最新情報をまとめて紹介いたします。
<facebookの公式ページの投稿>
▲ルネの53枚目のアルバム「Condor」とデビュー50周年記念誌のセット(19.99ドル) ※日本には配送されません
René Simard
11月9日 2:16
Bonjour à tous,
Si vous voulez avoir accès à mon nouvel album et mon magazine qui célèbrent mon 50e anniversaire de carrière.🎤Vous pouvez le faire grâce à ce lien ci-dessous. 😁🥰
jemagazine.ca/rene
こんにちは、みんな、
私の50周年を祝う私の新しいアルバムと雑誌にアクセスしたい場合は、以下のリンクからアクセスできます。 😁🥰
https://www.jemagazine.ca/pages/rene-simard?fbclid=IwAR2sjvbX4O36SUiVOtfR1EgQ8xf7g6JVz_tzIP6T-OAxv2_Xn6LRFrFrMhg
<Salut Bonjour>
▲左:スタジオで右:孫娘クロエを抱くルネと妻マリー
▲左:1974年パリで シルヴィー・バルタンが用意したルネの名前入りロールスロイスの前で
右:亡き最愛の母ガブリエル・ラベと一緒のルネ
11月10日、Salut Bonjourにルネが出演し、53枚目のアルバム「Condorコンドル」についてや想い出を語り、4月に誕生した初孫娘クロエちゃんの映像も公開されました
※ENTREVUE: RENÉ SIMARD LANCE CONDOR, SON 53ÈME ALBUM EN CARRIÈRE
https://www.salutbonjour.ca/2021/11/10/entrevue-rene-simard-lance-condor-son-53eme-album-en-carriere?fbclid=IwAR0f7rA1XGbWJDHwnVc-ITyH0U1z2gHN1d0QsvSwCZlsnMmp8daAb9ly8Og
<Plus.La Presse.caより>
※RENÉ SIMARD DUOS ENTRE AMIS
(友達同士のデュオ)
https://plus.lapresse.ca/screens/27fab8c6-fb4f-4603-9c03-44bc489211f8__7C___0.html?utm_content=ulink&utm_source=lpp&utm_medium=referral&utm_campaign=internal%20share&fbclid=IwAR3EYhijUFhnLomc5IC1RumsdF-mJ9FVTnNFgvM2kfRK0Rn22Lwv2n9Qm-Y
<7Jporsの記事>※Johanneさん提供
※ルネ・シマールの50年のキャリアを50枚の写真で追体験
https://www.7jours.ca/2021/11/11/revivez-les-50-ans-de-carriere-de-rene-simard-en-50-photos?fbclid=IwAR0IyJzk330XWxPOclM138SWORk4Urh7SyBJ1EVJdYLwEcZXGGx4AijcPLg
<Ça finit bien la semaineの映像>
▲1番左の画像は、「R.S.V.P. 」のオープニングの歌とダンスを再現しているところです 還暦ルネの切れ切れダンス(?!)は見もの
12月5日TVA放映、Marie-Claude Barretteが主催する特別番組「René Simard, 50 ans d’amour ルネ・シマール、50年の愛」 ルネ・シマールと彼のキャリアに関するドキュメンタリー
https://www.facebook.com/cafinitbienlasemaineTVA/videos/410554910702705
https://www.facebook.com/cafinitbienlasemaineTVA/videos/607899130358027
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ルネのデビュー50周年記念誌紹介の11回目です。
今回は「On le dit millionnaire a 13 ans」の4回目になりますが、2ページ見開きで紹介してきたこの回では、写真の解説以外の文章はありません。
その代わり、次回の記事につながる記事として、「Growing pains 成長痛」という記事の一部を紹介いたします。
GROWING PAINS 成長痛
René Simard suddenly faces an uncertain future
ルネ・シマールは突然不確かな未来に直面します
今年は、ルネ・シマールの再生を見ているはずでした...カナダのテレビ・スターの調整は、北米のヒット・レコードに続いて、彼自身の米国のバラエティー・シリーズ、そして最終賞である国際的なスーパー・スターの達成が続きました。
昨年のシマールのCBCバラエティー・シリーズは、すべてジャンプスーツとpinball wizardry、Razzie Dazzieの誇大宣伝、主流派のトップ40のロックとノンストップのSnap and Crackleでした。
今年は若く洗練されたデザイナーの衣装がありました。Copacabana production コパカバーナ・プロダクションのナンバーは、悲鳴を上げる10代の暴徒のシーンが少なく、よりクラシックなポップ・ソングです。 Disco-Rene ディスコ・ルネはディスコ・バーを追加し、彼自身の活動的で現代的な独身者、bachelor pad独身パッド(※)のセットを取得しました。
ルネ・シマールはCBCから成長してきました。 尊ぶべき18歳の時に、フランス系カナダ人の歌の感覚で、彼は来シーズン、CBCで最も人気のあるバラエティシリーズの1つに2年間出演しました。「ルネにとって、過去2年間は重要な一歩でした。」彼のマネージャーのギィ・クルティエは言います。 「しかし、彼はまだ非常に若く、このビジネスでは出演が多すぎるのは危険です。」 結局のところ、この若者は、カナダ英語圏の誰もが彼について聞くずっと以前から、ケベックの主要なスターでした。
※bachelor pad(独身パッド):お金にゆとりがある若い独身男性の一人暮らしのアパート
▲Disco-Rene ディスコ・ルネ ルネは前列中央で赤のタートルネックにグレーのパンツ
文章がない分は、同じ時期のルネの活動について書かれた記事を紹介していますので、参考にしてください。
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TOUT sur l'enfant star
René Simard
L'IDOLE d'un PEUPLE
On le dit millionnaire a 13 ans vol.4
人々は彼を13歳の億万長者(ミリオネア)と言う
▲左:彼が成長したとき、ルネは彼の聴衆の一部を失いました
右:このアーティストはカナダの英語圏で人気があります
※41分35秒からカナダの英語圏での活動
44分10秒から”René Simard SuperKid(1975)”
▲右:ルネは、ダンジュー市の私たち(バシャン姉妹)の家で彼が占領していた部屋で読書している
▲左:エミール・ジェネストとジョルジュ・ギュエタリーの間で
右:ジャン・ベリヴーがルネにゴールド・ディスクを手渡す
▲左:ラスベガスのルネの楽屋で ルネ リベラス ギー・クルティエ クロディーヌ・バシャン
右:ダイアン・キャロルとサンディー・ダンカンと一緒にルネ・シマール・スーパーキッドの一場面
▲左:ルネはリッチー・リトルに気を配っている(ヴァンクーヴァー)
右:トロントでボビー・ヴィントン・ショーのセットで
▲ルネの衣装 ①タートルネックのセーターとこげ茶のカーディガン ②④赤のジャンプ・スーツ ③黒のスーツに黒の蝶ネクタイ
<le Journal de Montrealの記事からの追記>
彼のキャリアの最初の数年間、彼は1時間に100マイルでそれらを生きました:大勢の人の前でのコンサート、ローラ・セコードの小さなプディングのクレイジーな広告キャンペーン、彼の人生に関するドキュメンタリー映画の撮影、ドミニク・ミシェルとの長編映画、そして、東京音楽祭世界大会での優勝によって、ジャン・ルフェーブルから招かれたパリのオリンピアの舞台と、米国のリベラーチェとのショーです。
「それほど多くはありませんでした。私は若い年齢にもかかわらず、状況に対処することができました。」と彼は述べました。
ルネは変声期を迎え、自分の声を変えていかなければならないことに気づき、15歳のときに、彼のキャリアの2番目の部分であるマネージャーのギィ・クルティエとすぐに準備しました。
「私は毎日ロサンゼルスに滞在し、歌のレッスン、ダンスのレッスンを行い、英語を学びました。また、髪を切ってもらう機会もありました。私は散髪にうんざりしていて、ギィ・クルティエに話していませんでした。私はいつも自分の職業を改善しようと努めてきました。それは私の多方面性でした。私は運が良かった。私はこの職業のあらゆる分野に触れてきました。」と彼は言いました。
彼は、1977年から1979年にかけて、バンクーバーでルネ・シマール・ショーを主催するためのほぼ毎週の往復旅行が、16歳には困難だったことを認めています。
「私はまだ飛行機に乗っていました。大変でした。私がうつ病に近づいたのはこれだけです。」と彼は認めました。
ルネは変声を迎えたことや来日が無くなったことで、日本のルネ・シマール・ファン・クラブ「メープル・メイツ」は1976年に閉鎖されました。
この頃ルネは、ケベックのママのアイドルからティーンのアイドルへと変わっていった時期でした。また、カナダの英語圏やアメリカでの活動が増え、ケベックのファンは、ルネが離れてしまったように感じて寂しい思いをしていた時期でもありました。
「Growing pains 成長痛」の中で語られていましたが、この頃からルネは、ジャンプスーツの少年から、紳士な大人の青年に移行するためにスーツを着始めました。
話は変わりますが、ルネの髪は、来日の頃は金髪と間違って覚えている方も多い、天使の輪ができる栗色でした。成長するにつれ髪色が濃くなって、現在はロマンス・グレーです。髪型も、おかっぱからマッシュルーム・カット、聖子ちゃんカット、グラン・レトロの時はオール・バックにしてみたり・・・。そんなルネの変化を追ってみるのも楽しいですね