ミドリ色の屋根は永遠に~René Simardに首ったけ~

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ルネと「カモメのジョナサン」

2012年09月09日 | ミドリ色の屋根の頃
 新学期が始まりました。残暑がまだまだ厳しい中、息子は熱中症対策の水筒持参で登校しています。来週は運動会! 練習も追い込みです。今年は何故かPTAの体育委員長になってしまったため、息子の競技をゆっくり見られるかどうか不安★ また、主人が仕事で行けなくなってしまったため、例年なら地域別の応援席にテーブルセットとパラソルを置いているのですがそれもなかなか大変★ ああ、今から心配…


   ルネと「カモメのジョナサン


▲可愛い世界のアイドル<ルネ>の小さな秘密がいっぱい! ヒット曲でつづる<ルネ>のすべて!
                (※1)映画の特別割引券


 先日ヤフオクで、ルネの「ルネ・オン・メロディ」と「カモメのジョナサン」の特別割引券(※1)を入手いたしました。「ルネ・オン・メロディ」が「汚れなき悪戯」と同時上映されたことはポスターやチラシで知っていましたが、「カモメのジョナサン」と同時上映した映画館があったことは、この割引券で初めて知りました。テアトル土浦のみだったのか、それ以外にも同系列の映画館で同時上映されたのか、この割引券だけでは分かりません。
「この券ご持参の方御一名様に限り窓口料金より100円割引いたします。尚、御父兄御同伴の場合は御同率に割引いたします」とありますので、小中学生に春休みの映画鑑賞券として配られたものなのでしょう。上映期間も4月1日から4月7日でした。
 でも、半券は「ルネ・オン・ステージ」になっていたりして、うーん★…です。

 また、同時期に落札したルネが表紙の「VIVA! FOURTEEN」(※2 『中二時代』1974年10月号付録 当時のものはルネの所だけ切り抜いてフエルアルバムに保管してあります)の中で「カモメのジョナサン」特集が掲載されていました。「スクリーンガイド」というコーナーですが、映画の紹介というよりは、小説の内容の短縮版という感じでした。
 当時この映画は、ベストセラー小説の映画化ということで大変話題になっていました。また、この当時2本立てというのは珍しくなく、田舎町の映画館など3本立てで上映したりしていましたから、スーパー・アイドルのセミ・ドキュメンタリー映画と話題の映画の2本立ては、興行収益が確実に見込める最高の組み合わせだったことでしょう。
 この映画が話題となり、原作小説がベストセラーになっていたことは知っていました。しかし、わざわざ買って読むだけのお小遣いが無かった私は、後にテレビのロードショーで放映された時もちょっと観ただけでした。
 ルネの来日のあった頃読んだ本というと、話題になったものは、「わたしは13才~なぜママになってはいけないの?」というイギリスの女の子の手記。当時では考えられないセンセーショナルな内容に一大ブームを巻き起こしました。また、動物好きだった私は、映画で観たジョイ・アダムソンの「野生のエルザ」の文庫本を買って読んでいたことを覚えています。それから、読書の時間に読むために、1人1冊ずつ家庭から持ち寄って常設していた学級文庫の本で、誰も選ばず残ってしまった「三国志」(特にこの頃は女子の選ぶ本ではなかった)にはまったりしていました。もちろん、カナダが舞台の「赤毛のアン」は外せませんね!

カモメのジョナサン」については、割引券のおまけにいただいたチラシと「VIVA! FOURTEEN」からこの映画について紹介したいと思います。 

    
    ▲(※2)「VIVA! FOURTEEN」


<カモメのジョナサン>

飛べ! ジョナサン その愛の翼で 心から心へ
 いまブームをまきおこしている「カモメのジョナサン」。映画と同名の原作は四年前に発行されて、アメリカだけで1200万部を売りつくしたという超ベストセラー。美しい写真入りのこの本は、すでに十数か国語に翻訳され、アメリカでは「風と共に去りぬ」をしのぐ売れゆきで、聖書なみのベスト・セラーとなっている。日本でも五木寛之の翻訳により6月22日初版本が出されたが、発売と同時に五万部が売り切れたという大変な人気である。
 原作はリチャード=バックという元パイロット。なにしろジョナサンというカモメが主人公で、人間は一人も登場しない原作だけに、映画化もむずかしいと思われていたが、製作・監督・脚色のホール・バーレットは、原則のもち味をみごとに映像化している。レコードも発売され、小説、映画、レコードと三段構えのジョナサン・ブームということになる。(解説は「VIVA! FOURTEEN」より)


☆映画館のチラシより

・カモメのジョナサン(原作「Jonathan Livingston Seagull ジョナサン・リビングストン・シーガル」)
・1970年初版発刊。
・日本では1974年に新潮社版が五木寛之訳で発刊。3か月で100万部を突破。
・25か国語に翻訳され、各国でベストセラーになっている。

・上映時間1時間39分
・一切人間を登場させず、撮影はオールロケで、セットも用いない。
・高度3000フィート上空の雲海。大波が砕け散る瞬間をとらえた上空からのヘリコプター・ショットなど、オープニングからパナビジョンの大画面いっぱいに素晴らしい映像をみせてくれるのは、ジャック・コウファーとヘリコプター撮影を担当したマクギルブレー・フリーマンのコンビ。
・音楽(作詞・作曲・編曲・歌)ニール・ダイアモンド

☆あらすじ
 かもめのジョナサン・リビングストンは一風変わっていた。仲間たちが海岸やゴミ捨て場で半分腐りかけた餌をあさり、その日一日を生きることにあくせくしているときに、ジョナサンは群れから遠く離れた大空で誰よりも高く誰よりも速く飛ぶ練習に余念がなかった。かもめだって、神から与えられた翼を十分に生かし、大空を自由自在に飛び廻ることを覚えれば今までのようにゴミをあさって飢えを満たし、寒さにこごえ死ぬような思いをすることはない・・・それがジョナサンの考えだった。仲間のかもめたちは、そんなジョナサンを気狂いとあざ笑い、群れの長老たちは若いかもめたちがジョナサンの影響を受けることを怖れていた。ジョナサンは両親の忠告もあって、1度は群れに戻る決心をするが、腐ったゴミを啄んで生きる屈辱には耐えられなかった。彼は再び大空高く舞い上がった。急降下の練習をしているとき、ジョナサンはスピードのコントロールを乱し、海面に激突した。半ば意識を失ったままジョナサンは波のまにまに漂っていた。十数時間後、ジョナサンは奇跡的に海面から飛び立った。この事故以来、ジョナサンの飛翔力は一層冴え、限界突破や夜間飛行など不可能と思われていた技術を身につけ、彼は自分が体得した技術を仲間にも教えようと群れに戻るが、彼を待ち受けていたのは長老たちの“終身追放"宣告だった。ジョナサンは放浪の旅に立った。大陸から大陸へ、大洋から大洋へ。春が過ぎ、夏が来て、短い秋が終わると厳寒の冬がやってくる。ジョナサンの心にいつの間にか芽ばえた孤独感が胸一杯に広がり始めた頃モーリンと出会った。彼女はジョナサンを見知らぬ世界に誘いそこで老師チャンに引き合わせた。ジョナサンは、チャンほど見事に飛翔するかもめを見たことがなかった。チャンは飛翔の究極の術ともいうべき、時と空間を超越して飛ぶことをジョナサンに教えた。チャンの教えをむさぼるように吸収したジョナサンは、それを離れてしまったもとの仲間たちに教えたいと思い、愛と平和に満ちた理想郷をあとにした。だが、長老たちの怒りはさめておらず、ジョナサンは群れに近づくことが出来なかった。そんなある日、やはり彼同様、仲間から追放された若いフレッチャーに出会う。ジョナサンとフレッチャーの飛行訓練が始まった。それを見た数羽の若いかもめたちが追放を覚悟でジョナサンのもとに集まった。ある晩、フレッチャーは皆の前で、飛行術を見せるために飛び立った。が、その瞬間予期せぬ出来事が起こった。海面めがけて降下するフレッチャーの眼の前に、子かもめが飛び出したのである。思わず身をよけた彼は断崖に激突し、息絶えた。そして信じられぬことが起こった。ジョナサンが横たわるフレッチャーに何かを語りかけると彼が息を吹き返したのだ。騒然となるかもめたち。この事件がきっかけでジョナサンは若い弟子たちを群れに返し、再び放浪の旅に立っていった。

※wikipedia「カモメのジョナサン」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%8B%E3%82%82%E3%82%81%E3%81%AE%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%B3


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ルネとマリージョセの基金活動
la Fondation Sourdine pour l’École oraliste de Québec pour enfants malentendants ou sourds




 ルネ・シマールと妻マリージョセが、「Ècole Oraliste de Québec Pour Engants Sourdsケベックオーラリストスクール」(聴覚障がいを持つ子どもたちが手話を使わず、リップリーディング(読唇術,視話)と発声による会話を習得するための学校)の第1期基金活動のスポークスマンを5年間務めることになりました。5年間での目標は250万ドルだそうです。このことについてはしゃむねこさんが彼女のブログサイトで詳しくお書きになっています。それに関連した「ルネの子どもたち」については、当ブログの記事をリンクしていただいておりますので、ルネの活動についてお読みください。

※しゃむねこさんの”Passion ルネ・シマール au Japon”参照http://renesimard.blogspot.co.nz/2012/08/la-fondation-sourdine-pour-lecole.html
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2 コメント

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Unknown (cherienomama)
2012-09-11 22:09:36
ルネ・オン・メロディは、全国どこでも汚れなき悪戯との2本立てだと思っていました。
汚れなき悪戯の子役の男の子も懐かしい!!
今どうしているのでしょうね。
カモメのジョナサンが話題になったのは、あの頃だったんですね。
お話の内容も全く知りませんでしたが、あらすじを読ませていただいて映画を見たくなりました。
シマ姉さん、いろいろと教えてくださってありがとうございます!!
この映画割引券のレコーディング中のルネ、私の大好きな1カットです。
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Unknown (shimazaki_rune)
2012-09-12 06:10:58
cherienomama様

インターネットの普及のお陰で、37年も前の
知らなかったことが。今になって分かるなんて
本当に便利な時代になりましたね。
当時見られなかった「ルネ・オン・メロディ」も
ネットのお陰で私は全編を見ることができました。
レコーディング・シーンのカットは。
「汚れなき悪戯」では使われていなかったと思うので、
その辺も興味深いところですね。
ちなみにこちらの2本立てのチラシは現在
Yahoo!オークションに出ていますよ。

それから、「カモメのジョナサン」はYouTubeで
映像を探したのですが、同名のバンドが出てきて、
さらに1つの映像は、映画の映像に全く別の曲を
流していたので紹介しませんでした。
原作小説は五木寛之氏の翻訳ですから、
読む価値はありそうですよね♪
私も探してみようかしら…。

もしかするとご存じの記事かもしれませんが、
まだアップの時期待ちをしている記事があるので、
楽しみにしていてくださいね♡
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