創作小説屋

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窓越しの恋(6/10)

2009年01月05日 10時44分43秒 | 窓越しの恋(一部R18)(原稿用紙50枚)
 シュウとは良い別れ方をしなかった。
 夏休みが終わり、高校生に戻ったシュウ。文化祭の実行委員の仕事で忙しいらしいのに、律儀に毎日私のアパートに顔を出した。そして楽しそうに学校の話をした。私が十年前に体験した高校三年生の二学期。あまりにも遠い記憶だった。歳の差を再認識させられ、聞いているのが辛かった。
「ごめん。疲れてるから」
 そういって、早めにシュウを帰らせることが多くなった。小さな諍いも多くなった。
 その日も何がきっかけで喧嘩になったのか、よく覚えていない。
「子供扱いするなよ!」
 シュウがふくれた。
「君は子供だよ」
 溜息をつく私。もう、限界がきていた。
「別れよう。私達」
 言うと、シュウは静かに立ち上がり、
「わかった」
 小さく肯き、静かに出ていった。部屋の中が耳が痛くなるほど静かになった。
シュウには言っていなかったが、十月から他店に異動が決まっていた。連絡しないまま、引っ越しをすませた。同僚達に私の異動先を堅く口止めした。シュウの携帯番号を着信拒否に設定した。十月に入ってから、何度か非通知着信や登録のない番号からの着信があったが、すべて無視し続けた。年が明けるころには、そんな着信もなくなった。
 傷つけてしまった。でも、これ以上傷つけたくなかった。傷つきたくなかった。
 あれから十年。
 私は結婚して、仕事も辞め、子供を二人産んだ。十年前の夏は遠い記憶になった。
 それなのに、今、昨日のことのように思い出す。西日のあたるアパート。幼い寝顔。色素の薄い髪。白く細い腕。愛しい人。
「サエコさん?」
 九時少し前、電話が鳴った。
 八時過ぎには子供達を寝かしつけ、アロマライトだけをつけた薄暗いリビングのソファで、電話が鳴るのをずっと待っていた。夫は十時を過ぎないと帰ってこない。いつもならば、翌日の弁当の下ごしらえやアイロンかけなどをして過ごす時間なのだが、とてもじゃないが、何も手につかなかった。
 着信音を八秒ほど聞いてから電話に出ると、唐突に、シュウは言った。
「重い」
 二十八歳は重いか重くないか。十年前の問題の答えだ。
「去年、一番仲良しの友達が結婚してさ。結婚式でスピーチまでしたんだよ。もう、そんな歳なんだなーと思ったら、やっぱり『重い』って結論にいたった」
「シュウ君は、結婚しないの?」
 聞きたくないようで聞きたい、今のシュウのこと。
「んー。そろそろするかもしれない」
 痛っ。撃ち抜かれたかと思った。予想以上に胸が痛い。自分は結婚して子供までいるのに、勝手なものだ。
「同棲してる彼女がいるんだけどさ。彼女の親に同棲がばれちゃって。さっさと結婚しろって急かされてる」
「そう……。今、どこに住んでるの?」
「札幌。大学卒業してからずっと札幌で働いてるんだよ。今、夏休みでこっちに帰省中」
「札幌!」
 遠い……。
「彼女いくつ?」
「オレの二コ下」
 げ。シュウの二つ年下ということは、私の一回り下。干支一緒だよ……。ナナちゃんママの張りのある頬を思い出す。そのナナちゃんママよりも更に二つ下……。
「羨ましい限りだわ」
「なにが?」
「若さが」
 言うと、シュウは笑った。
「十年前も同じ様なこといってたよね」
「そうだっけ?」
 結局、十年前も今も、私はシュウより十歳年上なのだ。
「ねえ、サエコさん。結婚って幸せ?」
「……たぶん」
 そう。たぶん。私は幸せなはずだ。
「オレ、まだピンとこないんだよ、結婚って。結婚するんだったら彼女とって思って、今一緒に暮らしてはいるんだけど、きっと本当に結婚ってなったら違うんだよね?」
「そうね。親戚付き合いとか出てくるし、子供ができたら子供中心の生活になるし」
「子供かあ……」
 ふーっと大きく息を吐くシュウ。
「出来ないかもなあ。エッチしないから」
「え? なんで?」
「彼女、するの好きじゃないんだよ。誘っても断られる毎日」
「え、そうなの?」
 シュウとしたたくさんのセックスを思い出して体が火照る。あの素晴らしく幸せな時間を断る彼女っていったい……。
「オレ、そんなにヘタだった?」
「そんなことない! すごくうまかった!」
 ふざけた言い方だったのに、思わず本気で叫んでしまった。微妙な空気が流れる。
 誤魔化そうと何か言おうとしたところ、
「ねえ、何でオレと別れようと思ったの?」
 ポツリとシュウがいった。
「オレのどこが嫌いになったの?」
「嫌いになんかなってないよ」
 苦しい。電話越しのシュウの声。不思議なくらい、十年前と少しも変わらない。
「オレはさ。サエコさんのこと本当に大好きだったんだよ。初めて会った時からずっと。一目惚れだった。本当に大好きだった」
コメント
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