翌日、幼稚園の役員の仕事のため、ミオちゃんママの家に、コウ君ママと一緒にお邪魔した。ミオちゃんママの家は駅の目の前。ユイは電車の音がする度にベランダに出て手を振っていた。それで疲れたのか、少し早めの昼食の後、コテッと眠ってしまった。
「ユイちゃん、かわいい盛りだよね~」
ミオちゃんママが目を細めて、ユイの寝顔を見てくれている。
「いいなあ。コウの一歳のころにもう一度会いたいよ。あいつ今ほんっとに生意気でさ~」
コウ君ママが溜息をつく。
役員の仕事は昼食前に終わった。後はお迎え時間までの約二時間、お喋りに興じるつもりだった。彼女たちとはいくら話しても話がつきない。赤ん坊であるユイを連れて行っても、少しも迷惑がらないでくれるところも有り難かった。ユイも二人に懐いている。
「アヤカちゃんママ、電話だよん」
着信音が聞こえてきて、コウ君ママがカバンごと渡してくれた。ディスプレイに、シュウの電話番号が記されている。
「ごめん、ちょっと出させて」
急いでベランダに出てから、電話を取る。
「あ、サエコさん?」
昨日聞いたばかりなのに、切ないほど懐かしいと思える、シュウの声。
「ごめんね、今大丈夫?」
「少しなら大丈夫」
電車が通る音はするが、会話に支障はない。
しばらくの無言の後、シュウは言った。
「オレ、今日の夕方の飛行機で札幌に帰る」
「そう……」
札幌。遠いところ。今後会わないつもりだが、実際会えない距離だ。
「今、オレ達がバイトしてたファミレスで飯食うとこなんだ」
「まだあそこの店、つぶれてなかったんだ?」
「うん。変わってないよ」
「そう……」
懐かしい。窓越しのキス。夏の帰り道。
「でね、オレ、どうしても言いたいことできちゃって」
「何?」
ドキリとする。
「三十八歳って、重い?」
窓の中のミオちゃんママとコウ君ママ。二人ともパワフルで毎日楽しそう。私も楽しい。三十八歳も四十歳も悪くない。
「重くないよ。別に」
「そう。それじゃ、さ」
一呼吸置いてから、シュウが宣言した。
「三十八歳が重いか重くないか、十年後のサエコさんの誕生日に答えるよ」
「……十年後」
長いようで短い年月。私は四十八歳になる。
「分かった。じゃ、十年後に」
「うん。十年後に」
電話を切った。電車が駅に入ってくる。部屋に戻り、ユイの寝顔を見る。一歳のユイ。十年後には十一歳になる。一歳のユイとは今しか会えない。……二十八歳のシュウにも、今しか会えない。一昨日の邂逅はあまりにも一瞬すぎて、ほとんど覚えていない。腕はあいかわらず白かった? それとも?
「どうした? 何か急ぎの用事?」
「ん……こっちに出てきてた友達が、今日北海道に帰るらしくて」
言うと、コウ君ママは、あらま、と言って、
「今近くにいるの? 会いたいって言われたんじゃないの? 行ってくれば?」
「でも」
「ユイちゃんせっかく寝てるから置いていっていいよ。アヤカちゃんのお迎えもしておくよ?」
「でも」
「北海道じゃ、なかなか会えないでしょ。せっかくだから行っておいで」
「でも」
「でもじゃなくて。後悔するよ?」
後悔……したくない。
「行きな。行きたいって顔に書いてあるぞ」
持つべきものは強引な友達。二人に背中を押され、コクリと肯いた。
「ごめん。お言葉に甘える。ありがと!」
駅は目の前。電車に飛び乗る。シュウに、二十八歳のシュウに、今すぐ会いたい。
「ユイちゃん、かわいい盛りだよね~」
ミオちゃんママが目を細めて、ユイの寝顔を見てくれている。
「いいなあ。コウの一歳のころにもう一度会いたいよ。あいつ今ほんっとに生意気でさ~」
コウ君ママが溜息をつく。
役員の仕事は昼食前に終わった。後はお迎え時間までの約二時間、お喋りに興じるつもりだった。彼女たちとはいくら話しても話がつきない。赤ん坊であるユイを連れて行っても、少しも迷惑がらないでくれるところも有り難かった。ユイも二人に懐いている。
「アヤカちゃんママ、電話だよん」
着信音が聞こえてきて、コウ君ママがカバンごと渡してくれた。ディスプレイに、シュウの電話番号が記されている。
「ごめん、ちょっと出させて」
急いでベランダに出てから、電話を取る。
「あ、サエコさん?」
昨日聞いたばかりなのに、切ないほど懐かしいと思える、シュウの声。
「ごめんね、今大丈夫?」
「少しなら大丈夫」
電車が通る音はするが、会話に支障はない。
しばらくの無言の後、シュウは言った。
「オレ、今日の夕方の飛行機で札幌に帰る」
「そう……」
札幌。遠いところ。今後会わないつもりだが、実際会えない距離だ。
「今、オレ達がバイトしてたファミレスで飯食うとこなんだ」
「まだあそこの店、つぶれてなかったんだ?」
「うん。変わってないよ」
「そう……」
懐かしい。窓越しのキス。夏の帰り道。
「でね、オレ、どうしても言いたいことできちゃって」
「何?」
ドキリとする。
「三十八歳って、重い?」
窓の中のミオちゃんママとコウ君ママ。二人ともパワフルで毎日楽しそう。私も楽しい。三十八歳も四十歳も悪くない。
「重くないよ。別に」
「そう。それじゃ、さ」
一呼吸置いてから、シュウが宣言した。
「三十八歳が重いか重くないか、十年後のサエコさんの誕生日に答えるよ」
「……十年後」
長いようで短い年月。私は四十八歳になる。
「分かった。じゃ、十年後に」
「うん。十年後に」
電話を切った。電車が駅に入ってくる。部屋に戻り、ユイの寝顔を見る。一歳のユイ。十年後には十一歳になる。一歳のユイとは今しか会えない。……二十八歳のシュウにも、今しか会えない。一昨日の邂逅はあまりにも一瞬すぎて、ほとんど覚えていない。腕はあいかわらず白かった? それとも?
「どうした? 何か急ぎの用事?」
「ん……こっちに出てきてた友達が、今日北海道に帰るらしくて」
言うと、コウ君ママは、あらま、と言って、
「今近くにいるの? 会いたいって言われたんじゃないの? 行ってくれば?」
「でも」
「ユイちゃんせっかく寝てるから置いていっていいよ。アヤカちゃんのお迎えもしておくよ?」
「でも」
「北海道じゃ、なかなか会えないでしょ。せっかくだから行っておいで」
「でも」
「でもじゃなくて。後悔するよ?」
後悔……したくない。
「行きな。行きたいって顔に書いてあるぞ」
持つべきものは強引な友達。二人に背中を押され、コクリと肯いた。
「ごめん。お言葉に甘える。ありがと!」
駅は目の前。電車に飛び乗る。シュウに、二十八歳のシュウに、今すぐ会いたい。