「………」
大好き「だった」。当たり前だけど、過去形だ。それはそうだ。今、シュウには結婚間近の彼女がいて、私には夫と子供がいる。
「……私も、君のこと本当に大好きだったよ。だから、一緒にいるのが辛くなったんだよ」
「それはオレが高校生だったから?」
「そうね……それが一番の理由かな。一緒にいる自信がなかったんだよ。だから」
「だから、逃げたんだ?」
逃げた。まさしくそうだ。
「そう。逃げたの」
「そっかあ……」
パタンと倒れるような音がした。たぶん、ベッドに寝そべったのだろう。
「オレね、大学生になってから何人かの女の子とつきあったんだけどさ。やっぱりサエコさんのこと忘れられなくて、就職が決まってすぐに、サエコさんの居場所探したんだよ」
「え」
驚いた。信じられない。
「でも、もう仕事辞めた後だった。しかも結婚退職って聞かされて……。ねえ、旦那さんと知り合ったのって、サエコさん何歳の時?」
「三十……二、かな」
「オレ二十二か。あーダメだ。オレ、留学したり大学入り直したりしたから、二十二の時はまだ大学二年生やってたや。そのころ会いに行ってても、勝ち目ないよね」
「シュウ君……」
「で、一人寂しく札幌で働きはじめて……しばらくしてから今の彼女に出会ったんだ」
「そう……」
運命だ。そう思った。もしも、シュウが私を捜してくれた時に、私がまだ独り身だったら、もしかしたら、今一緒にいたかもしれない。でも、そうではなかったから、シュウは結婚まで意識できる彼女と出会えた。
「サエコさんは、オレのこと思い出すことなんてないでしょ」
「そんなことないよ。よく思い出すよ」
つい、本当のことを言ってしまった。シュウがはしゃいだ声を出した。
「ホントに? 嬉しい。オレはねえ、しょっちゅう思い出してんの」
「え、そうなの?」
嬉しいんですけど。
「これ言って引かれたら嫌なんだけど……」
「なになになに? 教えて?」
気になる。シュウが小声になった。
「引かないでよ? あのね、彼女がエッチに応じてくれないって言ったでしょ? だから時々、自分で処理してんのね。で、その時に一番手っ取り早く抜けるのが、サエコさんとのエッチを思い出すことなんだよ」
「え……」
顔が火照ってきた。
「うわ、引いちゃった? ごめん。でも本当なんだよ。一応、あれから何人かの女の子とも経験したんだけど、サエコさんの時みたいに……なんていうんだろう、あの感覚」
「溶け合うような?」
思わず言うと、シュウが激しく肯いた。
「そうそうそう! それ! それなんだよね。んー前戯の段階から違うというか……。あー羨ましいなあ。サエコさんの旦那さん。いつもあのエッチをしてるわけでしょ?」
「してないよ」
つい、即答してしまった。シュウが驚いた声を上げる。
「してないって、なんで?」
「あのね、私も、それなりに何人かの男性と経験はあるんだけど、シュウ君は本当に特別だったよ。私はシュウ君の今の彼女が羨ましいよ。あの指使い、あの……」
言いかけて、慌てて口を閉じる。何を言ってるんだ私。
しばらくの奇妙な沈黙を破ったのは、シュウの方だった。
「……ねえ、サエコさん」
シュウの悪戯っぽい声。それだけで溢れ出た。十年前、セックス中に耳元でささやかれた時と同じ、何かを企んだ声。
「なに?」
聞くと、シュウがボソッといった。
「しようよ」
「バカッ」
瞬時に言い返す。シュウがクスクス笑う。
「懐かしいなあ。サエコさんの『バカ』って言葉。オレしょっちゅう言われてた」
「だって……バカなこというんだもん」
びっくりした。しようって、何をどうやって!
鼓動が激しくなってきた。シュウが柔らかい声のまま続ける。
「サエコさんってさ、本当に感度良好だったよね。背中とか少し口づけるだけで、すげー色っぽい声だして仰け反るの。オレ、いっつもそれにゾクゾクさせられてた」
「だって、それは、君の唇が……」
一番感じるところを探し当てて、一番感じる優しさで触れてくれたから。
「今も、感度良好?」
「……知らない」
「今、こんな話ししてるだけで、下着すごーく濡れて大変なことになってるでしょ?」
「!」
図星。
「図星?」
「大変なことになんかなってないもん。おりもの専用シートしてるから大丈夫だもん」
あ、しまった。言ってから、濡れているのを認めていることに気がついた。シュウが笑い出した。
「サエコさん、あいかわらずカワイイね」
「三十八歳のおばさんをからかわないでくださいっ」
「おばさんじゃないよ、サエコさん。昨日見たときもびっくりしたよ。十年前よりも更に素敵になってた」
どこがだ!
「どんだけ目悪いのよ! 肌艶とか衰えまくりだよ。それに少し太ったし」
「そう? オレには綺麗に見えたけどなあ。この色っぽい足にしゃぶりついてたんだな~なんて思いながら見送ってた」
「しゃぶりついてたって……」
気が遠くなる記憶。シュウはよく、私の足の指から、足の甲、足首、ふくらはぎ、膝小僧の後ろ、太股……と優しく口づけてくれた。
大好き「だった」。当たり前だけど、過去形だ。それはそうだ。今、シュウには結婚間近の彼女がいて、私には夫と子供がいる。
「……私も、君のこと本当に大好きだったよ。だから、一緒にいるのが辛くなったんだよ」
「それはオレが高校生だったから?」
「そうね……それが一番の理由かな。一緒にいる自信がなかったんだよ。だから」
「だから、逃げたんだ?」
逃げた。まさしくそうだ。
「そう。逃げたの」
「そっかあ……」
パタンと倒れるような音がした。たぶん、ベッドに寝そべったのだろう。
「オレね、大学生になってから何人かの女の子とつきあったんだけどさ。やっぱりサエコさんのこと忘れられなくて、就職が決まってすぐに、サエコさんの居場所探したんだよ」
「え」
驚いた。信じられない。
「でも、もう仕事辞めた後だった。しかも結婚退職って聞かされて……。ねえ、旦那さんと知り合ったのって、サエコさん何歳の時?」
「三十……二、かな」
「オレ二十二か。あーダメだ。オレ、留学したり大学入り直したりしたから、二十二の時はまだ大学二年生やってたや。そのころ会いに行ってても、勝ち目ないよね」
「シュウ君……」
「で、一人寂しく札幌で働きはじめて……しばらくしてから今の彼女に出会ったんだ」
「そう……」
運命だ。そう思った。もしも、シュウが私を捜してくれた時に、私がまだ独り身だったら、もしかしたら、今一緒にいたかもしれない。でも、そうではなかったから、シュウは結婚まで意識できる彼女と出会えた。
「サエコさんは、オレのこと思い出すことなんてないでしょ」
「そんなことないよ。よく思い出すよ」
つい、本当のことを言ってしまった。シュウがはしゃいだ声を出した。
「ホントに? 嬉しい。オレはねえ、しょっちゅう思い出してんの」
「え、そうなの?」
嬉しいんですけど。
「これ言って引かれたら嫌なんだけど……」
「なになになに? 教えて?」
気になる。シュウが小声になった。
「引かないでよ? あのね、彼女がエッチに応じてくれないって言ったでしょ? だから時々、自分で処理してんのね。で、その時に一番手っ取り早く抜けるのが、サエコさんとのエッチを思い出すことなんだよ」
「え……」
顔が火照ってきた。
「うわ、引いちゃった? ごめん。でも本当なんだよ。一応、あれから何人かの女の子とも経験したんだけど、サエコさんの時みたいに……なんていうんだろう、あの感覚」
「溶け合うような?」
思わず言うと、シュウが激しく肯いた。
「そうそうそう! それ! それなんだよね。んー前戯の段階から違うというか……。あー羨ましいなあ。サエコさんの旦那さん。いつもあのエッチをしてるわけでしょ?」
「してないよ」
つい、即答してしまった。シュウが驚いた声を上げる。
「してないって、なんで?」
「あのね、私も、それなりに何人かの男性と経験はあるんだけど、シュウ君は本当に特別だったよ。私はシュウ君の今の彼女が羨ましいよ。あの指使い、あの……」
言いかけて、慌てて口を閉じる。何を言ってるんだ私。
しばらくの奇妙な沈黙を破ったのは、シュウの方だった。
「……ねえ、サエコさん」
シュウの悪戯っぽい声。それだけで溢れ出た。十年前、セックス中に耳元でささやかれた時と同じ、何かを企んだ声。
「なに?」
聞くと、シュウがボソッといった。
「しようよ」
「バカッ」
瞬時に言い返す。シュウがクスクス笑う。
「懐かしいなあ。サエコさんの『バカ』って言葉。オレしょっちゅう言われてた」
「だって……バカなこというんだもん」
びっくりした。しようって、何をどうやって!
鼓動が激しくなってきた。シュウが柔らかい声のまま続ける。
「サエコさんってさ、本当に感度良好だったよね。背中とか少し口づけるだけで、すげー色っぽい声だして仰け反るの。オレ、いっつもそれにゾクゾクさせられてた」
「だって、それは、君の唇が……」
一番感じるところを探し当てて、一番感じる優しさで触れてくれたから。
「今も、感度良好?」
「……知らない」
「今、こんな話ししてるだけで、下着すごーく濡れて大変なことになってるでしょ?」
「!」
図星。
「図星?」
「大変なことになんかなってないもん。おりもの専用シートしてるから大丈夫だもん」
あ、しまった。言ってから、濡れているのを認めていることに気がついた。シュウが笑い出した。
「サエコさん、あいかわらずカワイイね」
「三十八歳のおばさんをからかわないでくださいっ」
「おばさんじゃないよ、サエコさん。昨日見たときもびっくりしたよ。十年前よりも更に素敵になってた」
どこがだ!
「どんだけ目悪いのよ! 肌艶とか衰えまくりだよ。それに少し太ったし」
「そう? オレには綺麗に見えたけどなあ。この色っぽい足にしゃぶりついてたんだな~なんて思いながら見送ってた」
「しゃぶりついてたって……」
気が遠くなる記憶。シュウはよく、私の足の指から、足の甲、足首、ふくらはぎ、膝小僧の後ろ、太股……と優しく口づけてくれた。