【享吾視点】
夏休みに入り、塾に通うことになった。駅近くにある総合塾だ。
「みんな通ってるんですって」
と言う母に強制的に通うことを決められた。母は『みんな』という言葉に弱い。『みんな』がしていることをするように言う。
「一番下のクラスにはならないでね」
とも言われた。この塾は、入塾する際にテストがあり、選抜クラス・普通クラス・基礎クラスの3つに分けられるそうだ。母は『みんな』がいる『普通クラス』に入って欲しかったようなのだけれども、
(どのくらいダメだと、一番下のクラスなんだ?)
その基準が分からず、とりあえず普通に受けてみたら『選抜クラス』に入ることになってしまった。
(失敗した……)
母の少し困ったような顔に、後悔する。その上、指定された教室に入り、さらに後悔した。
「お!キョーゴ!」
村上哲成が、ニッコニコで手を振ってきて、
「よろしくな」
松浦暁生が、その横で軽く手を挙げていて。
「………よろしく」
この派手な二人とは絡みたくないのに……、という心の声は腹の中にしまい込んで、なんとか手を挙げ返した。
***
渋谷慶をわざと怪我させた、という噂のせいで、一学期の終わりはクラスでも部活でも浮いていたので、正直、塾で学校の連中に会うのは気が重かった。
でも、『選抜クラス』は半分以上が駅の反対側の学校の生徒だし、うちの学校の生徒も、ボス的存在の松浦暁生が普通に接してくれているからか、塾では特に無視されるということもなく、平穏に毎日を過ごせて助かっている。
「キョーゴは志望校決まってんのか?」
「いや……」
「三者面談の時なんて言われた?」
「あ、いや……」
「こら、テツ」
しつこくオレに迫ってきた村上哲成の頭に、コン、と、松浦暁生の拳骨が落ちてきた。
「そういうことは聞くなよ。享吾、困ってるだろ」
「えー。なんでー。知りたいじゃーん」
頭の上から離そうと、松浦の手を掴んだ村上。でも全然離れなくて、「はーなーせーよー」と騒いでいる。それを余裕で受けながら、笑っている松浦。
(この二人、ホント仲良いよな……)
いつもじゃれ合っている感じがする。そこにオレを巻き込むなって……と思うけれど、席が隣なので離れることもできない。
「やっぱり、白高?」
「…………」
「花高?」
「そう……だな」
松浦に止められながらも、しつこく聞いてくる村上に、軽く肯いてやる。
学区のトップは、白浜高校。その下が花島高校となっている。担任には、頑張れば白浜高校に行ける、と言われたけれど、母は、花島高校に行ってほしいようだ。やはり、学区トップ校は、母にとっては負担なのだろう。
村上は「そっかそっか」と肯くと、いつものように、ニカッと笑った。
「オレは絶対白高なんだ! 去年白高の体育祭いったらさー、応援合戦がすげー面白くて、いいなーって思って。な? 暁生」
「ああ……うん」
ちょっと戸惑ったように肯いた松浦。それに気が付いた村上が「あ」と口に手を当てた。
「暁生、やっぱり、N高の推薦……」
「まあ……うん……」
「やっぱり、お父さんが?」
「ああ……」
その後は、二人でボソボソと話し始めたので、聞かないようにしていたけれど、少し聞こえてきてしまった。
松浦の父親はN高の野球部出身で、息子を自分の母校に入れたいらしい。でも、母親は、学区トップ校である白浜高校に行かせたいらしく、毎晩、自分の進路のことで両親が喧嘩をしているそうだ。
(……大変だな)
白高に入れるだけの頭の良さと、推薦をもらえるだけの野球の実力があるせいで、両親の喧嘩を引き起こしているなんて。あればあるで悩みになる恵まれた力。やっぱり、松浦暁生は選ばれた人間なんだな、と思う。
オレは違う。オレは『みんな』の中の1人だ。特別な存在にはなりたくない。なってはならない。
【哲成視点】
夏休みから、村上享吾も同じ塾に通いはじめた。
オレの親友・松浦暁生は、村上享吾のことをあまりよく思っていない。オレにも仲良くするなって言っていた。でも、本人は普通に接している。暁生は、嫌いな相手だからといって、無視したり喧嘩したりするような、心の狭い奴ではないからな!
だから、オレも気にしないで、いつも通りに接することにした。一応、暁生の前ではあまり仲良くはしないけど。
塾は『選抜クラス』なので、まどろっこしくなくていい。学校の授業だと、そんなの知ってるし!ってことをクドクドやるから面倒くさい。塾はみんな、ガツガツ授業についてくるので楽しい。
そんな調子で、夏休みは塾づくしと暁生と遊んで終わりを迎えようとしていたのだけれども……
「……ごめんな」
夏休みの終わり近く、暁生に謝られた。やはり、父親の意向に従って、私立N高校の推薦を受けることにしたそうだ。
昨年、暁生と一緒に白浜高校の体育祭と文化祭を見にいった際に、生徒の自主性に任された自由な校風を暁生も気に入って「一緒に白浜高校に行こう!」って約束していたから、「ごめん」なわけだ。
でも、暁生の人生だ。謝る話じゃない。頭を下げ続けている暁生の両腕をバンバン叩いてやる。
「全然、ごめんじゃねえよ! 野球、応援するからな!」
「………うん」
暁生はしばらくうなだれていたけれど、
「な、テツ」
「?」
ふいに、両肩を掴まれた。
「お前もN高受験しないか? お前の内申と偏差値だったら、N高受かるだろ?」
「え………」
切羽詰まったような暁生……初めてみた。
「オレ、テツと一緒の高校に行きたい」
「暁生……」
それはオレだってそうだし、確かに、N高は成績的には行ける学校ではあるけれど……でも……
「………ごめん」
今度はオレが頭を下げた。
「私立は、無理だ。うち、金ないから……」
「…………」
「…………」
「…………そっか」
しばらくの間の後、ポンポンと肩を叩かれた。見上げると、いつもの落ちついた暁生がいた。
「ごめん。変なこと言って。忘れてくれ」
「…………」
暁生……
なんでも出来る暁生。勉強もスポーツも、クラスをまとめることも。友達もたくさんいる。女子にもモテモテ。でも、そんな暁生がオレを頼ってくれてる。それはすごく、すごく、嬉しい。
「暁生、高校別々になっても、オレ達は親友だからな!」
「……………そうだな」
暁生はふっと笑って、ポンポンと頭を撫でてきた。
「オレ達、親友だもんな」
「おお!」
幼稚園の時からずっと変わらない。オレ達は親友だ。
………でも。この日を境に、暁生とはあまり遊べなくなってしまった。
暁生は高校からの硬式野球に備えて硬式野球のクラブチームに入ったため、塾も辞めてしまい、オレは受験勉強と、合唱大会の準備が本格的に始まったからだ。
***
二学期になって数日……せっかく落ちついていた、「村上享吾が渋谷慶にわざと怪我をさせた」って噂が再発した。
出所はどこなんだろう?って腹が立ってくる。腹が立っているのは、渋谷本人も同じで、
「だから、享吾のせいじゃないって言ってんだろ!」
と、いちいち怒っているらしい。でも、渋谷が体育を見学しているのをみると「かわいそう」と思う奴も多いらしく、なかなか噂は消えてくれない。
「気にするなよ?」
村上享吾に言っても、奴は無表情でうなずくだけだ。せっかく同じ塾に通いはじめたというのに、夏休み明けから更に距離が空いた気がする。
(………なんだろうなあ)
球技大会やバスケの試合でのあの輝きと、この無表情。どっちが本当の顔なんだろう。
(ホント、よくわかんねえ奴だな)
でも…………悪い奴ではないってことは、オレは知っている。
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お読みくださりありがとうございました!
あいかわらずBLのL無し。でも、受験生だもんね。勉強勉強! あ、でもその前に、合唱コンクールがはじまります。
続きは火曜日に。お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです。
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