【亨吾視点】
合唱大会という行事は、毎年どのクラスでも多かれ少なかれ揉め事が起こる。
ほとんどのクラスの揉め事の原因は「男子が真面目に練習しない」ということだけれども、うちのクラスはそれには当てはまらなかった。男子はわりとやる気のある奴が多くて問題ないのだ。問題は女子だ。
「自由曲を変更したい」
と、女子達が言い出した。理由は、今決定している自由曲『流浪の民』には各パートにソロがあるのだけれども、女子のソロが決まらないからだ。
「2人ずつで歌うって話は?」
「2人ずつでも、ソプラノはみんな嫌って。アルトは2人ならなんとか出そうだけど……」
作戦会議と称して居残りした学級委員の西本ななえとオレと、合唱大会実行委員の村上哲成と、担任の国本先生。
さすがの西本も頭を抱えている。
「読みが甘かったなあ。決まっちゃえば何とかなると思ったのに……。ステージ上にピアノがあれば、私がピアノ弾きながら歌うんだけどねえ」
うちの学校の合唱大会の会場は体育館だ。音響も最悪な上、ステージ下に置かれたアップライトピアノを使うという、大変残念な設備で行われる……
「この際、曲を変更したら?」
国本先生のあっさりした提案に、村上が「わー、やっぱりそうくるー?」と、ふざけたように返している。
「今ならまだ、違う曲にしても間に合うでしょ?」
「いやーそうだけどー、オレこの曲歌いたくて実行委員になったくらい、この曲歌いたいんだけどなー」
頬をかいている村上。そう。『流浪の民』を強引に推してきたのは村上なのだ。なんでそこまで………
「なんでそこまでこの曲にこだわってんだ?」
思わず声に出して言うと、村上は「え」と固まった。固まった村上を残り3人でジッと見つめていたら、
「あー、あのー……」
村上は珍しくいい淀み……、それから、ポツン、と言った。
「うちの母ちゃんが、好きな曲なんだよ。なんかな、母ちゃんが中3の時に、この曲の伴奏弾いて、んで、母ちゃんのクラスが優勝したんだって。だから、母ちゃん、よくこの曲、家でも弾いてて……」
「……………」
……………。なんだその理由。
「ええと? だから、優勝しやすい曲かもって話か?」
なぜか西本と国本先生は俯いて黙ってしまったので、代わりに聞いてみると、村上は「それもあるけど……」と、言葉をついだ。
「オレ、母ちゃんと約束したんだよ。中3になったら絶対この曲歌うって。だから、約束守りたくて」
「……………え」
なんだそれ。そんな個人的な理由で、クラスの半分が変更を希望している曲をやるなんて、ワガママ過ぎないか?
でも、西本と国本先生は示し合わせたように、
「そっかあ」
「じゃあ歌いたいよねえ」
なんて同調しはじめた。なんなんだ?
「みんなもこの曲、嫌いでイヤって言ってるわけじゃないしね」
「いっそのこと、ソロやめて、パートみんなで歌うようにしたらいいんじゃないの?」
「そうですねー」
西本と国本先生、勝手に盛り上がりはじめてる。ちょっと待て、ちょっと待て!
「でも男子のソロの二人はやる気になってますよ? 女子は全員で男子はソロって変じゃないですか?」
「それは………」
「そもそもあの曲の見せ場はやっぱりソロ部分だし。そんな変なことするくらいなら、曲変更した方が良くないですか?」
「でも……」
二人の視線が村上に向いた。村上は困ったような表情でこちらを見ている。
「テツ君……」
「村上さあ」
イラッとしてしまう。
母親との約束? 母親の言うなり? そんな理由でワガママを通そうとするなんてアリエナイだろ。オレも母親との約束を守って「目立たないように」毎日を送っているから、余計に腹が立つのかもしれない。
苛立ちのまま、村上に向かって刺々しく言ってしまう。
「それ、村上が母親に謝ればすむ話……」
「亨吾君!」
いきなり、バンッと思いきり目の前の机を叩かれ、言葉を止めた。
「え」
叩いたのは西本だ。今まで見たことのない真剣な顔をしているから、止めた言葉の続きを言うことはできなかった。
(何………?)
国本先生も心配そうな表情で、オレと西本を見ている。
「…………」
「…………」
よく分からない、緊迫した空気が流れる中……
「あ~そうだよな~」
呑気な感じの村上の声が、緊迫を破った。村上はまた頬を掻くと、
「そうだな。母ちゃんには謝っとく。で、新しい曲、考えてくるよ」
「………………」
「………………」
「………………」
カバンを持って立ち上がった村上。西本も国本先生も真面目な顔で黙っている。
(なに………なんなんだよ?)
訳がわからない。
「村上………」
「キョーゴ」
村上は、戸惑っているオレの真横までわざわざくると、ニカッと笑った。
「ごめんな」
「……………っ」
なんだ………それ。なんだよ。いつもの「ニカッ」じゃない。笑ってるのに笑ってない目。村上らしくない…………
「じゃあな」
「!」
背を向けられ、ギクッとする。なんて………なんてさみしそうな………
(村上………?)
なんだよ。なんでそんな消えそうな背中してんだよ……
「村上……っ」
衝動のまま、追いかけようとしたところ、「亨吾君、待って」と、西本に止められた。
「何………」
「あのね」
西本は村上が教室から出ていったのを見計らってから、真剣な顔で小さく………小さく言った。
「テツ君、お母さんに謝りたくても謝れないの」
「は?」
なにを言ってんだ?
眉を寄せたオレに、西本は、諭すように言った。
「テツ君のお母さん、テツ君が5年生の時に亡くなったのよ」
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