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BL小説・風のゆくえには~2つの円の位置関係13ー1

2018年10月23日 07時21分00秒 | BL小説・風のゆくえには~ 2つの円の位置関係

【亨吾視点】

 合唱大会という行事は、毎年どのクラスでも多かれ少なかれ揉め事が起こる。

 ほとんどのクラスの揉め事の原因は「男子が真面目に練習しない」ということだけれども、うちのクラスはそれには当てはまらなかった。男子はわりとやる気のある奴が多くて問題ないのだ。問題は女子だ。

「自由曲を変更したい」

と、女子達が言い出した。理由は、今決定している自由曲『流浪の民』には各パートにソロがあるのだけれども、女子のソロが決まらないからだ。


「2人ずつで歌うって話は?」
「2人ずつでも、ソプラノはみんな嫌って。アルトは2人ならなんとか出そうだけど……」

 作戦会議と称して居残りした学級委員の西本ななえとオレと、合唱大会実行委員の村上哲成と、担任の国本先生。

 さすがの西本も頭を抱えている。

「読みが甘かったなあ。決まっちゃえば何とかなると思ったのに……。ステージ上にピアノがあれば、私がピアノ弾きながら歌うんだけどねえ」

 うちの学校の合唱大会の会場は体育館だ。音響も最悪な上、ステージ下に置かれたアップライトピアノを使うという、大変残念な設備で行われる……

「この際、曲を変更したら?」

 国本先生のあっさりした提案に、村上が「わー、やっぱりそうくるー?」と、ふざけたように返している。

「今ならまだ、違う曲にしても間に合うでしょ?」
「いやーそうだけどー、オレこの曲歌いたくて実行委員になったくらい、この曲歌いたいんだけどなー」

 頬をかいている村上。そう。『流浪の民』を強引に推してきたのは村上なのだ。なんでそこまで………

「なんでそこまでこの曲にこだわってんだ?」

 思わず声に出して言うと、村上は「え」と固まった。固まった村上を残り3人でジッと見つめていたら、

「あー、あのー……」

 村上は珍しくいい淀み……、それから、ポツン、と言った。

「うちの母ちゃんが、好きな曲なんだよ。なんかな、母ちゃんが中3の時に、この曲の伴奏弾いて、んで、母ちゃんのクラスが優勝したんだって。だから、母ちゃん、よくこの曲、家でも弾いてて……」
「……………」

 ……………。なんだその理由。

「ええと? だから、優勝しやすい曲かもって話か?」

 なぜか西本と国本先生は俯いて黙ってしまったので、代わりに聞いてみると、村上は「それもあるけど……」と、言葉をついだ。

「オレ、母ちゃんと約束したんだよ。中3になったら絶対この曲歌うって。だから、約束守りたくて」
「……………え」

 なんだそれ。そんな個人的な理由で、クラスの半分が変更を希望している曲をやるなんて、ワガママ過ぎないか?

 でも、西本と国本先生は示し合わせたように、

「そっかあ」
「じゃあ歌いたいよねえ」

 なんて同調しはじめた。なんなんだ?

「みんなもこの曲、嫌いでイヤって言ってるわけじゃないしね」
「いっそのこと、ソロやめて、パートみんなで歌うようにしたらいいんじゃないの?」
「そうですねー」

 西本と国本先生、勝手に盛り上がりはじめてる。ちょっと待て、ちょっと待て!

「でも男子のソロの二人はやる気になってますよ? 女子は全員で男子はソロって変じゃないですか?」
「それは………」
「そもそもあの曲の見せ場はやっぱりソロ部分だし。そんな変なことするくらいなら、曲変更した方が良くないですか?」
「でも……」

 二人の視線が村上に向いた。村上は困ったような表情でこちらを見ている。

「テツ君……」
「村上さあ」

 イラッとしてしまう。

 母親との約束? 母親の言うなり? そんな理由でワガママを通そうとするなんてアリエナイだろ。オレも母親との約束を守って「目立たないように」毎日を送っているから、余計に腹が立つのかもしれない。

 苛立ちのまま、村上に向かって刺々しく言ってしまう。

「それ、村上が母親に謝ればすむ話……」
「亨吾君!」

 いきなり、バンッと思いきり目の前の机を叩かれ、言葉を止めた。

「え」

 叩いたのは西本だ。今まで見たことのない真剣な顔をしているから、止めた言葉の続きを言うことはできなかった。

(何………?)

 国本先生も心配そうな表情で、オレと西本を見ている。

「…………」
「…………」

 よく分からない、緊迫した空気が流れる中……

「あ~そうだよな~」

 呑気な感じの村上の声が、緊迫を破った。村上はまた頬を掻くと、

「そうだな。母ちゃんには謝っとく。で、新しい曲、考えてくるよ」
「………………」
「………………」
「………………」

 カバンを持って立ち上がった村上。西本も国本先生も真面目な顔で黙っている。

(なに………なんなんだよ?)

 訳がわからない。

「村上………」
「キョーゴ」

 村上は、戸惑っているオレの真横までわざわざくると、ニカッと笑った。

「ごめんな」
「……………っ」

 なんだ………それ。なんだよ。いつもの「ニカッ」じゃない。笑ってるのに笑ってない目。村上らしくない…………

「じゃあな」
「!」

 背を向けられ、ギクッとする。なんて………なんてさみしそうな………

(村上………?)

 なんだよ。なんでそんな消えそうな背中してんだよ……

「村上……っ」

 衝動のまま、追いかけようとしたところ、「亨吾君、待って」と、西本に止められた。

「何………」
「あのね」

 西本は村上が教室から出ていったのを見計らってから、真剣な顔で小さく………小さく言った。

「テツ君、お母さんに謝りたくても謝れないの」
「は?」

 なにを言ってんだ?
 眉を寄せたオレに、西本は、諭すように言った。

「テツ君のお母さん、テツ君が5年生の時に亡くなったのよ」



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