【哲成視点】
合唱大会の練習は順調に進んでいる。
うちのクラスはやる気がある奴が多いから、練習が楽しい。何より、村上亨吾の伴奏がものすごく良い。包み込むみたいな深い音。いくつかのクラスをスパイしてきたけれど、こんな音で弾いてる伴奏者は一人もいなかった。
奴のピアノは特別だ。
「なあなあ、何か他の曲も弾いてくれよー」
村上亨吾は、自分の家にピアノが無いということで、オレのうちに毎日のように寄ってはピアノを弾いている。せっかくだから、ねだってみたところ、
「覚えてる曲なんて一つもない」
と、あっさり却下された。でも、ムーッとしていたら、「楽譜があれば弾けるけど」と、ボソッと返された。
(こいつ、ホント素直じゃないよなあ………)
何というか……いつも殻をかぶっている。でも、時々それがポロッと取れるのが面白い。
「楽譜、ここにたくさんあるぞ!」
「……………。難しいのは無理だからな」
「んー、難しいか難しくないかは分かんないけど、これは?」
母がよく弾いていた本を差し出すと、村上亨吾は真面目な顔で受け取り、
「ああ、ブルグ……25なら全曲楽勝」
と言って、適当に開いたページの曲を弾きはじめた。
(………ああ、やっぱり違う)
音を聴いていて思う。母とは全然違う。でも………心地良い。
村上享吾が本気を出した時の姿は、ボワッと光に包まれてるみたいで、とても綺麗だ。
【亨吾視点】
ピアノは5才から中学一年の途中まで習っていた。コンクールに出たりもしたけれど、出たくて出たことは一度もない。
兄が学校に行けなくなり家にずっといるようになってからは、家で練習をしにくくなって、結局、やめてしまった。最後に弾いたのは、中学一年が終わった後の、引っ越しの日だ。
それから一年半、一度も弾いたことはないし、弾きたいと思ったこともなかった。今回の合唱大会の件で、「男子でピアノを弾ける奴」と言われて、自分が弾けることを思い出したくらいだ。
それなのに……
(綺麗な音……)
村上哲成の歌声に合わせて弾くと、自分も綺麗な音を出せている気がして、もっと弾いていたくなる。
「なーなー。これは? これ、弾ける?」
村上が次々と出してくる楽譜を見ていると、弾きたくて指がウズウズしてくる。
村上から直接は何も聞いていないけれど、村上の母親は村上が小5の時に病気で亡くなったそうだ。この楽譜達は、母親の形見なのだろう。
オレがその、村上に頼まれた曲を弾いている間、村上は床に座って壁にもたれながら、ボーっとしている。いるんだかいないんだか分からないくらいひっそりと。でも、確かにそこに存在していることを感じる。だから孤独に弾いているのではないと思える。
「ああ………懐かしいなあ」
時折ポツンと言う村上の声は、いつもの騒がしさからはかけ離れていて、少し胸がきゅっとなる。
(もっと、もっと弾きたい……)
こんな風に穏やかに流れる時間が、とても心地いい。
(オレ、ピアノ好きだったっけ?……って)
自問自答して、気が付く。
(村上のせいだ)
球技大会の時も、村上のせいで、オレは本気でバレーボールをした。その時間は夢中になれた。
バスケ部最後の公式戦の時も、村上が「本気出せ」といったから、オレは本気でバスケをできた。初めてバスケを楽しいと思えた。
そして今、興味がなかったピアノを、こんなに弾きたいと思っている。
(ホント、変な奴)
村上と一緒にいると、オレは自分の中の隠れた欲求を引き出されてしまうのかもしれない。だからこそ、思う。
(これ以上、村上と一緒にいるのはやめた方がいい)
ただでさえ、学校で最上位の存在である松浦暁生に、村上に構うなと釘を刺されているのだ。
でも、村上のそばでピアノを弾くこの空間は居心地が良すぎて……
(………どうせ合唱大会が終わるまでだ)
それまでの間だけでも、手放したくない。
***
数週間後……
オレは松浦暁生を殴って、謹慎処分をくらうことになる。
------
お読みくださり本当にありがとうございます!
続きは金曜日に。お時間ありましたらお付き合いいただけると嬉しいです。
読みにきてくださった方、ランキングクリックしてくださった方、本当にありがとうございます!よろしければ、今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。
にほんブログ村
BLランキング
↑↑
ランキングに参加しています。よろしければクリックお願いいたします。
してくださった方、ありがとうございました!
「風のゆくえには」シリーズ目次 → こちら
「2つの円の位置関係」目次 →こちら