【哲成視点】
3年2ヶ月ぶりに享吾に会った。
「哲成……」
そう言って、泣きそうな目でオレを見下ろしてきた享吾……
(キョウ……)
ズキッと胸が痛くなった。
ああ、こいつはまだ、こんなにも、オレのことが好きなんだ。
(オレは愛されてる……)
安心と嬉しさと……申し訳なさと後悔と……もう、自分の気持ちをどうしたらいいのか、自分でも分からない。だから、
「おお!久しぶりー!」
明るく……何でもないことのように、言った。
***
3年2ヶ月前、オレは享吾の元を去った。理由は簡単だ。
渋谷と桜井の幸せそうな写真を見て、
『オレ達も、こんな未来を選べたら……』
と、享吾が小さく、でも真剣に、本気の本気の本音、と分かる声で、言ったからだ。
『オレ達も、こんな未来を選べたら……』
と、享吾が小さく、でも真剣に、本気の本気の本音、と分かる声で、言ったからだ。
そんなこと、オレ達にはもう、許されないのに。
渋谷慶と桜井浩介。
オレ達の高校の同級生だ。
渋谷は、オレは小学校も中学校も一緒だった。小柄で、中性的で完璧な美貌の持ち主。でも、それに反して性格は狂暴で男らしい。
桜井は、享吾と同じバスケ部だったけど、オレはほとんど話したことはない。大人しくて、いつもニコニコしている印象しかない奴だ。
二人は在学中ずっと仲が良かった。でも、男同士だし、もちろん、ただの友達だと思っていた、けれど……
3年半くらい前に、タイムラインに写真が上がった。投稿主はバスケ部の斉藤。
『渋谷と桜井の愛の巣で飲み会中~飲み過ぎで具合悪くなっても大丈夫。渋谷先生が診てくれます(小児科医だけど!)』
そこには、相変わらず綺麗な顔をしている渋谷と、その横にくっついてる桜井と、高3の時にオレ達と同じクラスだった山崎と、確か野球部だった奴と、あと女子二人、の6人が楽しそうに写っていた。
以前、バスケ部の同窓会で斉藤とラインの交換をしたという享吾が、その投稿を見せてくれたのだ。
「渋谷、相変わらず桜井と仲良いんだな」
「だな。ルームシェアってやつか」
「医者なんて稼いでそうなのにな」
渋谷慶と桜井浩介。
オレ達の高校の同級生だ。
渋谷は、オレは小学校も中学校も一緒だった。小柄で、中性的で完璧な美貌の持ち主。でも、それに反して性格は狂暴で男らしい。
桜井は、享吾と同じバスケ部だったけど、オレはほとんど話したことはない。大人しくて、いつもニコニコしている印象しかない奴だ。
二人は在学中ずっと仲が良かった。でも、男同士だし、もちろん、ただの友達だと思っていた、けれど……
3年半くらい前に、タイムラインに写真が上がった。投稿主はバスケ部の斉藤。
『渋谷と桜井の愛の巣で飲み会中~飲み過ぎで具合悪くなっても大丈夫。渋谷先生が診てくれます(小児科医だけど!)』
そこには、相変わらず綺麗な顔をしている渋谷と、その横にくっついてる桜井と、高3の時にオレ達と同じクラスだった山崎と、確か野球部だった奴と、あと女子二人、の6人が楽しそうに写っていた。
以前、バスケ部の同窓会で斉藤とラインの交換をしたという享吾が、その投稿を見せてくれたのだ。
「渋谷、相変わらず桜井と仲良いんだな」
「だな。ルームシェアってやつか」
「医者なんて稼いでそうなのにな」
「桜井が貧乏とか?」
その時は、そんな話をして終わった。「愛の巣」なんてただの冗談としか思えなかった。だいたい、もし本当だとしたら、こんな風に、みんなで集まって飲んでる、なんて、ありえないと思った。
でも、それから数ヶ月後の11月末。
斉藤の写真に触発されて、懐かしい面々と集まりたくなって、高3の時のクラス会を数年ぶりに開催した。
その時は、そんな話をして終わった。「愛の巣」なんてただの冗談としか思えなかった。だいたい、もし本当だとしたら、こんな風に、みんなで集まって飲んでる、なんて、ありえないと思った。
でも、それから数ヶ月後の11月末。
斉藤の写真に触発されて、懐かしい面々と集まりたくなって、高3の時のクラス会を数年ぶりに開催した。
そこで再会した山崎に、その写真のことを聞いたところ、
「人のプライベートを話すのは……」
と、話してくれなかったけれど、一緒にいた皆川があっさりと、
「それ、冗談なんかじゃないよ? マジだよ」
「人のプライベートを話すのは……」
と、話してくれなかったけれど、一緒にいた皆川があっさりと、
「それ、冗談なんかじゃないよ? マジだよ」
と、肯定したのだ。
「マジって……」
「マジもマジ。オレも家遊びに行ったことあるんだけどさ、愛の巣も愛の巣でさ、でっけーダブルベッドがばばーんとあってさー」
皆川も渋谷達と高2の時に同じクラスだったのだ。酔いの回っている皆川は、ヘラヘラと言葉を継いだ。
「あいつら高2の時からずっと付き合ってるんだってー。しかもー桜井が奥さんでー」
「え」
「これがまた完璧な奥さんでー」
「皆川、やめろよ」
眉を寄せた山崎が皆川を遮った。
「そういうこと、本人がいないところで言うのは……」
「何だよ真面目公務員!」
「公務員関係ないだろ」
山崎がムッとしている。
「飲みすぎだよ。いい加減に……」
「うるせーなー。お前はオレの母ちゃんか」
あはは、と笑って皆川が続ける。
「母ちゃんって言えばさー、渋谷達の親、何も言わねえのかな?」
「何を?」
「だって、うちの親なんか結婚しろしろうるさいからさー、もし、オレが男と暮らしだしたりしたら、絶対怒られるー。あいつらの親だって絶対反対しただろー」
皆川のセリフにドキリとする。
(そうなんだよ……だからオレ達は……)
思わず、うつむいてしまったのだけれども……
「そんなことはない!」
珍しく山崎が声を荒げたので、ビックリして顔をあげた。山崎も山崎でちょっと酔ってるみたいだ。
口を開けたままの皆川に向かって、山崎はムキになったように言葉を継いだ。
「桜井と渋谷は親とも上手くやってるよ。両方の実家行き来したりもしてるし、こないだだって、フォトウェディングっていう、結婚式はしないで写真だけ衣装着て撮るっていうやつ、やったって。写真見せてもらったけど、両方のご両親と6人で一緒に写ってて、すごく幸せそうで……」
そこまで言ってから、はっとしたように山崎は言葉を止めた。人のプライベートは話せないと言っていたのに、ペラペラ話してしまったことに今さら気がついたらしい。
でも、もう遅い。もう、聞いた。実家行き来?フォトウェディング?
それってまるで……
「結婚してるみたいだな」
ポツン、と言った亨吾。それに対して、山崎が頬をかきながら、こくりとうなずき、皆川が「だからさー」とまたヘラヘラし始めた。
「桜井がな、完璧奥さんなんだよ! 料理もすげー上手でさー、甲斐甲斐しく世話してくれてさー、その上、月に……」
「だから皆川、喋りすぎっ」
山崎が慌てたように、メニュー表を皆川の顔に押し付けた。
「ほら、もう、アルコール以外を注文しろ。そろそろラストオーダーだから」
「えー、だったら、最後の一杯はー……」
皆川と山崎がわあわあとメニュー表を見はじめた。亨吾が壁にもたれてスマホの画面をジッと見ているので、
「お前も何か飲む?」
メニュー表を見せながら亨吾の横に寄り添うように座り直す。と、
「…………すごいな」
亨吾が小さく言った。視線の先は、スマホの画面。渋谷と桜井の『愛の巣』の写真……
「こんなことって、現実にあるんだな」
「………………そうだな」
オレも改めて、その写真を見てみる。
「…………幸せそうだな」
「…………」
「…………」
「…………」
幸せそうな二人……高校の時から付き合ってたって……そんな……そんなこと……
(オレ達が選べなかった道を、この二人は選んだのか……)
でも…………
オレ達は選ばなかった。それでいいんだ、と何度も自分に言い聞かせてきた。一緒にいるためにはそれしかない、と。
だから、今、一緒にいられてる。
亨吾は歌子さんと結婚して、ご両親を安心させることもできた。それはオレの望みでもあった。
亨吾は今日も、歌子さんの待つ家に帰っていく。
でも、心はオレのところにある。結婚を報告してくれた夜、切ないほどのその思いを受け止めた。そして、毎月聴かせてくれるピアノの音が、それを証明してくれている。
だから、いいんだ。こうして一緒にいられれば。それ以上のことは望まない。望まない。望まない……
だから……だから。
「…………哲成」
「………っ」
オレの呪文を打ち消すように、亨吾の手がそっと、メニュー表を持っているオレの手に触れた。ドキンッとなる……
「……キョウ?」
「哲成」
そして………
享吾が小さく、でも真剣に、本気の本気の本音、と分かる声で、言ったのだ。
「オレ達も、こんな未来を選べたら……」
「!」
反射的に、その手を弾いた。
「お前……っ」
「…………あ」
亨吾もはっとしたように手を引っ込めた。怯えたような亨吾の顔……
「いや……、あの」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙の中、頭の中で、言いたい言葉がグルグルと回りはじめる。
(今さらそんなこと出来るわけないだろっ)
(あの時、オレがどんな思いで、「結婚おめでとう」って言ったと思ってんだよ……っ)
でも、何も、言えない。何を言ったらいいのか分からない。
ただ一つ……言えることは……
「……………二度と、そんなこと言うな」
それだけ絞りだして、席を立った。
***
それからすぐに、オレは海外赴任の話を受けた。
「オレ達、しばらく会わない方がいいと思う」
最後に会った時に、そう言ったら、亨吾は真っ青な顔になりながらも、小さくうなずいて、反対はしなかった。亨吾も亨吾で思うところがあったのだろう。
それからずっと連絡を絶ってきた。何度か帰国はしていたけれど、亨吾には会わないように気を付けた。3年後、赴任期間が終了して、帰国してからも、連絡はしなかった。
(会いたい……けど)
自信がなかった。
オレ達が選べなかった未来を得て、幸せそうに寄り添う渋谷と桜井の姿が、脳裏から消えてくれない。有り得ないと思った未来を得られる可能性を見てしまった今、欲望を制御する自信がない。まわりを不幸にしてまで得ても、幸せになんかなれない。今まで通りにできる自信がつくまでは、会ってはいけない……
それなのに………
「テックン、明日と来週、花梨のことお願いね」
呼び出されて実家に顔を出したところ、妹の梨華に言い切られた。梨華は昨年離婚して実家に戻ってきているのだ。
「いいよね?」
「いいよね?」
オレが断るなんて絶対にない、と信じきってる梨華。確かに、梨華の頼みはなんでも聞いてやりたいけど……
「お願いって何を……」
「花梨のピアノの発表会。親も一緒に出ないといけないステージに出るんだけど、私出たくないから、テックン出て」
「え」
ピアノの発表会?
「花梨、ピアノ習ってたっけ?」
「うん。2ヶ月くらい前からね」
「それなのにもう発表会出んのか?」
「だから、その親と一緒の合奏のところだけ出るんだってば。ピアノじゃなくて、鈴担当ね」
「へえ~~~……、と、え」
はい、と渡された、発表会のプリント……
その名前に、動きが止まってしまった。
『村上歌子音楽教室』
村上……歌子って……
「発表会の前の週に、リハーサルがあって、そのリハーサルの直前に、みんなで合わせる練習するんだって。よろしくね」
梨華の声が上滑っていく。歌子……村上、歌子?
「ねえ、テックン。いいよね?」
「え?! あ、ああ……」
梨華に詰め寄られて我に返る。でも、頭の中は、この四文字でいっぱいだ。村上歌子……
「なあ……梨華。このピアノの先生、どんな人?」
「どんなって……テックンと同年代くらいかなあ? 美人だよ」
「…………」
村上、歌子……
「花梨のピアノの発表会。親も一緒に出ないといけないステージに出るんだけど、私出たくないから、テックン出て」
「え」
ピアノの発表会?
「花梨、ピアノ習ってたっけ?」
「うん。2ヶ月くらい前からね」
「それなのにもう発表会出んのか?」
「だから、その親と一緒の合奏のところだけ出るんだってば。ピアノじゃなくて、鈴担当ね」
「へえ~~~……、と、え」
はい、と渡された、発表会のプリント……
その名前に、動きが止まってしまった。
『村上歌子音楽教室』
村上……歌子って……
「発表会の前の週に、リハーサルがあって、そのリハーサルの直前に、みんなで合わせる練習するんだって。よろしくね」
梨華の声が上滑っていく。歌子……村上、歌子?
「ねえ、テックン。いいよね?」
「え?! あ、ああ……」
梨華に詰め寄られて我に返る。でも、頭の中は、この四文字でいっぱいだ。村上歌子……
「なあ……梨華。このピアノの先生、どんな人?」
「どんなって……テックンと同年代くらいかなあ? 美人だよ」
「…………」
村上、歌子……
ジッと考えこんでいたら、梨華が「あ!でも!」とオレの腕をバシバシ叩いた。
「先生、結婚してるから、変な期待しちゃダメだよ? 旦那さん、背の高いすごいイケメンらしいよ?」
「…………あ、そう」
村上歌子。オレの同年代。美人。ピアノの先生。背の高いすごいイケメンの旦那。
ここまで条件がそろっていて、この『村上歌子』がオレの知っている歌子さんじゃなかったら逆に驚くよな……
だから、歌子さんとの再会を確信しつつ、亨吾との再会も覚悟して、翌日を迎えた。
「先生、結婚してるから、変な期待しちゃダメだよ? 旦那さん、背の高いすごいイケメンらしいよ?」
「…………あ、そう」
村上歌子。オレの同年代。美人。ピアノの先生。背の高いすごいイケメンの旦那。
ここまで条件がそろっていて、この『村上歌子』がオレの知っている歌子さんじゃなかったら逆に驚くよな……
だから、歌子さんとの再会を確信しつつ、亨吾との再会も覚悟して、翌日を迎えた。
ついつい上の空になりながら、指定された部屋で花梨を着替えさせていたら、花梨が着替え終わったと同時に走って出ていってしまい、
「うわ、待て!かりん!」
慌てて荷物をまとめて追いかけた。花梨は梨華に顔も似ているけれど、せっかちで我が儘なところもそっくりだ。
なんとかリハーサル室前にたどり着いた。両手いっぱいに荷物を持ったまま扉を開けようとしたところ、扉が勝手に開いた。親切にも中にいた人が開けてくれたらしい。
「ああ、すみません……」
開けてくれた人を振り仰ぎ……
「……って、あ」
ポカン、と口を開けて見つめ返してしまった。
開けてくれた人を振り仰ぎ……
「……って、あ」
ポカン、と口を開けて見つめ返してしまった。
3年ぶりの、享吾。
全然変わっていないどころか、ちょっと若くなってるのはなんでだ?
愛しいと思う気持ちが条件反射的に沸き上がってくる。
そして……
「哲成……」
オレを見下ろしてきた享吾の目は、今にも泣きだしそうで……
(キョウ……)
ズキッと胸が痛くなった。
(キョウは、やっぱり、まだ、こんなにも、オレのことが好きなんだ)
疑いようもない、瞳。
(オレは愛されてる……)
安心と嬉しさと申し訳なさと後悔と……もう、自分の気持ちをどうしたらいいのか、自分でも分からない。
だから。
「おお!久しぶりー!」
明るく……何でもないことのように、言った。
「おお!久しぶりー!」
明るく……何でもないことのように、言った。
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お読みくださりありがとうございました!
こんな真面目な話、誰得? いいの私が読みたいからいいの……といういつもの自問自答をしながらの更新でございます。
皆川君が渋谷&桜井の家に遊びに行った話は、『たずさえて3』でした。
次回は金曜日更新予定です。