昔ね、うちの母親が話してくれた話ね。オカンが中学生だか高校生だった頃の話ね。
同級生の男の子、その子の家は大変貧乏だったらしい。貧乏だったから、電車賃も昼飯代もないのね。だから、彼は遠くから何時間もかけて歩いて来るんだけどね。学校への来がけに、毎日のように血を売って来るわけ。血を売るって、今の時代には分かりにくいことなんだけど、献血なんてモノが一般化される前は、血は立派な売り物だったんだよね、きっと。
輸血用の血が必要なんだけど、タダで血液を進呈してくれる人がいない。すると・・・需要と供給の関係よ。必然的に血が商品になるというわけ。
その彼は自分の血を売ったお金で、教科書やら昼飯のアンドーナツやら帰りの電車の切符やらを買っていたとか買っていなかったとか・・・。
ちょっと切なくなる・・・そんな話。そんな時代の話。
今日はね、久しぶりにアニキに会った。アニキと言っても、僕の兄さんではない。自分でアニキと名乗り、みんなからアニキと呼ばれている、あのアニキのことだ。
懐かしの映画「ちんぴら」で、ジョニー大倉が柴田恭兵のことを「ぁはにき~」と呼んでいたのを思い出さずにはいられない。
あと、アニキとイノキは音と字面が似ている気がする。・・・なんとなく。・・・アントニオアニキ。
そうそう、そのアントニオアニキの話な。
アントニオは最近極度の貧乏だ。食費は一食100円以内、一日二食で200円で過ごしている。聞くと、ほとんどが安売りのインスタントラーメン。パチモンのチキンラーメン一個49円を一食で二つ、とかで毎日をしのいでいる。
しかし、大食漢のアントニオである。毎日の食生活でストレスが溜まるのだろう。先日、どうしてもすき家の牛丼が食べたくなったらしい。今時の牛丼は結構お安い。たまにはいいじゃないかと・・・。しかし、アントニオが注文したのは焼きそば牛丼のメガ盛り、780円。サラダと玉子も付けてしまったと言う。そして食べ終わってから目についた、カレー南蛮牛丼の広告。・・・食べたね。アントニオはそれも注文して、食べたね。しめて1200円ちょっと。6日分の食費が一瞬にして・・・。いや、ここで思うべきは、それだけの分量の食物が、1人の胃袋に収まってしまう不思議だ。胃がバカなんだな。アタマはどうか知らないが、確実に、胃はバカなんだな。
その話をしてくれた後で、アントニオが嬉しそうに言うのだ。
「そういえばさ、最近の献血ってすごいんだよ。お菓子とか食べ放題で、ジュースも飲み放題で、コーンポタージュもコンソメスープもあって、乾麺のうどんとかも貰えるんだよ。」
・・・。
「献血手帳ってのがあって、次の献血可能日ってのが書き込まれるんだけどさ、二週間に一回しか献血出来ないんだよ。チェっ。」
・・・。
あぁ、居たよ。こんなところに居たんだよ。・・・現代の血売りが。
うちの母親に教えてあげなきゃ。
「今も居るんだよ。血を売ってお菓子を食べてお腹をいっぱいにしてる人が!」ってね。
アントニオは言うのだった。
「やっぱり、人のために役立つってのは、いいもんだね!」
血売り物語。・・・終わり。