僕はね、京都で一番好きな場所はどこだい?と聞かれたら、「泉涌寺」と答えるんだ。
今日は泉涌寺に行ってきた。
新緑のまばゆい庭園を、しばし眺める。人はいない。ほとんどいない。静かなひと時だ。
ふと隣に老齢の夫婦らしき二人が現れた。二人の会話が漏れ聞こえてきた。
最初に断っておくが、盗み聞きをしたわけではない。自然の中に溢れ出ている音の様に、耳に入って来た言葉である。
「綺麗ですねぇ・・・」
「そうですねぇ・・・」
少し間を空けて。もう一度。
「素敵ですねぇ・・・」
「本当に素敵ですねぇ・・・」
間を空けて、さらにもう一度。
「綺麗ですねぇ・・・」
「・・・本当に・・・」
また少し間を空けたあとで、女性の方がこうつぶやく。
「こんな二人で出掛けるなんて・・・デートみたいな・・・。」
「五十年なんて、すごく長いけれど・・・何もなかったような気もしますね・・・」
「本当にそうですね・・・」
会話の端々しか聞こえなかったが、この老齢の男女は夫婦ではなかったようだ。お互いに敬語で話していたということもある。二人の間に、少し距離感のようなものが存在していたような気もする。
僕が想うに、僕が想像するに・・・
この男女は、50年ぶりにここで会ったような気がする。六十代後半の二人。二人が最後に会ったのは十代半ばから後半。その時の二人に何があったのか知る由もないが、二人は手すら繋いだ事がなかったのだろう。それでも、二人の間には淡い恋心があったはずである。
お互いに想い合っていても、結実しない恋などいくらでもある。もしかしたら、そういう時代だったのかもしれない。
それぞれの人生に50年という長い長い歳月が流れた。
それぞれの想いを忘れずに抱えたまま、50年という長い長い歳月が流れた。
何か、運命の糸みたいなものがまた二人を巡り合わせた。
例えば・・・かのマークザッカーバーグが考え出した、あのシステムのようなものか?
これからの二人がどんな運命をたどっていくのか・・・それは、誰も知る由もない。
僕が言いたいのはただ一つ。50年振りの再会の場所に泉涌寺の庭園を選んだことが、何よりも素晴らしいってこと。
今日、この世界で、一番素敵だった二人に・・・乾杯。
実際・・・帰り道の参道で、ちょっと泣いたよ。