
若一神社。わかいちでもじゃくいちでもなく、にゃくいちと読む。にゃくいちじんじゃ。
若一神社には何があるのか?
若一神社には、大きなクスノキがある。清盛が手植したといわれる大きなクスノキだ。
これが、ただのクスノキではない。
西大路通りを曲げた楠として有名な、若一神社の目印にもなっている大楠なのだ。
昭和の初め頃、この通りに市電を通すという計画があった。若一のクスノキが立つ場所はこの計画に引っかかった。家でいうならば、立ち退きである。
「清盛さんの手植だかなんだか知らないが、さっさと出て行っておくれ!ここはもうすぐチンチン電車が通るんだよ!」である。
家ならば、立ち退き料をがっぽり頂いて、家財道具を持って引っ越してしまえば済むのだが、大木となるとそうはいかない。そうはいかなくとも、計画は進む。
樹齢800年にもなろうとしていたその樹を切り倒そうとした瞬間・・・。来たね。来たみたいだね。清盛様の祟りが。
「こら!なんばしよっとか!」ってなもんだよ。
工事関係者に続々と訪れる不幸。
だいたいからにして、工事関係者の何人かが不幸に見舞われたとして・・・公共事業である市電の計画が変わるなんてことがあるのだろうか?
普通は・・・ない。でも、若一では・・・あった。
清盛の怨霊攻撃にビビりまくった行政は、泣く泣く市電のルートを変更せざるを得なかった。
今は、市電は、無い。もう無い。京都の街を取り巻く幹線道路、大路通りが通っている。
真っ直ぐに延びる道路。若一神社のクスノキがある場所だけ、道路がクニャっと曲がっている。まるで清盛の怨霊を避けるかのように、クニャっと曲がっている。
行政の計画を変えた、大きな楠。清盛の楠が、若一神社にはあるのである。
つづく。