白雲去来

蜷川正大の日々是口実

朝晴れエッセー、2月の月刊賞。

2025-03-15 18:56:46 | 日記

3月15日(土)曇り後雨。

産経抄・朝晴れエッセー「雪の雛人形」。

器用な母だった。毎年お盆トレーの中に、彫刻のように精緻で小さな雪の人形を2つ作り上げた。赤い布と青い布を肩から掛けると、美しい雛人形ができあがった。3月1日は妹の誕生日、雛祭りも兼ねていた。大はしゃぎする妹の姿は忘れられない。3歳違いだった。北海道の春はまだ遅かった。母は毎年雪の雛人形をお盆ごと屋外の玄関口に飾った。翌日には妹が決まって「お人形さん、寒いよ!」と母に訴え、玄関内に場所を移した。そして3日目には、いつも無惨に雛人形は溶けて崩れ始めた。「お人形さんがいなくなる!」と泣き騒ぐ妹に、優しく寂しくほほ笑む母の顔は脳裏から消えない。

初めての女の子に雛人形を買ってやれなかった、が母の生涯の口癖だった。父の仕事の不運、6年で3度の炭鉱倒産に遭い、明日の命を祈るだけの困窮生活。母の切ない雛人形の夢は、ついに叶うことがなかった。妹が嫁ぐ日に「母さん、雪の雛人形ありがとう、いつまでも忘れないよ!」と言い残した、とつづる母の涙の跡の手紙に胸の震えた日。

母の優しい面影に小さな妹の幼い笑顔。今、あの頃の思い出を語れる家族は、誰もいない。北海道の遠い日の追憶に、思わず「母さん!」と呼んでみる。

臼木巍(78) 愛知県武豊町

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