筋肉は、人間が移動手段として備わっている運動器の一部だからだと思うが、細胞内エネルギー:ATPが他の細胞より多く、枯渇しても次のエネルギー補給経路の解糖系が動き出す。このとき人は疲れたと感じる。
筋肉細胞以外の、内臓諸臓器の細胞は、”疲労”しないのでしょうか?
細胞が仕事をする=興奮する=電解質特にナトリウムイオンとカリウムイオンの細胞内外への移動
一連の動きを日常的に視覚化されているのが心電図
一拍、一拍 規則正しく動き続けてくれている心臓
力強さを維持する大切な時期が一拍の中に秘められています。
収縮期、引き続き拡張期 その後、心室の再分極を示すT波の後の、心電図で基線にある一直線で示される時期です。心筋細胞が動かず、次の活動に向けて内部エネルギーを蓄えている時期。細胞内小器官は活動しているはずの時間。
頻脈では、この時間が短くなります。認められないときもあります。
心臓がいつも以上に仕事をしているのは感じることができますが、
”心臓が疲労した”とは感じられない
他の臓器は、疲労を訴えるでしょうか?
積極的なサインはない!と個人的自己分析から思います。
疲労サインがないからといっても、細胞は興奮、絶対不応期、再分極により、活動力を再生
人間の一日のリズム 活動、休息(睡眠)を繰り返して、 再生=活力を回復
精神神経系の疲労は, 反応性の鈍さ⇒注意力の低下 などの言葉で表される状態
脳、脊髄=中枢神経系統によって、統合されて動いているのが私達の身体
労働時間の長さが疲労とは一致するとは思わない。
しかし、自身で、休息、休憩、睡眠を管理できる立場にある、
多忙であったから、今ぶらぶらしていると理解される環境が整っているなら
ストレスが絶え間なく続いて、ストレス訓練学習を習得している人なら
最近論議されている、労働時間撤廃(ホワイトカラー・エグゼンプション制)の対象とされても良いだろう。
しかし、多くの労働者は、上司の監視、成果の監視にさらされている。
解放される、ストレス解消できる、のはどうするのか?
制限労働時間が終了したからといって、ストレス環境が突然終了、
リフレッシュタイムへと切り替え困難なのが人間。
会社の方針などの情報を刻々と入手できる立場に無い、労働者と、
経営陣のストレス対応能力は差があってしかるべきで、
その面からも、拙速に労働時間が時流に合わないから撤廃へ
という論には賛成しかねる。
ストレス対応能力も、日々の訓練、教育が必要。
すなわち、リフレッシュできる能力の獲得
これなくして、労働時間の撤廃へと向かったら、
過労死の増加、
精度の低下 が起きてくるのでは無いかと危惧する。