2011年 大震災後にゆがんだ本箱のなかから、手に取り読み出して、
読み応えが有り、引き込まれているのが、
ルネッサンスの光と闇 芸術と精神風土 。
昭和46年発刊の本です。
序文 「天使の存在を信じないーー信じることの出来ないーーわれわれ現代人は、クールベやテーヌの直接の子孫なのである」
「現実世界への目覚め」
クールベの生きた19世紀の現実の目覚めと、15世紀後半ルネサンス期の現実の目覚めの違い、表現の奥に潜むものを明らかにしてくれる、推理小説のようなぐいぐい引きつけてくれる魅了にとりつかれながら、それでもやっと、
第1部 サヴォナローラ
第2部 メランコリア まで読み進んだところです。
忽然とではなく、時代の必然性で発生する熱狂と退縮
修道僧 ジロラモ サヴォナローラに、熱狂呼応した人々=ピアニョーネによる”虚飾の焼却”
(取り返しのつかない焼却による永遠に喪失した物は、数知れず、
何度となく繰り返される愚行。当時は意図を持って、人々を邁進させる。)
同時代に生きたボッテチェルリ。 ヴィーナスの誕生、プリマベーラ(春)の作者であって、それだけの人が、時代を生きた人物として動き始めました。
ほおづえをつく”考える人” がメランコリア→非行動的な瞑想の人
ドラクロア作アトリエのミケランジェロ
ラファエロ画 アテネの学園 に後から書き足されたらしいヘラクレス
ここにもミケランジェロの影が。
なつかしい思い出に満ちたイタリア、なかでもフィレンツェ。
ヴィラ サン ミケーレ のテラスからフィレンツェの町を眺め、
観光客にあふれる市街に出かけ、
栄華盛衰の中の憂鬱の影と、遺産の継承した現代の町の再訪をはたしたいなと。
事実の読み解きに基づく、力強い筆力。見習いたい!!
第3部 愛と美 第4部 二人のヴィーナス 第5部 神々の祝祭
読み進むのが楽しみです。
以前は、イタリア訪問前の慌ただしさの中での、読書だったのだろうか?
読後感が異なっている。
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