
佐藤次高著、山川出版社刊
イスラム世界は、謎です。知っている人は知っているのかもしれませんが、毎日何回も行う礼拝、あるいはラマダン(断食)、女性のベールなど、独特の文化を目にしつつも、西欧文明とは一線を画してことに、驚異の感を抱いていました。そこで、イスラムに関する書籍を読んだのが本書です。
まずは、イスラム教徒が全世界で14億人いると知ってビックリしました。ユーラシア大陸、アフリカ大陸、東南アジアを中心に56カ国がイスラーム諸国会議機構加盟国だそうです。また、開祖のムハンマドが神の啓示を受けた布教したのは7世紀なので、当時既にキリスト教が広まっていたのでした。更に、神の啓示を伝えたのは大天使ガブリエルであるとのことです。また、モーセに授けられた法律やイエスに授けられた福音書も、神の言葉が記された書物として信じるとし、アダム、ノア、アブラハム、モーセ、ダビデ、ソロモン、ヨハネ、イエスなど25人の預言者を含めて、ムハンマドは「神の使徒」としてその言葉を伝える「最後の預言者」だとしています。最後の審判を信じていることも、キリスト教と同じです。
そして、仏教やキリスト教徒と同じく、開祖が語った言葉を元に、弟子やその末裔が、壮大な信仰体系を作り上げているのでした。
私は、信仰を持つ人をうらやましいと常々思っていますが、信仰の在り方を決めたのは、核心部分以外は、開祖の弟子やその末裔であって、何ともいかがわしく感じます。例えば、ミサ曲などに深い感動を感じながらも、壮麗華美な儀式は、宗教の本質とは何の関係もないのではないか。また、僧侶が意味不明なお経を読んだとしても、その意味が伝わらないで、どうして仏に帰依できるのか。不思議です。
山や川に神が宿り、私達の目に見えない存在があると感じながらも、有限の人間が作り上げた、むやみに大掛かりな価値体系は、深い思索と検証を経たとしても、人知の限りの営みであってみれば、自ずと限界があるのではないかと思います。そして、人々の考え方に大きな歪みや偏った感情を抱かせるのではないかと感じます。
評価は3です。
イスラム世界は、謎です。知っている人は知っているのかもしれませんが、毎日何回も行う礼拝、あるいはラマダン(断食)、女性のベールなど、独特の文化を目にしつつも、西欧文明とは一線を画してことに、驚異の感を抱いていました。そこで、イスラムに関する書籍を読んだのが本書です。
まずは、イスラム教徒が全世界で14億人いると知ってビックリしました。ユーラシア大陸、アフリカ大陸、東南アジアを中心に56カ国がイスラーム諸国会議機構加盟国だそうです。また、開祖のムハンマドが神の啓示を受けた布教したのは7世紀なので、当時既にキリスト教が広まっていたのでした。更に、神の啓示を伝えたのは大天使ガブリエルであるとのことです。また、モーセに授けられた法律やイエスに授けられた福音書も、神の言葉が記された書物として信じるとし、アダム、ノア、アブラハム、モーセ、ダビデ、ソロモン、ヨハネ、イエスなど25人の預言者を含めて、ムハンマドは「神の使徒」としてその言葉を伝える「最後の預言者」だとしています。最後の審判を信じていることも、キリスト教と同じです。
そして、仏教やキリスト教徒と同じく、開祖が語った言葉を元に、弟子やその末裔が、壮大な信仰体系を作り上げているのでした。
私は、信仰を持つ人をうらやましいと常々思っていますが、信仰の在り方を決めたのは、核心部分以外は、開祖の弟子やその末裔であって、何ともいかがわしく感じます。例えば、ミサ曲などに深い感動を感じながらも、壮麗華美な儀式は、宗教の本質とは何の関係もないのではないか。また、僧侶が意味不明なお経を読んだとしても、その意味が伝わらないで、どうして仏に帰依できるのか。不思議です。
山や川に神が宿り、私達の目に見えない存在があると感じながらも、有限の人間が作り上げた、むやみに大掛かりな価値体系は、深い思索と検証を経たとしても、人知の限りの営みであってみれば、自ずと限界があるのではないかと思います。そして、人々の考え方に大きな歪みや偏った感情を抱かせるのではないかと感じます。
評価は3です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます