ブラームスについて考えていて、ふと思いついて弟のマンガ本をアマゾンで検索してみました。
まあ、恥ずかしい話、弟が音楽家のマンガ版の本を出していることは知っていたんですけど、見るのはこれが初めてでした。
このブラームス。葛城まどかさんの本で、弟が監修をしているのですが、ドレミ楽譜出版から2002年に発行され、今は絶版(かな?)になっているのですけど、アマゾンでは希少ですけど中古で購入できます。(でも、定価よりも高かったぞ~)
自分も漫画タッチのムック本を企画して出版社に持ち込んで、出してもらったことがあるにもかかわらず、漫画ってのは、ごくごく一部のものしか読んで来なかったし、仕事を離れたら、隔絶しちゃったものだから、この作家のことは何も分かりません。なんとなく表紙の絵のタッチを見て、あちこちで見てきたような絵だな~って思うくらい。私みたいな門外漢が見てなじみがあると言うのは売れっ子の作家さんなんでしょうね。
でも、美術をメインで仕事をしてきた私としては、珍しく、(弟の監修ということは別にしても)この手のものは、中身でしょう、内容でしょうってことで、読み進みました。
あちこちで、あれ? あれっ?ってストーリーが展開している。でも、漫画の強みかそのままするすると最後まで読み終わって、解説 -お母さまへーってところへ来て、なるほどって合点が行くのですね。一般に知られている髭のある怖そうなブラームスは実は、髭を生やしたのは晩年のほんのちょっとの時期で、肝硬変をわずらていた時で、ほんとはすごく美男子だったとか、、
アガーテ・フォン・シーボルトとへの想いや、彼女の名前をつけた例の弦楽六重奏曲(曲の最後のメロディにアガーテの名前を潜ませているんですよね)はよく知られたエピソードだけど、 クララ・シューマンに対するる想いなんかは解説を読むとふんふんと頷かせるものをもっていました。
演奏家が音楽を奏でるときに、先ず一番大切なことは、譜読みをしたときに感じた感覚なのでしょうね。でもプロであればそれだけでは終わらない。曲の構成、時代や社会背景、そしてその作曲家を知り、どのような時にその曲を書いたのかをしることが必要なのでしょうね。
「のだめ イン ヨーロッパ」で教授から課題を出されて、本を読みあさるのだめの姿がでてきましたし、それを前段にして、のだめがお城に来て、Aの音をポーンと響かせるシーンがありました。(モーツアルト狂いの城主のピアノにしてはピッチ高かったんで、風車としては、なぜかなっていまだに頭を悩ませているけどね)
あれってとても大切なことなんですね。ピアノや調律によって、音が違うのは当たり前として、自分の楽器を持ち込めない演奏者の場合にはよけいに、会場の響きはものすごく大変な問題。(あぁ、持ち込める楽器でも、残響、響きの質が死活問題なのはフルート類ですよね。残響ゼロなら、どんなに頑張っても、すかすかの貧弱な音しか出せないんですから。知り合いのフルーティストで、始めてそのステージに立って、青くなった人を知ってますけど、、、 残響ゼロの録音スタジオで吹いている人を見ると神様に思えるんですよ、、、なんてことは蛇の足でしたね) それに合わせてタッチを換えたりして、自分の求める音を出していくのですからね。あれは自分の音にだけ関心があったのだめが、曲の本来持っているものに目覚めたことを表すシーンだったんですね。
でも彼が書いていますけど、勉強しようとしても、集めた本がどんな本かによって間違ったイメージを持ってしまうことが、音楽に限らず、たくさんある。ブラームスはこんな音楽を書く人だからって変な先入観を持った人が、資料をあたればそのフィルターによって結論が変わって来る。ブラームスに関する本が少ないって、解説には書いてある。まあ、定番と言われるものを含めて、いろんな本が出されているのでしょうけど言いたいのは、オリジナルになる資料のソースが限られてしまっているってことなんでしょうね。
まあこれは音楽に限らず、美術であっても、学問でも、企業や、政治であっても、全ての他を巻き込む活動には当たり前に存在する問題なんですよね。一枚の絵を、自分の眼だけで楽しむのは素人の楽しさ。でも展覧会として企画したり、その絵を売り込もうとすれば、それにまつわるもろもろを研究して行かなければならないし、それにはそのための資料の確かさ、中立性と言うのも重大な問題なんですよね。
逆に、私なんかは仕事としてはコンテンポラリー。資料も、定まった評価もない物を扱わなければならない。勝負は自分の眼だけなんてのは、別な意味でしんどいんですけどね~
それに展覧会なんかの場合は、見る人のレベルがどうか、、、それによって作家を知りすぎていることがよいのかどうか、いつも不安の連続だったのも事実だけど。
心を白紙にして物を見るってとても大変。
オランダの若い子で能管をやるって子と話をした時に、自分が持って育ってきたリズムを変えることがどんなに大変だったかって話をしていました。特に西洋の美術史を専攻してきた学芸員にお茶をやれっていうのも、自分の立ちどころをちゃんと知ることが大切なんだというのは何度も書いていますよね。まあ、自分はできなかったし、人に言うのは簡単だから。
ところでまたまた蛇の足
先日、多摩川でお会いした方が、本を出すって日記を読まれていて、進行状況はどうですかって聞かれました。
出版社の社長さんも、Mixiの方をちょこちょこ覗かれて心配されているみたい。
最初の、こんなもんしかできませんよってのを送ってから、後は音沙汰がなくなったからね。
でも、早く脱稿しちゃうと、社長さん大慌てになっちゃうし、ちびちびやっています。
出来栄えが酷過ぎて出版できなくても、今はやりの自分だけの自分史になればよろしかろうと。
なんせ、大昔から、男も女も日記を書く国の人間だからね~
風車もしてみむとするなり、、、まあ、予定はどう転ぶか、見ものですね~