今日は73年前に長崎に原爆が投下された日です。
その二日前に同じ悲劇にあった広島の方々も含めて、たくさんの方が一瞬で亡くなり、あるいは治る当てもない病魔に侵されて苦しみながら亡くなっていきました。
そのことを身近な苦しみとして日本の国民は核兵器の廃絶に向かって声高に主張してきました。
それが安倍内閣によって、大きく後退してしまいました。
日本はアメリカの核の傘のもとにあるので、核兵器の一律な禁止には同意できないのだそうです。
その底には、核兵器こそ、自国の国益を守る最大の武器だという考えが見え隠れするように思えるのは私だけでしょうか?
そしてその考えは、彼が最も忌避しているどこかの国の指導者と全く同じ土台に立つものだと私には思えてならないのです。
まあ、核の傘を差しだしてもらっているから平和なんだ。
自力でそれを持つにはあまりにも高価だから、そのほかのことはただただ従うしかないのだ、、、
理屈としては理解できないこともありません。
そして理屈としては、もっと大きな悲劇を避けるために原爆投下は仕方なかったという説明も、、、
でも、投下後70年以上にわたり日本の国民は、核兵器の廃絶を世界に向けて願ってきました。
アメリカも日本人のそのような信念、行動を理解してきたのです。
その努力と、核廃絶に日本の指導的役割を望む多くの国際世論を安倍内閣は一瞬にして裏切ってしまいました。
原爆によって親を亡くし、家族全員が原爆症への恐れを感じながら生きてきた私としては、安倍内閣、そしてそれを選んだ日本の国民に対し、大きな失望を感じています。
次の世代の舵取りは、次の世代を生きる世代に任せるべきというのが私の考えです。
なので、政治的な問題に関しては、敢えて触れないで来ました。
ですから、私はただ、この日本がどこへ向かっていくのか、それを眺めているしかありません。
ただ、どうか忘れないでください。
日本がどのようになっていこうとも、それは、そうなるような指導者を選び、その指導者の行動を認めて行ったあなたがたに責任があるということを。