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大阪高裁の「判決要旨」については、例によって裁判所の表現が読みづらいので、他の引用等にお任せして、比較的分かりやすくまとめてある共同記事を引用する。
沖縄集団自決訴訟の31日の大阪高裁判決の要旨は次の通り。
【判断の大要】
当裁判所も1審同様、梅沢元守備隊長らの請求はいずれも理由がないと判断する。
「太平洋戦争」の記述は梅沢元隊長、「沖縄ノート」の記述は梅沢元隊長と赤松元隊長の社会的評価を低下させる内容だが、高度な公共の利害にかかわり公益を図る目的だったと認められる。
座間味島と渡嘉敷島の集団自決は日本軍の深いかかわりを否定できず、日本軍の強制、命令と評価する見解もあり得る。しかし、両隊長が直接住民に命令した事実に限れば、その有無は断定できず、真実性の証明があるとはいえない。
集団自決が両隊長の命令によることは戦後間もないころから両島で言われてきた。書籍出版のころ、梅沢命令説、赤松命令説は学会の通説で、各記述は真実と信ずるに相当な理由があった。また「沖縄ノート」の記述が公正な論評の域を逸脱したとは認められず、出版は不法行為に当たらない。
書籍は昭和40年代から継続的に出版され、その後資料で両隊長の直接的な自決命令は真実性が揺らいだ。しかし、各記述や前提の事実が真実でないと明白になったとまではいえず、出版の継続は不法行為に当たらない。
【証拠上の判断】
梅沢元隊長は1945年3月25日に本部壕で「自決するでない」と命じたと主張するが採用できない。村の幹部が自決を申し出たのに対し、玉砕方針自体を否定することなく、ただ帰したと認めるほかない。
控訴審で出された、梅沢元隊長が本部壕で自決してはならないと厳命し、村長が住民に解散を命じたとする島民の供述は明らかに虚言。梅沢命令説、赤松命令説が援護法適用のために作られたとは認められない。
時の経過や人々の関心の所在など状況の客観的な変化にかんがみると、梅沢元隊長らが本件書籍の出版等の継続で、人格権に関して、重大な不利益を受け続けているとは認められない。
【法律的判断】
高度な公共の利害にかかわり公益を図る目的で出版された書籍について、発刊の時は真実性や真実相当性が認められ、長年出版を続け、新資料で真実性が揺らいだ場合、ただちに記述を改めなければ出版継続が違法になるとするのは相当でない。
違法になるとすれば、著者は、過去の著作物にも常に新資料出現に注意を払い再考し続けねばならず、名誉侵害を主張する者は新資料の出現ごとに争いを蒸し返せる。著者に対するそうした負担は言論の萎縮につながる恐れがある。
特に公共の利害に深くかかわる事柄では、その時点の資料に基づく主張に対し、別の資料や論拠での批判・再批判が繰り返されるなどして大方の意見が形成され、その意見も時代を超え再批判される。その過程を保障することこそが民主主義社会の存続基盤をなす。特に公務員に関する事実にはその必要性が大きい。
そうすると、仮に後の資料から誤りとみなされる主張も言論の場で無価値とはいえず、これに対する寛容さこそが自由な言論の発展を保障する。
従って新資料の出現で記述の真実性が揺らいだからといって、ただちに出版継続が違法になるとは解釈できない。
もっとも(1)真実でないことが明白になり(2)名誉等を侵害された者が重大な不利益を受け続け(3)発行が社会的な許容限度を超える場合、出版継続は不法行為を構成し差し止め対象になる。
本件では、両隊長は戦争後期に公務員に相当する地位にあり、記述は高度な公共の利害にかかわりもっぱら公益を図る目的であるから、出版差し止めなどは少なくとも(1)内容が真実でないことが明白で(2)重大な不利益を受け続ける時に限り認められる、と解釈するのが相当だ。
◇
今朝の沖縄タイムス社会面トップの大見出しはこれ。
「強制」復活 希望と課題
得意の印象操作である。
いかにも高裁判決の結果、教科書に「強制」が復活するように見えるが、よく見たら、
「復活は希望であり課題でもある」という意味らしい。
だったら「強制」復活は今後の希望と課題
とでも書け!
高裁判決で隊長の命令は
「両隊長が直接住民に命令した事実に限れば、その有無は断定できず、真実性の証明があるとはいえない」(両隊長の命令はなかった)
と認定したため、
教科書から命令や強制を削除させた2006年度の文部省検定意見を支持したことになる。
タイムスが連日大見出しで印象操作に励んでも、
今後も引き続き教科書には命令や強制は記述できない。
これが事実ですよ、タイムスさん。
*
この裁判は当初から「関与」という日本語の定義を曖昧にしたまま続けられた。
原告弁護側は文部省意見書に従って、「関与」は認めるが「強制(命令)」は認めない、という立場で裁判に臨んだ。
だが、原告支援者の中にも藤岡信勝拓大教授のように、「『関与』も認めてはいけない」とする人もいた。
⇒【正論】集団自決と検定 拓殖大学教授・藤岡信勝 “トリック報道”で世論誘導 - MSN産経ニュース
■関与と命令■
「関与」は広い意味を持つ言葉で慰安婦問題の時も、論点は「強制連行の有無」であるにも関わらず、慰安所は軍が利用していた為「(軍は)関与はある」としたが、それが「日本軍は慰安婦の強制連行に関与した」とすりかえられたことは周知のこと。
先日給食のパンを喉に詰まらせて窒息死した小学生のニュースが話題になったが、
早食い競争があったのではないという父親の問いに、当初校長はこれを否定していた。
だが、家族側の追求に校長は、早食い競争は否定しながらも「総合的に判断すると(早食いを)誘発するような状況があった」として家族に謝罪して一件落着した。 謝罪はしたが学校側が責任を取る問題ではない。
この場合学校の教室で起きた事故であり、死因は給食用のパンであるから、窒息死に学校の「関与」があるのは当然だが、学校側や担任の教師が「早くい競争」を命令したわけでも強制したわけでもない。 校長は謝罪したのは、賠償責任ではなく、子供の命を救えなかったことを詫びたのだ。
学校或いは担任教師は(窒息事故に)関与はあっても、(早食い競争の)命令や強制がなければ責任を取る立場にはない。
ついでだから別の例を挙げよう。
警察官の不注意で拳銃が民間人の手に渡り、それで自殺した人がいた。
警察の備品での自殺ゆえ、警察の関与は認めても、それだけで自殺に警察の命令や強制があったとはいえないのと同じである。
拳銃保管の不手際の責任は、別問題として問われるべきである。
集団自決の場合も、手榴弾という軍の備品で自決したのなら関与はあったといえても、それだけで軍が命令や強制があったとして責任は問えない。
軍備品保管のずさんさを問われても仕方がないのは警察の拳銃保管と同じである。
高裁判決で、集団自決は日本軍の「関与」とを認めながら、その一方「命令(強制)」は認めていない。
その意味で、梅澤、赤松両氏は高裁判決で事実上既に名誉を回復している。
≪座間味島と渡嘉敷島の集団自決は日本軍の深いかかわりを否定できず、日本軍の強制、命令と評価する見解もあり得る。しかし、両隊長が直接住民に命令した事実に限れば、その有無は断定できず、真実性の証明があるとはいえない。≫
*
■いつの間にか「表現の自由裁判」に■
控訴審判決は、考えようによっては世にも恐ろしい人権無視の判決である。
被告の大江・岩波が表現を職務とする立場にあるせいかどうか、
判決は、「表現の自由を護る為には個人の人権は踏みにじってもかまわない」という意味なのだ!
公務員なら、何の根拠もない糾弾を受け、新聞・書籍等のマスコミで名誉を毀損されても、自分で「明確に」無実を証明できなければ我慢しろというのだ。
公務員にとっては「恐怖の判決」である。
「集団自決裁判」の被告は、株式会社岩波書店と大江健三郎の2者であるが、
これに加えて沖縄タイムスと朝日新聞もこの裁判の事実上の当事者であり、被告の一員であると考えている。
そもそも事件の発端は沖縄タイムスが発刊した『鉄の暴風』のずさんな記事であり、それを最初に出版したのは朝日新聞社であった。
それに岩波と朝日は出版と新聞を代表する左翼言論の牙城であるという共通項の外に、
本裁判の被告側の秋山主任弁護士は、岩波と朝日両社の顧問弁護士でもあるという共通項もある。
つまり本裁判の被告集団は、戦後の日本をミスリードしてきた「戦後民主主義」的言論発信の代表集団であり、
同時に安倍元首相が脱却を試みて果たせなかった
「戦後レジーム」のシンボルともいえる集団である。
大阪高裁は、依然として根強い戦後民主主義の代表選手の威光とノーベル賞受賞者の権威の前に、判断力を失いひれ伏してしまった。
「真実相当性」をねじれ解釈して、被告を無罪にするため、判決は「表現の自由」という錦の御旗を、土俵に引っ張り出した。
大阪地裁の深見裁判長も高裁の小田裁判長も夫々の判決の後、定年退職だと聞くが、
退職後は、岩波、朝日の権威に、揉み手をしながら余生を送るつもりで、「表現の自由」を持ち出したのか、
11月1日付けの朝日社説も、嬉しそうにこれに答えている。
≪そこでもうひとつ注目すべきは、表現の自由を幅広く認定したことだ。原告側が「沖縄ノート」の発行後に隊長命令説を否定する資料が出てきたと主張したことに触れ、「新しい資料で真実性が揺らいだからといって、ただちに出版の継続が違法になると解するのは相当ではない」との判断を示した。≫(朝日社説)
沖縄タイムスによると、
控訴審判決があった10月31日の夜、大阪市内で被告支援者の集会が行われたが、その会場でも
「言論、表現の自由が守られた」と発言があるたびに何度も大きな拍手があったという。
いつの間にかこの裁判は「言論・表現の自由を守る裁判」に変わっていたのだ。
小田裁判長は「表現の自由」という神の声を発する大江・岩波(朝日新聞、沖縄タイムス)の前に土下座しててしまったのだ。
■裁判官の限界■
60数年前の証言のみに頼り、一片の物的証拠もない本裁判の「証拠上の判断」は、
裁判官の恣意的判断のオンパレードである。
60数年も前の記憶が機械のように正確だったら、
むしろ作為を感じて疑わしいと考えるのが普通で、
本筋さえ筋が取っていたら是とすべきで、枝葉の部分の多少の思い違いなどない方が不思議である。
宮平証言を裁判長は真っ向から否定しているが、
昭和20年の10月25日の夜の座間味島。
三日三晩に渡って島を襲った米艦砲射撃を避けて、壕から壕へと逃げ回っていた当時の村民で腕時計ををっていた人は殆ど居なかった。
時計は学校や役所にしかなく、時間は月の動きで判断していた。
しかも腕時計を持たない住民は「そのとき」不眠不休状態で逃げ回っていたのだ。
現在の感覚で、「何日の何時ごろ何処に居た」という「アリバイ証言」に多少の齟齬があったからといって、
戦後生まれの法律しか知らない法律バカが、
体験者の証言を「明らかに虚言」と一方的に切り捨てるのは驕りではないのか。
筆者は、体験者の話を聞くべく何度か宮平秀幸氏と話す機会があったし、
宮平氏と同行で浦添市在住の宮平氏の同級生夫妻を訪ね体験談を聞いたたこともある。
久し振りに逢う同級生も、証言とは関係ない些細な同級生との出来事まで憶えている宮平氏の記憶力には驚いていたほどである。
筆者は本人と直接会話した経験で、宮平証言は細部の思い違いはともかく、本筋では真実をかたっていると確信する。
宮平氏からは裁判の争点以外にも興味深い体験談を聞いているが、本筋から外れるので稿を改めて紹介したい。
宮平証言に関して、
大阪高裁は、百歩譲っても、
「当裁判所では真偽の判断は出来ない」というぐらいの良心は持つべきだろう。
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