石原慎太郎さん死去 タカ派政治家 都知事13年 89歳
東京都知事を13年半務め、タカ派政治家の代表格として知られた元衆院議員で作家の石原慎太郎(いしはら・しんたろう)さんが1日午前、東京都大田区の自宅で死去した。89歳。膵臓(すいぞう)がんを昨年10月に再発していた。神戸市出身。葬儀・告別式は家族のみで行い、後日お別れの会を開く。(10・25面に関連)
一橋大在学中の1956年に小説「太陽の季節」で芥川賞を受賞。作品の映画化で、弟の故石原裕次郎さんが俳優デビューした。映画に登場するような無鉄砲な若者は「太陽族」と呼ばれ、社会現象を巻き起こした。
68年、参院選全国区に自民党から立候補しトップ当選。72年に衆院へくら替えし、環境庁長官や運輸相を務めた。党内タカ派政策集団「青嵐会」を結成し、中核を担った。95年、在職25年表彰当日に議員辞職を表明した。
99年の東京都知事選で初当選。大手銀行への外形標準課税(銀行税)導入やディーゼル車の排ガス規制を推進した。都が1千億円を出資して2005年開業した新銀行東京はずさん融資で経営難に陥り、追加出資で批判を浴びた。都による尖閣諸島購入も計画した。
4期目途中の12年に知事を辞職し、太陽の党を設立。当時の橋下徹大阪市長が率いる旧日本維新の会と合流し、同年の衆院選で国政復帰した。野党再編を巡ってたもとを分かつと、14年8月に自主憲法制定を掲げる次世代の党を結成し、最高顧問に就任した。同12月の衆院選で落選し、政界を引退した。
17年には東京・築地市場の豊洲移転問題を検証する都議会の調査特別委員会(百条委員会)の証人喚問に応じ、移転を延期した小池百合子都知事を批判した。
著作は「化石の森」「『NO』と言える日本」(故盛田昭夫ソニー創業者との共著)や「弟」「天才」など多数。芥川賞選考委員も務めた。長男は伸晃元自民党幹事長、次男はタレントの良純さん、三男は宏高自民党衆院議員、四男は画家延啓さん。
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注目集める政策次々 都政 手法に疑問の声も
石原慎太郎さんは1999年から13年半の東京都知事時代、ディーゼル車の排ガス規制や東京マラソンなど、世論の注目を集める政策を次々と打ち出した。仕えた都庁職員らからは、都政への貢献をたたえる声や、政治手法を疑問視する声が上がった。
ある都幹部は「大きな方針を示し、都庁のかじを取った」と評価。あまり登庁せず、現場としては困ることもあったが「求める仕事の質が高く、『役人はできて当たり前』という厳しさから学ぶものがあった」と話す。
別の都職員は、地球温暖化による海面上昇が続く太平洋の島国ツバルを2007年に訪問したことが印象に残っている。高額な旅費に批判の声も出たが「現場に立って思いを巡らし、政策のエネルギーに変えようとしていた。自分の中に価値を見いだしたらどこまでも行く人だった」としのんだ。
一方で、都営地下鉄大江戸線の名称を巡り、選考委員会が選んだ案に反対して選び直させるなど、トップダウン型の政治手法には独断専行との批判もあった。ある職員は、側近の力が強くなりすぎた面もあったと指摘。「よく言えばカリスマ性のある政治家だったが、自分の関心事以外は役人任せだった」とし、尖閣諸島の購入意向についても「自治体がするべきことだったのか」と疑問を呈した。