吉村昭と言えば、社会派の史実に基づいた小説を数多く書いたことで評価が高いが、もう一つ別な顔がある。
死を描くこと、特に死体に対する執着を感じる作品群がある。
この本もその中のひとつで、息を吐いて吸うように、人は生まれ死んでゆく、淡々とした社会の営みが描かれている。
人の死とは、何もお祭り騒ぎをしたり、大きなショックを受けて寝込んだりすることもなく、客観的に見れば、その人が自然に社会から消えていくことで、日常的な一こまでしかない。
この短編集は、7編の作品が収められているが、そのうち6本は、近年に書かれたもので、最後の1本は、作者が20代のころ、同人誌に書いた自伝ものだそうだ。
最後の1本が吉村昭が死について、書き続けていくことの原点があるとすれば、母の死を悲しく感じない自分と、結核で吐血しながら死におびえる自分に戸惑う姿が印象的である。