小説とは言えないドキュメンタリータッチなれど、小説以上に人間を深く掘りつくす一冊です。
太平洋開戦時、長門と並ぶ日本帝国海軍最強の戦艦「陸奥」。
昭和18年6月9日、謎の大爆発を起こし霧の瀬戸内海に消えました。
その謎を追って、作者は関係者や資料を探しに奔走します。
吉村昭の記録小説がどのように書かれているか知ることができて、ファンとしては必読の書でしょう。
帝国海軍最高機密として、陸奥爆沈の噂を消そうとするとともに、徹底した原因究明を図る海軍。
暗闇の海底で、調査に命をかける潜水隊員たち。
調査にあたったり、浜に打ち上げられる遺留品や遺体の処理にあたる人たちもほとんどが陸奥爆沈の真相を知らされていなかったのです。
そして、浮かび上がる日本海軍の栄光に隠れた闇。
過去の爆沈事故を調べていくうちに、そのほとんどが乗員による自殺行為である事実が浮かび上がってきます。
最強の浮かぶ鉄の城である戦艦が、乗員の手によってもろくも爆沈する事件が何件も起きていることを知ります。
どんなに強力な戦艦でも人の手により動かされるもの。
その中の一人でも、爆破を企てたなら、戦艦は沈んでしまうのです。
そして、その闇は国の貧しさからきているのではないでしょうか。
当時、国家予算の5割近くを軍事費として使っていた日本帝国は、末端まで国民に富を行き届かせることが出来ませんでした。
富と学問を習得した将校たちと、頭がよくても貧しく小学校どまりの水夫たち、階級がすべての軍隊で、千人を超す乗員の一人一人にまで不満のない暮らしを閉ざされた戦艦の中で与えることはできません。
ほんの一人が大きくゆがんでしまったら、他のすべての人が規律正しく生きていても被害を防げないのです。
鉄の城が海に浮かんでいる不自然な人工物である戦艦。それが抱える業の深さを感じました。