上下巻の上だけしか読んでいないので半ばまでしか読んでいませんが、いままで読んだ吉村昭の作品の中でも一番おもしろいかも。
現代の人間や社会が失ってしまったものを作品全体から多く感じることができました。
一つは、学問に対しての尊敬の念。一つは、法を越えた正義のために命を懸けて献身する人達が多くいたこと。一つは、地域の人々が目となり防犯カメラより強力な犯罪抑止力があった社会です。
幕末、開国を説いた書『ゆめものがたり』を著したため、幕府批判の廉で「蛮社の獄」によって終身刑を受けた高野長英のお話です。
長英は、蘭学に秀で、オランダ語、医学、西洋の兵法などに豊富な知識を持った医者でした。
自分より劣った知識しか持たない者が金を儲けることをよく思わず蔑むような言動をする長英には敵も多かったのですが、入牢してからはそのようなことは無くなったようです。
博識と医療の技術を発揮して、囚人の中で牢名主(牢の中で一番えらい囚人)になった長英は、牢役人(囚人の中で牢名主の次に偉い地位の者)に一般囚人への虐待を禁じ、病人の手当をしたり、薬を買い与えたりするようになりました。
囚人たちの尊敬を勝ち得、心酔する者も多かったようです。
しかし、やがては牢の中で死ぬしかない将来を嘆き、ひそかに脱獄を企てます。
牢に出入りしていた人のよい男をそそのかし、牢に火を放ち、牢切り(囚人を解き放ち、3日後までにもどらないと死罪とする制度)に乗じ脱獄したのでした。
幕府は威信をかけた追跡を開始します。
しかし、長英を慕う元囚人の人々や、長英を尊敬する医師や蘭学者、学問を尊ぶ者たちの力で、匿われながら関所を破り日本中を逃亡していきます。
それらの人々は、ばれれば、重罪で極刑が待ってるリスクを負い、手間や費用などのコストも膨大なはずなのですが、長英を匿い逃がすことに尽力します。
幕府の防犯装置は、関所周辺の村人たちの目であり、不審者を見つけたものはすぐに報告するシステムがありました。
住民全体が監視カメラであり、顔見知りであり、絵と文章で詳細に綴られた人相書きがばらまかれていましたので、昼に道を歩くこともできない状態だったのです。
入牢から脱獄、江戸の小伝馬から上州、越後へ入り、奥州へ向かうまでが上巻です。
この先、故郷の水沢へ長英は向かっていきます。
さっそく下巻を読みます。