昨年のNHK紅白歌合戦に登場した「AI美空ひばり」について、山下達郎が「冒涜だ」と批判したりして、賛否両論の議論が続いている。私もブログに記事を書いたが、面白い試みで、批判されるほどのものではないという意見である。3月20日にはNHKが検証番組を放送するとのことで、ぜひ見てみたい。
一方、講談社の漫画週刊誌「モーニング」では、手塚治虫AIプロジェクトして、新作漫画『ぱいどん』の第1話が掲載された。私は、これも興味深く読んだ。手塚治虫の熱心なファンだったわけではないが、いかにも手塚治虫っぽい絵柄、ストーリーで、よくできていると思った。純粋に、続きを読みたいと思った。その後2週間、続きが掲載されていないが、どうも次回掲載予定は決まっていないようである。これはいただけない。創作する以上、ちゃんと完結させるべきだ。未完に終わった作品も多い手塚治虫らしいと言えばそうかもしれないが。
「モーニング」では、『ぱいどん』の創作過程が詳しく説明されていた。全てをAIが創作した訳ではなく、一部の過程にAIを活用した、人間とAIの合作というべきものだった。AIが担ったのは、プロットの自動生成とキャラクターデザインである。プロットは、過去の手塚治虫作品のストーリーのパターンを学習したAIがいくつかのプロットを自動生成し、その中からいいものを人間が選び、そこに肉付けをしてストーリーを創った。キャラクターデザインも同様で、過去の手塚治虫作品のキャラクターを学習したAIが、今回の「新作」に必要な何人かのキャラクターデザインを行い、それを人間が手直しして完成させた。手塚治虫作品のキャラクターはいわゆるスターシステムで、作品が違っても同じキャラクターが登場したりするので、AIも学習しやすかったのではないか。そして、これらの創作過程の総監督の役割を担ったのは、ご子息であり、映像クリエーターの手塚真氏である。
この創作過程を知ると、乱暴に言えば、手塚治虫が蘇って漫画家のアシスタントになったというようなことではなかろうか。通常のアシスタントよりは重要な役割を担ってはいるが、最終的には手塚真氏や他のクリエーターの作品であり、AIは部分的にそれをアシストしているに過ぎない。
つまりは、これが現在のAIの限界なのだろう。
新井紀子氏のベストセラー『AI vs 教科書が読めない子どもたち』は、AIができることと苦手なことを分かりやすく解説している。莫大なデータの記憶と統計的な判断は得意だが、教科書を読んで理解するような思考力はないというのが結論だろう。
だから、今のところ、AIは手塚治虫によく似た優秀なアシスタントにはなれるが、『ブラックジャック』や『ブッダ』、『アドルフに告ぐ』のような作品を一から創作することはできない。
美空ひばりによく似た映像、歌声を再現することはできるが、AI自身が意志や感情を持って歌うことはできない。
それを理解した上で、現在のクリエーターが作る作品として、純粋に楽しみたい。
一方、講談社の漫画週刊誌「モーニング」では、手塚治虫AIプロジェクトして、新作漫画『ぱいどん』の第1話が掲載された。私は、これも興味深く読んだ。手塚治虫の熱心なファンだったわけではないが、いかにも手塚治虫っぽい絵柄、ストーリーで、よくできていると思った。純粋に、続きを読みたいと思った。その後2週間、続きが掲載されていないが、どうも次回掲載予定は決まっていないようである。これはいただけない。創作する以上、ちゃんと完結させるべきだ。未完に終わった作品も多い手塚治虫らしいと言えばそうかもしれないが。
「モーニング」では、『ぱいどん』の創作過程が詳しく説明されていた。全てをAIが創作した訳ではなく、一部の過程にAIを活用した、人間とAIの合作というべきものだった。AIが担ったのは、プロットの自動生成とキャラクターデザインである。プロットは、過去の手塚治虫作品のストーリーのパターンを学習したAIがいくつかのプロットを自動生成し、その中からいいものを人間が選び、そこに肉付けをしてストーリーを創った。キャラクターデザインも同様で、過去の手塚治虫作品のキャラクターを学習したAIが、今回の「新作」に必要な何人かのキャラクターデザインを行い、それを人間が手直しして完成させた。手塚治虫作品のキャラクターはいわゆるスターシステムで、作品が違っても同じキャラクターが登場したりするので、AIも学習しやすかったのではないか。そして、これらの創作過程の総監督の役割を担ったのは、ご子息であり、映像クリエーターの手塚真氏である。
この創作過程を知ると、乱暴に言えば、手塚治虫が蘇って漫画家のアシスタントになったというようなことではなかろうか。通常のアシスタントよりは重要な役割を担ってはいるが、最終的には手塚真氏や他のクリエーターの作品であり、AIは部分的にそれをアシストしているに過ぎない。
つまりは、これが現在のAIの限界なのだろう。
新井紀子氏のベストセラー『AI vs 教科書が読めない子どもたち』は、AIができることと苦手なことを分かりやすく解説している。莫大なデータの記憶と統計的な判断は得意だが、教科書を読んで理解するような思考力はないというのが結論だろう。
だから、今のところ、AIは手塚治虫によく似た優秀なアシスタントにはなれるが、『ブラックジャック』や『ブッダ』、『アドルフに告ぐ』のような作品を一から創作することはできない。
美空ひばりによく似た映像、歌声を再現することはできるが、AI自身が意志や感情を持って歌うことはできない。
それを理解した上で、現在のクリエーターが作る作品として、純粋に楽しみたい。