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てらまち・ねっと



 それなりに驚いた昨夜の報道。
 草念の参議院選のとき「格差なんて世界中にある」との旨を言い放っていた小泉氏。
 辞め方はきっぱりしていた。報道では「数日前」から流れたらしいけど。

 ともかく、自民党関係者は「影響ない」とコメントするけれど、自民党の総選挙に大きなダメージとなることは間違いない。
 
 幾つか記事をとどめておく。

● 「小池百合子元防衛相が敗北したことは、自らの存在感が希薄になったと悟る引き金になったようだ」

● 「長期政権を維持。再登板待望論も根強い中でサッパリと身を引いた。」

● 「最後まで周囲を驚かせ続けた「変人」は、次期衆院選で苦戦が予想される80人を超える「チルドレン」の多くを置き去りにしたまま、永田町を去る」

● 「次の総選挙で生き残るにはだれにかけるか――。チルドレンの動向からはそんな思惑も透けて見える」

● 「 ■小泉元首相の主な発言■ 」
  「政治家は常に、使い捨てにされることを覚悟しなければならない」
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●最後のサプライズ!小泉元首相が引退   サンスポ 2008.9.26 05:02
 
 ついに純ちゃん引退!! 小泉純一郎元首相(66)=衆院神奈川11区=が次期衆院選には出馬せず、今期限りで政界引退する意向を周辺に伝えたことが25日、分かった。関係者を前に「引き際を大事にしたい」。アイドル的人気を背景に戦後3位となる約5年5カ月の長期政権を維持。再登板待望論も根強い中でサッパリと身を引いた。次男の小泉進次郎氏(27)が同日、後継出馬の意向を示した。

 「変人総理」「小泉劇場」「電撃訪朝」「サプライズ人事」「郵政解散」「刺客」「チルドレン」…。数々の話題と伝説を生み出した希代の政治家が、余力を残す形?で引退を表明した。

 「36年間議員生活をしてきたが、自分の役割は済んだ。引き際を大事にしたい」。25日夜の地元・横須賀市での会合で、後援者を前に引退を表明した。会合には進次郎氏も同席し「引き続き支援をお願いします」とあいさつ。事実上の後継出馬宣言をした。

 会合後、同市の事務所近くで報道陣に囲まれて「引退するんですか?」と問われると、車内で右手をあげて静かにうなずく場面もあった。

 「小泉劇場」「電撃訪朝」「郵政解散」「刺客」…。数々のドラマと伝説を生み出した希代の政治家が、余力を残す形?で引退を表明した。

 「36年間の議員生活にピリオドを打ちたい。自分の役割は済んだ。政治家は引き際を大事にしたい」。25日夜、地元・横須賀市の事務所での会合で15人ほどの後援者を前に引退を表明。淡々とした口調だったという。

 会合には進次郎氏も同席。小泉氏は「進次郎を出馬させたい」と頭を下げた。続いて進次郎氏が「父の意思を継いで厳しい戦いに臨んでいきたい。引き続き支援をお願いします」。キッパリと後継出馬宣言した。

 会合後、報道陣に「引退ですか?」と問われると、車内で右手をあげて静かにうなずく場面も。27日の同市内での講演会で正式に引退表明する考えも明らかにした。

 これぞサプライズ?と思える電撃引退表明に思えるが、実は政界周辺では“周知の事実”。政治評論家の有馬晴海氏も「既定路線。首相退任時点で今期限りの引退を決めていた。影響力の低下で突然引退したわけではない」と話す。

 「持論の郵政民営化も実現するなど、首相を5年半やり遂げた。これ以上やり残したことはないはず。森喜朗元首相のようにキングメーカーになりたい人ではなく、政界にしがみついている必要も意思もない人。今後は政界と完全に縁を切るのでは」と分析する。

 小泉氏自身は25日の会合で、今後について「英国のブレア前首相や米国のクリントン前大統領のように政治活動は続ける」と明言。次期衆院選で「何人か応援したい候補がいる」とも話した。

 後継の進次郎氏は、小泉氏が初出馬したのと同じ年。「明るく気さくな若者」「腰が低くてまじめ」というのが後援者の共通の印象だ。

 兄は俳優の小泉孝太郎(30)。関東学院大を卒業後、米コロンビア大学大学院に留学。米シンクタンクCSIS(戦略国際問題研究所)の研究員として勤めていたが、昨年帰国。父の地元事務所で秘書的役割を務めつつ、地元の後援者回りをして秘かに“後継準備”をしていた。

 次期衆院選は純ちゃんではなく、「進ちゃん劇場」だ!!

●小泉元首相:引退へ 存在感、神通力薄れ 「支持」小池氏も総裁選惨敗   毎日新聞 2008年9月26日 東京朝刊
 小泉純一郎元首相の引退表明は、小泉改革路線の見直しを鮮明にする麻生太郎新首相の始動の日と重なった。01年に首相に就任して以来7年余り、小泉氏の動向は常に政界の関心事だったが、自民党総裁選で「小泉路線」の小池百合子元防衛相が敗北したことは、自らの存在感が希薄になったと悟る引き金になったようだ。

 「小泉氏は(サプライズを生む)魔法のつえをなくしてしまった。次期衆院選で小泉氏が応援しても小泉チルドレンは負けるだろう」

 長く秘書として仕えた飯島勲元首相秘書官は、引退の報を聞くと周辺にこう語った。

 今回の総裁選で小泉氏は完全に「蚊帳の外」に置かれた。自らの後継者に指名した安倍晋三元首相は「小泉路線」の見直しを目指す麻生氏を率先して支持。麻生氏も小泉政権時代、政調会長、総務相、外相と重用した経緯があるだけに、かつての部下たちの裏切りは「屈辱」だったとみられる。小泉政権の防衛庁長官だった石破茂農相は25日、記者団に「麻生政権の使命は小泉改革の負の部分を検証することだ」と強調した。

 小泉氏は総裁選さなかの12日、小池氏支持の武部勤元幹事長らに「自民党は大変な危機なのに、危機感がまだ足りない」と指摘したが、得票率は麻生氏66・9%に対し、小池氏8・8%。しかも、小池氏は地方票がゼロ。01年の総裁選で地方票が小泉氏で雪崩を打ったのと好対照だった。

 これでは、衆院選前後に新党を結成し、キャスチングボートを握るのは難しい。05年の郵政選挙大勝で膨れ上がった自民党の議席も、次期衆院選で大幅減は必至。小池氏や中川秀直元幹事長らの「浸透力」の弱さを目の当たりにし、「小泉時代の栄光」が雲散霧消する前に、身を引いたという感が強い。

 中川氏は25日、「小泉改革がなければ90年代の失われた10年は終わらなかった」と語ったが、「反麻生」で反転攻勢に出る後ろ盾が失われるショックは隠せなかった。【中川佳昭】

●「らしさ」最後まで 小泉元首相引退 「早すぎる」の声  2008年9月26日 読売新聞
 小泉旋風、小泉劇場、小泉チルドレン――。世間をしばしば驚かせた小泉元首相(66)が25日、突然、次期衆院選に出馬しない意向を表明した。ゆかりの政治家や県民からは惜しむ声が相次ぎ、辞め方も「小泉さんらしい」という感想も聞かれた。

 「大きなことを成し遂げたので、辞める決意を固めている。国会活動はやめるが、政治活動は続ける」

 小泉元首相は同日夜、横須賀市の自民党県第11選挙区支部事務所での役員会で、地元の県議や市議、後援会関係者に意向を伝えた。

 参加した県議らによると、小泉元首相は「長い間、支援してくれて本当にありがとう。1期目、2期目、回数を増すごとにうれしさが増して、力がわいた。総理をやめた時から、自分の引き際を考えていた」と言葉を詰まらせながら話した。

 「国にとっても損失」と翻意を促す声も出たが、「話はわかるが、やめるときは自分で決める」と決意が固く、参加者は了解したという。

 秘書を務めた多摩区選出の土井隆典県議(自民)は「もう1期やってくれると思っていた。小泉チルドレンもいるし、後ろ盾となってくれることを期待していた。郵政民営化もそうだが、信念を貫く立派な政治家だった」と振り返った。

 自民党県連職員を25年以上務め、郵政解散で比例当選した浮島敏男衆院議員は、「河野洋平衆院議長も引退を表明し、一つの時代が終わったなと感じる」と話した。

 横浜市戸塚区品濃町の会社員伊藤茂樹さん(65)は「改革を進めるには、力がまだ必要だと思う。もう一度首相になってもよかった」と残念がった。

 一方、相模原市の男性会社員(48)は「小泉改革にはマイナスが多く支持できなかったが、実行力に期待した部分もあった。引退の仕方は小泉さんらしい」と話した。

 松沢知事は「潔い性格の人だから、引退を予想していた。首相経験者で長く国政にいるのもふさわしくないと思ったのだろう。政権を投げ出しておいて居すわる人もいる。人生いろいろ、政治家の出処進退もいろいろだと思った」と語った。

【初陣で苦汁、以後12期連続当選】
 小泉元首相は、1969年、父で元防衛庁長官の純也氏の急死で留学先のロンドンから帰国。地盤を継ぎ、同年の衆院選で神奈川2区(当時)から初出馬したが落選。再挑戦の72年の衆院選で、30歳で初当選を果たして以後、12期連続で当選した。99年には民主党衆院議員らの政治資金パーティーなどに出席し、県連から2年間の県連役職停止と県連常任顧問職をはく奪される処分を受けたこともある。首相就任後の2001年7月の参院選で小泉旋風を巻き起こした。05年9月の郵政解散後の衆院選では与党で3分の2を超える議席を獲得し圧勝した。

●小泉元首相が引退!衆院選目前チルドレン置き去り  2008年9月26日06時04分 スポーツ報知
 自民党の小泉純一郎元首相(66)は25日、次期衆院選に出馬せず、今期限りで政界を引退することを明らかにした。地元、神奈川県横須賀市の関係者に伝えた。小泉氏は2001年の総裁選で“小泉旋風”を起こして第87代首相に。郵政3事業や道路公団の民営化を推進し、北朝鮮訪問により拉致被害者の帰国も実現。国民的人気を誇った。一方、「変人」と称され、05年の総選挙では郵政民営化に反対した全議員に刺客を送る非情さもみせた。「劇場型政治」で5年5か月もの長期政権を維持したカリスマは、何ともあっさりと36年の議員生活を終える。

 首相退任後も圧倒的存在感を誇ってきたライオンヘアが、最後のサプライズを繰り出した。

 小泉氏は父・純也元逓信相が65歳で亡くなっていることから、かねてより65歳を区切りに引退をほのめかしていた。この日、地元の関係者に「36年間議員活動をしてきたが、自分の役割は済んだ。引き際を大事にしたい」と次期総選挙に出馬しない意向を打ち明けた。政治活動は続けるという。小泉氏は25日深夜、記者団に、地元で27日に開く会合で支援者に説明する考えを示した。

 小泉氏は72年に衆院議員に初当選して当選12回。国民的人気を得たのは2001年の総裁選からだった。最大派閥の橋本派の領袖・橋本龍太郎氏と対決。劣勢とみられたが、田中真紀子衆院議員と全国遊説し「自民党をぶっ壊す」のキャッチフレーズで“小泉旋風”を巻き起こして圧勝。首相スタート時の支持率は86・3%だった。

 圧倒的人気を背景に、「官から民に」と構造改革路線を訴え、道路公団など特殊法人を民営化。05年には長年の持論だった郵政民営化法案を可決。02年、04年には北朝鮮に渡り拉致問題を進展させ、「劇場型政治」といわれながら06年まで5年5か月の長期政権を維持した。

 01年、大相撲夏場所でけがをおして優勝した横綱・貴乃花に「痛みに耐えてよく頑張った! 感動した」と絶叫。議員になる前の勤務先に関する疑惑を追及され「人生いろいろ」と開き直るなど話題に事欠かなかった。

 派閥に属しながらも子分はなし。休日は1人でオペラ観賞するなどドライな人間関係に終始した永田町の異端児は、たびたび非情な顔を見せた。総裁選勝利の原動力となり、外相に抜てきした田中真紀子氏が官僚との対立が続くとあっさり更迭。05年の郵政民営化では、参議院での法案否決を理由に衆議院を解散。法案に反対した衆院議員の選挙区すべてに刺客を擁立する徹底ぶりだった。

 郵政選挙で大量当選した杉村太蔵氏ら「小泉チルドレン」に対しても「政治家は使い捨てにされることを覚悟しなければならない」と、突き放す言葉を送っている。

 今回の総裁選では小池百合子氏を支援するも、旋風は起こせなかった。そんな中、「小泉氏引退」の未確認情報が数日前からささやかれていた。総裁選当日、中川秀直氏から「まさか引退なんてことはないでしょうね?」と問いただされた小泉氏は「いやいや」と手を振ったが、明確には否定しなかった。

 最後まで周囲を驚かせ続けた「変人」は、次期衆院選で苦戦が予想される80人を超える「チルドレン」の多くを置き去りにしたまま、永田町を去る。

●小泉チルドレン懸命 生き残りへ「だれにかけるか」 朝日 08年9月10日13時38分
 自民党総裁選が10日告示され、05年の総選挙で初当選した「小泉チルドレン」約80人にとっても忙しい日となった。3年前は郵政旋風に舞い上がり大量当選を果たしたが、いまや2代続けての首相の政権投げ出しで逆風が吹く気配も。頼みの小泉元首相はだんまりを決め込んだまま。次の総選挙で生き残るにはだれにかけるか――。チルドレンの動向からはそんな思惑も透けて見える。

 山崎派の広津素子氏(比例九州)は10時半、党本部での麻生太郎幹事長の出陣式に出席。もみくちゃになりながら、会場の前方にたどり着き、麻生氏の話に聴き入った。直後に数メートル離れた部屋で行われた小池百合子元防衛相の出陣式にも顔を出し、昼からは石原伸晃元政調会長の出陣式もはしごした。

 前回立候補した佐賀3区の公認候補は保利耕輔政調会長に決まり、自身の処遇は宙に。「離党も辞さない」覚悟だが、支持基盤は弱い。総裁選では06年は安倍晋三氏、07年は福田康夫氏に投票したが、今回は決めかねている。「九州という意味では麻生さんですが、小池さんも応援したい。石原さんも(心の中では)色濃くなった。様々な方の政策を聞いてみたい」

 元郵政官僚の遠藤宣彦氏(比例九州)は前回総選挙で公示8日前に「落下傘」として福岡1区から立候補。ひたすら「郵政民営化」を訴え、比例で復活した。
 無派閥で迎えた過去2回の総裁選は麻生氏を支持。「福岡出身の麻生氏を首相に」との支援者の声を背に昨年12月、麻生派入りした。
 総選挙では、負け知らずの民主党県連代表松本龍氏と争う。「選挙の顔にも明るい麻生氏がふさわしい」と今回も麻生氏を支援する。

 ●小泉元首相、今期限りで引退 次期衆院選には出馬せず 
 朝日 2008年9月25日20時44分

■小泉元首相の主な発言■
 「私の内閣の方針に反対する勢力はすべて抵抗勢力だ」(01年5月、国会で)

 「『(選挙に)勝てば小泉の改革はつぶしちゃえ』と。もしも自民党議員がそんなことを考えたら、私が自民党をぶっつぶします」(01年7月、参院選の街頭演説で)

 「この程度の約束を守らないことは大したことではない」(03年1月、国債新規発行30兆円枠の公約について国会で)

 「どこが非戦闘地域で、どこが戦闘地域か、私に聞かれたって分かるわけがない」(03年7月、イラク復興支特別措置法について党首討論で)

 「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ」(04年6月、自身の年金問題について国会で)

 「郵政民営化に反対して否決しようという人は、小泉退陣せよと、倒閣運動と同じです」(05年8月、首相やりとりで)

 「いつ参拝しても騒ぎにしようとする勢力があるんですから、8月15日に行っても適切じゃないかなと」(06年8月、終戦記念日の靖国参拝後に)

 「政治家は常に、使い捨てにされることを覚悟しなければならない」(06年11月、前年の総選挙で当選した新人議員への訓示で)

 「おれは小池を支持する。小池に1票を入れる。小池総裁が実現すれば、小沢民主党といい勝負ができる」(08年9月、自民党総裁選に出馬した小池百合子元防衛相について)

●積極財政加速も=「聖域なき改革」で格差社会の影-小泉氏引退  時事 2008/09/26-00:21
 小泉純一郎元首相の引退表明で、小泉政権以来の財政健全化や規制緩和などの「改革路線」は、さらに後退する可能性がある。かつての高い支持率を背景に、退陣後も存在感のあった小泉氏が表舞台を去ることで、精神的な重しが取れるためだ。小泉政権の「聖域なき改革」は現在、格差社会を生んだと批判を浴び、麻生太郎首相の登場で、自民党は再び積極財政路線に傾いている。小泉氏引退はその流れを加速しそうだ。

 小泉政権は、郵政民営化や道路公団民営化などを推進したが、最大の特徴は財政出動を徹底的に抑えたことにある。公共工事など「ばらまき」施策を排除した結果、ゼネコンや建設業者の再編・淘汰(とうた)が進んだ。2001年に中堅ゼネコンの青木建設が破綻(はたん)した際には「構造改革が順調に進んでいる表れ」と言い放ち、波紋を呼んだ。

 半面、低所得の非正規雇用が増加し、現在は小泉改革の影の部分ばかりが目立つ。24日に誕生した麻生首相は積極財政を提唱し、小泉改革からの脱却を目指す。民主党も低所得者層への配慮や地方重視の方向を打ち出しており、小泉氏の唱えた「小さな政府」の見直しが始まっている。(了)

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