(Entry 174~177/365) OLYMPUS PEN Lite E-PL1 + M.ZUIKO DIGITAL ED 14-42mm f3.5-5.6 L
”入江のなかは、グリーン色の澄みとほつた水で、海底の岩や藻や、空缶の光まで判然はつきりと見えた”
(林芙美子、屋久島紀行より)
林芙美子は安房川の右岸に沿って、トロッコに乗り上流の太忠岳から小杉谷へと向かった。
降り続く雨。海上の密林。さいはての国境の島。
芙美子は流浪の末に行き着く主人公の最後の地として屋久島を選んだ。
主人公のゆき子は安房の営林署の官舎で重篤な病人になり、降り続く雨の音の中でみとる人もなく息絶える。
そして、小説を完成させた芙美子は、数ヵ月後の昭和26年6月 28日、心臓麻痺のため急逝する。47歳だった。
屋久島で光のシャワーを見た彼女は何を思ったのだろう。
古来、モンゴロイド系の人々は、あらゆるすべての生命、雨や風などの自然現象にさえスピリット(精霊)が宿り、森羅万象にはすべて意思があると信じてきた。
”天井をみればくもの巣
下を見れば蛆虫のうろこ
この厠の小坪に自由だけがある。
窓に空が光る 雲の流れが
小歌もどきにああと溜息をつく
無我の境にさまよう自由の天地
ただよう臭気も万花の香り
ああこの小坪の厠にのみ自由が・・・。
むせび泣く 笑う 怒る さても
無限の救いよここに万有の神を見る
蛆虫の大群がタキシードを着ている
くもは眼鏡をかけてもの思い。
とやかく云う事もないではございませんか。”
(林芙美子、屋久島紀行より)
・・・なんでもいいじゃん。ランディさんよ。
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