殿町通り藩校養老館の前に残るのは津和野藩の筆頭家老を勤めた「旧津和野藩家老多胡家表門」。幕末の安政年間(1854~1860)に建造されたもので、桁行5.5mの棟門、左右に番所を付設。昭和52年(1977)に県指定の文化財となりました。
養老館表門と向かい合う位置に、薬医門形式、切妻、桟瓦葺の「大岡家老門」。津和野藩の家老職を勤めた大岡家の表門で、向かって右側には潜り門が設けられており格式の高さが窺えます。
大岡家家老門を潜ると、これもまた心惹かれる佇まいの「津和野町役場津和野庁舎」。大正八年(1919)に「旧鹿足(かのあし)郡役所」として建築。
木造平屋建、瓦葺、真壁造りの和風建築で、正面に車寄せ。左右に翼屋が突き出す特徴的な役場建築の形態を持ち、大正期からの役場として親しまれています。
殿町通りを更に進むと右手に、昭和6年(1931)、ドイツ人シェーファー神父によって建てられたゴシック風建築の「津和野カトリック教会」が見えてきました。
内部は畳敷きになっており、色鮮やかなステンドグラスが祭壇を美しく彩ります。明るい時間ならステンドグラスの色を通して畳の床はもっと鮮やかに染まった事でしょう。
白い漆喰壁に石州瓦の赤い屋根が彩る城下町に、いつの間にか溶け込んでいる西洋ゴシックの建物。それに何の違和感も感じさせない懐の深さがこの町には有るのです。
カトリック教会の道路向かいには「沙羅の木松韻亭」。道路を挟んで「三松堂菓子庵」
四つ角の先、菓子庵の向かいに建つのは、津和野の代表的な町家建築「財間家住宅」。ここを境に道は本町通になります。
すれ違う人もない本町通から振り返る殿町通りも、いつの間にか人影が見えなくなりました。
ゆかしい景色を独り占めにして歩く津和野の町・・でもやっぱりこんなに静かだと、ちょっとばかり寂しいね(^^;)
享保二年より数えて十五代目と書かれた酒樽が一際存在感を放つ「橋本本店」。こんな時間にはオレンジ色の灯りがとても暖かくて、店先に置かれた床几が本当に嬉しいと思える。
享保15年創業の「華泉酒造」。切妻造の2階大壁に開けられた虫籠窓、両端に袖卯建を付けた建物は明治中期に建てられたもの。土間から漏れる明かりの温かさに誘われて、御亭主殿の足が思わず立ち止まってしまうのは・・これはもう想定内。
立ち寄った店内のしつらえの誘惑に抗えなかったようで、機嫌よく小さめの袋を下げて出てきました(笑)
津和野駅まで歩いたところで、今日の町歩きは終わり。さぁ、陶板の鷺舞に見送られて、元来た道を引きかえしましょうね。晩秋の夕暮れは驚くほど早く、お気に入りの町並を黒いレースのヴェールに包み込んでいきます。
今日はこの後山口県の「道の駅:願成寺温泉」まで足を延ばしてゆっくりと温まってきます。・・・とルンルン気分だったのに予想外の山越え。山間の町だという事を改めて認識しました。温泉はとっても気持ちよくてすっかり温まったのですが、外は物凄い土砂降りで津和野まで引き返せず・・・
予想外の散々な一夜となりました。
山陰の小京都、一夜明けてまだまだ続きます(*^^*)
訪問日:2012年11月10日
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます