前回、国際収支の「第一次所得収支」(海外からの利子配当所得)は、海外進出した企業が海外で人件費を払った後の利益の配分だから、日本の従業員の人件費にそれを分配する必要はない、との考え方もあると書きました。
この問題はかなり基本的な問題で、代表的には労使、つまり労働と資本の分配の最重要テーマになるところです。
何を分配するのかは、このブログの基本テーマである「付加価値」です。日本経済でいえばGDPあるいは国民総所得(GNI)です。
付加価値は人間(労働)が資本を使って生産活動を行って生み出したものですから、当然人件費(賃金)と資本費に分配されます。賃金は社長以下の人間(労働)に分配され、その生活を支えるだけでなく人間の知識や知的活動の高度化に活用されます。資本費は利益(配当や内部留保)や金利(借入資本に帰属)になって、企業成長のための設備投資やより高度な設備の開発の原資になります。
そして人間サイドの「知識や知的活動の高度化」と資本サイドの「設備やその開発資金」が組み合わされてイノベーションが起き、経済成長、社会の進歩・発展が起きるわけです。
ですから付加価値の分配では、国民経済、ひいては人類社会の「進歩・発展」が起きやすくなるような比率(人件費/付加価値=労働分配率)が望ましいことになります。
経済学的には、この進歩・発展は「経済成長率」で計測されます。
という事で、本来「付加価値の分配」は、将来がより良くないように分配するという事になるのでしょう。
しかし、分配論の歴史を見れば、「貢献度に従って分配する」という考え方が主流でした。蒸気機関が出来たから、輸送や生産の効率が大きく上り付加価値が増えた、これは蒸気機関のお蔭だから付加価値の増加分は資本家の利益になるべきだ。人間の仕事は楽になったから人件費は増やす必要はないといった経験などがそうさせたのかもしれません。
しかし世の中にはエッセンシャルワーカー、介護や教育などの対個人サービス、社会システムの維持などの仕事に従事する人が必要です。物理的な貢献度(仕事の内容)は昔とあまり変わりません。では賃金は上がらなくてよいのかというと、矢張り社会全体の経済水準の向上に従って上げなければならないでしょう。これは政治家や公務員も同様です。している仕事は同じでも先進国では報酬・賃金は高いのです。
典型的なのは家庭です。家計への貢献度は親が殆どですが、配分はより多く子供にために分配されます。
付加価値の分配というのは、貢献度への考慮と同時に、家庭から国まで、その人間集団の目的(経済成長や社会の安定)に沿って考えられなければならないのです。
この10年来、日本の分配は資本に偏り労働への分配が不十分でしたその結果、「自家製デフレになり」経営者サイド迄が「賃上げが大事」という事になりました。「成長と分配」ではなくて「分配と成長」、分配の適正化による成長の促進が必要だったのです。
仮令、海外投資の利子配当による収入でも、日本国の所得になれば、見本国の将来のために出来るだけ役立つように分配し活用しなければならないのです。
付加価値の分配の問題は、かように組織の命運に影響します。企業では経営者が、国では為政者が、それぞれ労使交渉や税制・社会保障で、それぞれに目的に照らして適正な付加価値の分配に責任を持つ立場にあるのです。