こんばんは、スナイプ班新2年の尾澤です。みなさんはいかがお過ごしでしょうか。
正月に成人式に期末試験にと振り返れば色々な出来事が続いた1月でした。何かブログに書くようなことがなかろうかと過ごしていましたら、いつの間にか英語も政治も経済も中国語のテストも終わってしまいました。時の流れは早いです。
とうとうブログ担当日がやってきてしまいました。何書きましょうかね。このブログにヨット以外のことを憚りなく書けるのは今くらいだと思うので、最近の英語教育についてでも書こうかなと思います。真面目な話ですみません。
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(https://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/f/fb/Komaba_I_Campus_21_KOMCEE_-_University_of_Tokyo.jpg)
駒場キャンパスには2011年に建てられた真新しいガラス張りの建築物があります。その名は、21 KOMCEE。ここには「アクティブラーニング」を目的としてゆったりした教室がいくつもあり、今学期そこで私はFLOWという英会話の授業に参加しました。
授業の最初に先生はおっしゃいました。「英語はもはや世界共有語であり、イギリス人やアメリカ人だけの規範に縛られる必要がない」と。私はそれに大いに感銘を受け、以降の授業では英語の文法構造を破壊して、「英語らしきもの」を駆使するようになりました。これを創造的破壊と言います。
“Do you believe in eternal love?”
“No, I don’t think so.”
みたいな話題の会話も、英語であれば出来るので楽しい時間でした。
さて、問題は最終プレゼンです。プレゼンですので「しっかりとした英語」を話さねばなりません。チームの統一テーマは「映像作品」でした。私は森見登美彦氏の「四畳半神話大系」を選びましたが、一向に進む気配がありません。
時は、プレゼン当日の早朝零時。いそいそとパソコンを取り出して、多少の動画編集とパワーポイント作成、そして原稿の下書きを書いて
・・・・・・力尽きて寝入ってしまいました。(やってしまった!!)
チュンチュンチュン。朝です。
原稿清書なし・リハーサルなし・ぶっつけ本番です。人生こういうこともあります。覚悟を決めてやるしかありません。
当然プレゼンはというと、間延びしてしまい散々の出来。しかし、僕が一番触れたかった部分はしっかりと通じました。満足です。下は浪人時代から僕が好きな一節です。
可能性という言葉を無限定に使ってはいけない。我々という存在を規定するのは、我々の持つ可能性ではなく、我々が持つ不可能性である。〜なれるかもしれん。しかし、ありもしないものに目を奪われてはどうにもならん。自分の他の可能性というあてにならないものに望みを託すことが諸悪の根源だ。今ここにいる君以外他の何者にもなれなかった自分を認めなくてはいけない。
(森見登美彦,『四畳半神話大系』)
私は是非悩めるクラスメートにこの言葉を届けたかったのです。
ですので、この部分は堂々とはっきりとした日本語で発表しました。
同じく英語に苦しむ同志たちよ、光あれ!
ただし、どうやら先生は理解できなかったようです。
※実話です。