降って来るもの

写真と散文とぽえむ

書斎

2019-05-11 05:31:18 | 随想

        ~~~ヾ(^∇^)おはよー♪ございます!!

R1 5/11 05:30 五月の明るさが充満するasaです。気温は低めですが、それが心身を引き締めてスタートの爽快感を増してくれます。

05:05 美空

太陽が昇ってくる美しい道

北の空

西の空

これ以上ないフレームに囲まれた朝の風景

夕べ、風呂上がりの火照りを冷ましに外に出て見ると(22時を回っていたでしょうか?)西の空に今にも沈みそうな三日月が。急いでカメラを取りに戻ってズームで撮ろうとしましたが、カメラの調子が悪くてそれが叶わず。

で、何気なく

何時もここに籠もって書いたり、PCを操作したりする、蛍光灯の明かりに映し出された近頃の僕の書斎を


                       「書斎」


「書斎」・・何と心を誘引する漢字だろう

「ショサイ」・・何と魅惑的な言葉の響きだろう

「しょさい」・・(個人の家で)読書・研究・執筆をするための部屋。新明解国語辞典にそう書いてある。

 高校一年生の春、十六歳の決断によって文芸部に入部。そこで書くことの楽しさに触れ、書けることが孤独の深みをどれ程軽減してくれるかを知り、静謐や、孤塁や、隔世感こそがその為に必須の要素なのだと学ぶ。その穿った思い込みが芽生え育った真っ唯中の青春時代だった。

 僕はその頃から憧れを抱いて、”書斎!”この単語を後生大事に温め続けてきたのだ。そんな儚い青春の終焉を告げるように結婚。子育てと普通の生活の維持の獲得の必然性に追われて、そんな夢は欠片もなく吹き飛ぶ。青壮年の時代は、そのように生き抜くことに専念して瞬く間に過ぎたのだ。

 けれども、そんな日常の中でたった一度チャンスがあった。昭和が終わりを告げようとする時期に、清水の舞台から真っ逆さまに飛び降りる覚悟で、それまでのアパート暮らしに終止符を打った。3000万の借金をして家を建てたのだ。その設計図に頑として譲らず「書斎」を主張し我儘を押し切って二帖ばかりのその空間を獲得した。

 広さはともかく長年の夢が実際に現実のものになった。だがそれは”砂上の楼閣”のように脆くも崩れ去り、僕の夢の空間は束の間に”クローゼット”に変貌してしまった。三人目の子供を授かり様々な責任が増えてくると、書斎に籠って書き物をする暇も余裕も、何よりそのような気分とは無縁になってしまったのだ。

 それから子供の成長に合わせて人生の後半を必死で歩き続けた。やがて三人の子供たちがそれぞれに自立し、伴侶に巡り会い、七人の孫に恵まれる。そんな道程の途中で、去年から息子夫婦と孫二人と義母と同居することになった。

 七人の生活の場として人生二度目の新築の家を建てることになり、再びその設計図を前に僕の「書斎」の必要性を主張したのだ。十帖の和室を!!と懇願したが、仏間と押し入れ付きの八畳の和室で妥協する。それでも僕にとってはほんとうの意味で”syosai”として使える空間を手に入れたことは何よりの慶事になった。

 僕のブログは此処で作成される。僕の言葉たちは此処から発信されて四方に飛び立ってゆくのだ。何十年も掛かって成就した「書斎」のこの一画が、恐らくは僕のココロの終の棲家になるだろうと、急に思い立って夜と朝のその居所にlensを向けながら、改めて古希に近付きつつある来し方の長さと意味を感慨を持って振り返っている。

                           R1 05/11 06:45 まんぼ



コメント (4)
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