時限爆弾のように
きのう午後から、暫く鳴りを潜めていた”腰痛”に見舞われている。それはまるで、知らぬ間に身体中の彼方此方に密かに埋め込まれ、その時を今か今かと待っていた悪魔のような”時限爆弾”の一個のPainの静かなる爆発のような。
病巣は、もう三十代の頃からずっと必要悪の認識物として持っているものだが、そうして、これまでは何とか誘発する因果関係によって引き起こされる発症で、その都度、原因の除去に努めればよかったのだが、今回は幾ら懐古しても、時間を遡って探索して見ても、思い当たる節に行き当たらない危険が一杯の突然の痛みの来襲になった。
それ故の戸惑いも過去の痛みとの遭遇より濃い目で深刻、その分だけは確実に何時もよりあたふたの度合いも濃いのだ。
取り敢えず、誰でもがその様にするだろう定番の処方箋、詰まり、鎮痛の膏薬を張り一晩は安静にして経過観察を見るという風に処置をして、その夜が明けた状態でこれを書いているのだが、なかなか6~7時間の安静と貼り薬の薬効だけでは改善したという安堵には届いていない。
幸い立っていられないとか、腰を曲げられないとかの激甚な症状はないので、後は”日にち薬”のあやふやさに依り掛かってしばらく様子見をする以外に無さそうだ。
今回のpainは、幸か不幸か動きを制約するほどの激しさを見せないので、何とか今日のscheduleは辿ってゆけそうな感じもあるので、無理は禁物を肝に銘じ、精緻な用心深さで不愉快な時間の推移を見守ってゆきたいと思っている。
それにしても”老いる”とは、熟練の滋味と引き換えに、何と沢山の”時限爆弾”の存在を認識させられる、厄介な途中経過であることよ。
02/08 2:25pm まんぼ