我が青史~もう一つの道程~
第一章
詩に憑かれて
きっと其処にこそ、もう一つの道程の確かなルーツが在る。
始まりは-1965 s40 4 高校入学と同時に「文芸部」に。
部長を務めた1967 11に発行責任者として※部誌「あらがね」発刊。
今にして思えば、此れが詩を公の紙面に発表した最初の経験だった。
卒業と同時に大阪の印刷会社に就職。
男子寮の四人部屋で日常を始めたのだが・・。
何時しか胸に拡がる空洞を補填するかのように”青春の煩悶”を詩に託すようになる。
そんな重苦しい日常の積み重ねの日々に生まれる”憂鬱”を纏めて
※1970 s45 21歳で処女詩集「豫告」を自費出版する。
※1972 s47 に第二詩集「天邪鬼の唄」を
※1973 s48に第三詩集「夜明け前」を
同じ年に仲間たちに声を掛けて※同人誌「太陽と向日葵」創刊号を
(二冊目はとうとう出せなかったが・・)
それから少し間をおいて
※1977 s52 12 詩Ⅳ「明日の鏡」を
その後、自生するために四苦八苦を経験。
30を過ぎて結婚。その間の唯一の詩集は妻になるヒトに捧げた
脇目も振らず働く日々が続き、
詩Ⅵ※「明日の鏡 改訂版」
で再び詩に向き合えるまで実に28年もの歳月を要したのだ。
青春時代
定かでない記憶の足跡を
縄梯子に縋り付いて
一歩一歩降りてゆくように
累々たる過去の歴史層を遡れば
軈て,昔日の想いが滞留する
一つの場所に行き当たる
僕がまだ,僕であることを
容易に認識できない
青春という時代に
危なっかしい
宙ぶらりんの時代層に
あの頃,僕は
”若さ”と呼ばれる
不安定と不均衡の極みの
直中で
右往左往,右顧左眄,朝令暮改の
ただ曖昧で
ただあやふやな
脆い,鋭い,重い,切ない,etcの
日日を送っていたのだ
如何とも為し難い心情を
詩擬きに換えて呑み込むという行為を
唯一の,拠り所として・・
06/25 06:40 万甫