僕たちの天使

私の愛する天使たち、ネコ、山P、佐藤健君、60~80年代の音楽、バイクなどを徒然に語っていきます。

オトメちゃんが母親になっていました。

zooさん、お元気ですか。 もうご承知かもしれませんが、オトメちゃんが お母さんになっていましたね。市川動植物園のHPに 2013年、オトメちゃんがお母さんになっていたことが載っていました。赤ちゃんを抱いてカメラ目線です、オトメちゃん。こんなに嬉しいことはない。またブログを再開してくださることを願っています。 このブログの2014年8月4日の記事を読んでください。

(2021/12/31)今年の出会い、感謝している存在。

2021年12月31日 03時44分15秒 | ネコ
夜中1時過ぎです。
この時刻にブログを書くなんて、いつ以来でしょう。
そもそも夜中に起きていること自体、今の私には稀有なこと。
普段は1時に起きるのはトイレに行くことくらい。
起床は3時過ぎなので最も眠い時刻の頃かもしれない。
夫が休みの時は、早くに寝て夜中に起き、オーディオルームに行き朝まで音楽を聴いている夫。
私もそれに合わせて7時くらいに眠って夜中にこうして起き出す。
年末は忙しいので、起きてから台所で作業をしようと思ったが、ブログの課題があったので
パソコンを開いた。

ほぼ毎年末、その年を振り返って、素敵な出会い、影響を受けた出会い、印象的な出会い、
助けられた存在など書いている。
仕事を辞めて家に閉じこもった1年のこの年に素敵な出会いはあったのだろうか。


この方です。

モーさんは4、5年前に出会っている。飼い猫なのか地域猫なのかわからなかったが
首輪をし耳カットされたグレーっぽい不愛想なネコ、という印象だった。
たまに突然サンルームに現れ、目が合えば、シャーっと言われた。
2年前のある日、目を怪我してサンルームに避難してきてずっとそこで養生していた。
私が近づいても怒ることをしなくなった。触ることはできなかったが、ご飯を用意し
見守っているうちに、触ることができるようになった。
数日いて、それ以来、たまに気まぐれにサンルームに入ってきた。
そのうちそのモーさんにくっついて首輪をした子猫たちが遊びに来るようになったのが昨年の2月ごろだったろうか。
4,5匹ゾロゾロと庭に、あるいは近所の庭で走り回っていた。
それがこちらの町内会で問題になった。
飼い主の耳に入ったかどうかはわからないが、子猫たちはいっせいに首輪を外された。
飼うことを放棄したのか、聞かれたら知らんぷりしようとしたのか不明。
モーさんも首輪が外された。
子猫たちの中でとりわけうちに来て懐っこい子がいた。
ナナオ君と名付けた。
オスだとわかったが、2つあるべきタマが1つしかなかった。ネットで調べたら
「片玉」ということで、内臓に入ったままガン化する恐れがあるとのこと。
病院に連れていったらやはりそう言われた。
すぐに手術した。
病院から帰ってきてすぐに逃げた(飼い主の所に帰った)。
他の猫たちはおおきくなるにつれて、仲が悪くなったり縄張りがあったりとか
そこを離れていくものが2,3いた。
かなり離れたところの公園で1匹を見かけたときは衝撃的だった。
可哀そうだった。
そのこともブログで書いた気がする。
早めにその他の猫たちの手術をしないと兄弟姉妹同士で妊娠する可能性が十分にあった。
ナナコ、ケナガ、ヒカルニと名付けていた子たちがたまに来る。
そして義母の骨折、入院、逝去、
うちのネコであるシンノスケ(享年17)やナナ(享年22)の死、
私の脳梗塞入院、と立て続けに起きた家庭の不幸。
2020年の不幸。
自分の頭の中がいっぱいいっぱいだった。
自分の身体がこうならなければ、順番に片づけることに
対処できたはずだったが、自分の身体、心の状態が悪かった。
夫がメールで、ケナガたちの様子を知らせてくれていた。
モーさんの名はほとんど出てこなかった。

退院した12月。
不幸な2020年が終わろうとしていた月。
コロナの不安はまだまだ残ったが、冬の寒い時期でもあり、
家に引きこもっている間はなんとか避けられた。
そして翌2021年今年1月にケナガとナナコの手術をした。
ヒカルニが来なくなった。旅に出たのかもしれない。
ケナガとナナコをうちのネコに迎えた。

仮の名前だったが、そのまま正式名になった。
「ケナガ~」と呼ぶと飛んでくるので。
ナナオ君がまたうちに毎日夜明け前からサンルームで待機するようになった。
ナナオ君が引き連れた子猫たちも庭に来るようになったが、いつのまにかナナオ君初め子猫たちも来なくなった。
詮索はしない方がよい。
変わらぬは、モーさんの存在。そして以前より私を信頼し、私の姿を見れば塀を足早に駆けてくるようになった。
会えば長靴に抱擁し絡まってくる。
こんなに懐こい子だったのか、と驚いている私である。
定期的に来る私の悪い心の状態。
そんな時に、タイミング良くモーさんが駆けてくると、心の状態が反転するのだ。
私の表情は破顔になる。
この子にどれだけ救われたか。
外での作業の仕方も試行錯誤のころ。
リハビリ散歩もまだできなかったので、庭に出て草取りをするくらいだった。
草取りも、椅子を利用しながら。
そしてほとんどモーさんがいてくれた。
一緒にいてくれるモーさんのために外用の椅子を2つ買った。
そこで日に当たりながら寝そべったりグルーミングをしている姿を見ると心が和らいだ。
9月か10月、モーさんが来なくなる時間の方が長くなった。
今までの生活の時間の流れが変わっていくのが手にとるようにわかった。
目星をつけていたモーさんの自宅の近くを通るとベランダの荷物の上にいたり、ベランダの下にいたりする姿を見かけた。
その時の私の気持ちも書いている。

最近、またこちらで過ごす時間が長くなった。
さっきもサンルームのドームベッドに入って寝ているのを確認。
サンルームは夜は、外の気温と同じくらいになるので
自分の家に帰ったりしているようだ。
夜の塀の上は、ハクビシンとバッティングするので心配だ。
この間も見かけたばかり。


夫に撫でられ、ナナコに舐められるモーさん。

モーさんが何歳なのかはわからない。
モーさんが本名が何というのかもわからない。
モーさんが飼い猫なのかもわからない。
飼い主が放任主義なのか、放棄したのかもわからない。
去る者は追わず来る者は拒まずで、クールな対応なのかもわからない。
毛に染み付いたタバコの匂いが、自宅に帰った証拠、自宅がある証拠だと
思った。ナナオ君もそうだった。

モーさん、あなた、まさか私の心を救ってくれるなんて、
数年前には想像もつかなかったね。
どうか長生きしてください。
外を自由に出ているのは、自由でよいけれど、やはり危険なこと、ものがいっぱい。
あのハクビシンの存在だって、そう。
私はハクビシンのことを嫌っているわけじゃないよ。
塀の上でケンカした時の危険さ(特にここの塀はホテルとの境界なので高い)を
故クロポチで経験しているからね。腰骨骨折。
大事にしていこうね、人生、命。

そして、ラッキー犬のリリーちゃん初め、散歩で出会う犬ちゃんたち。
私の犬にまつわる過去話は悲しいものなので語らないが
「未知数」の犬についてこの後半に良い経験をした。
思いっきりカワイイを連発した。
私が犬に夢中になっていたら、その別れを考えると狂おしい気持ちになるのが目に見える。

人との出会いが少なかったが、
大好きな動物たちから頂いた自分の笑顔が嬉しい。
自暴自棄にならないで良かったと思う。

また来年、よろしくお願いします。
乏しい日記でごめんなさい。
来年、Pちゃんがドラマに出ます。
こちらもよろしくお願いします。











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(2021/12/16)ラッキー犬、リリーちゃん。

2021年12月16日 17時02分49秒 | ワンコ
ドキドキする。
久しぶりに書こうとすると、身構えてしまう。

東北は雪の所も多いが、仙台は雪が一瞬舞ったぐらいで、「初雪」とは言えないくらいのもの。
しかし、今夜、明日にかけて雪になりそうな空模様。暗い。雲が低い。
土曜日は最高気温で1℃。明日金曜日の最高気温は12℃。一気に下がり雪、凍結。
いよいよ冬、という感じだ。
明日の午前中には買い物をしておこう。丸ごとバナナ。3日分。

早朝の寒さと薄暗さのせいか、私のリハビリ散歩も距離が短くなったり、あるいは出かけなかったり、かと言ってその代用に、家にてのリハビリをしっかりやっているわけではない。
日曜日に、リハビリを兼ねた駅地下まで歩いて買い物に出かけた。
駅地下に行くのは9カ月ぶりか。
届け物を買い、旭川の姪たちに色々買い、タクシーで帰ってくるつもりだったが、人酔いしないために裏道を歩いて帰宅した。
しかし両手に抱えた荷物の重さが段々想像以上に重くなってきたため、足がふら付いてきた。
リハビリ、リハビリ、と自分に言い聞かせて戻ってきた。
夫の為に、「伊達の牛タン弁当」を久しぶりに買い(いつもは「利休」の牛タン。)、去年12月11日に私が退院した一周年の夫への感謝の意を表す。夫は伊達の牛タン弁当、美味い美味いと食べてくれた。
日曜の疲れを理由にして月火と散歩に出かけなかった。
水曜、昨日。
お賽銭を持って神社へ行こう、自分の怠けを謝って来よう、と出かけた。
途中、公園の傍で、ラッキー犬、リリーちゃんに会った。
久しぶりだね。
喜びの表現が嬉しい。また会おうね、と偶然の再会に期す。
そして神社でのお参り。
夫が幼稚園の頃通っていた場所。
それが私にとって不思議でならない。
地元で生まれ地元の幼稚園に通い、年を取ってもその場所を動かない、こんなこと
どこにでもあるし、珍しくもなんともないのだが、つい私の人生と比較してしまう。
私の小さいときのそれらの記憶の場所は、もう夢の世界のものだ。
行ってみよう、訪ねてみようと試みることができない。
実母が生きて入れば、富良野のどこの保育園に通っていたのかを聞けるのだが
(保育園に通っていたのは断片的に覚えているのである。)、とうに実母はこの世にいない。
あれから人生流転の旅に出た私といつも比較してしまう。
夫の幼稚園はもうないけれど、この神社の横にあったことを教えてもらった。
そしてこうして今、私が夫より熱心に通い始めているのである。
そして、自分に偽りなく、言い訳せず、自分の怠惰の日々を謝った。
清々しい気持ちで、今度はいつもの公園に行く。
銀杏の樹、プラタナスの樹にタッチ。
運動少年もいた。
おじいさんはいなかった。
私にとってラッキーなものはいっぱい増えていた。
皆、元気であることを祈る。




そして今日のリハビリ散歩。
遅くに家を出る。
今日は公園を何周かしてこよう。
車の通りに出ると後ろから走ってきた子犬。
リリーちゃんだ!2日連続して会えるなんて。
今日は写真のお願いをした。
いつも撮りたいのだが、ブログ用は時間が掛かるので遠慮していた。
通常のは既に撮ってあるし。
ピンクのお洋服を着たリリーちゃん。行儀よくお座りしてくれたので
私の左手はぶれなかった。

リリーちゃんです。ああ、こうして見ると、シッポが揺れているんだね。
もうね、嬉しくてひっくり返るんですよ、リリーちゃん。
「私のこと好きなの?」なんて思わず言ってしまいました。
それほど喜びの表現が激しくて、もう可愛すぎる。


私のラッキー犬です。
会う場所はランダム。そこがまたいい。
だからラッキー犬。会って心躍ることが、心のリハビリになる。
ありがとう、リリーちゃん。

















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