僕たちの天使

私の愛する天使たち、ネコ、山P、佐藤健君、60~80年代の音楽、バイクなどを徒然に語っていきます。

オトメちゃんが母親になっていました。

zooさん、お元気ですか。 もうご承知かもしれませんが、オトメちゃんが お母さんになっていましたね。市川動植物園のHPに 2013年、オトメちゃんがお母さんになっていたことが載っていました。赤ちゃんを抱いてカメラ目線です、オトメちゃん。こんなに嬉しいことはない。またブログを再開してくださることを願っています。 このブログの2014年8月4日の記事を読んでください。

(9/24)菅生のENJOY HONDA/そして職場のこと

2012年09月24日 22時06分04秒 | バイク
昨日の菅生は一日中、雨。
ボロボロになって帰宅した。
おそらく、菅生で一番ボロボロだった観客はこの私。
傘をささず(傘は好きじゃない。そのために、雨具を着たが、雨の方が勝って、
身体に滲みる。)
肩に下げているバッグも雨を吸い、重くなって体重が増えた感じ。
革靴も雨を吸い、泥まみれになって(駐車場がぬかるみ)、サンダル状態に
なり、歩きづらいこと。
その靴で、山道を歩き、階段を上るのだが、足が上がらない。
おまけに、風邪で咳き込み、止まらない。

それでも
バイク、4輪のトークショーを観て楽しむ。
岡田やイトシン(伊藤信一)中野を久しぶりに観る。
佐藤琢磨はやはり人気があった。

肝心のレースのときは
咳き込んでレースどころじゃなかった。
見かねて夫は、帰ろうと言った。
ああ、ボロボロ。
今日は足首が痛くて、日ごろの運動不足をヒシと感じる。
疲れが今日に持ち越し。
夫が帰宅する時刻(6時半過ぎ)まで眠っていた。

それでも楽しんだことは楽しんだ。
レースはやはり、晴れた日に観たい。




今朝、そんな重い身体をひきずって出勤。
出勤したとたん、同時に来たEさんにとんでもないことを聞かされた。

「ちょっとぉ、Iさん、昨日退職届、出したんだよ!」
「ええ~!何、ソレ!」

土曜日、私は
彼女に、自分の退職のことを話した。
それに対して、彼女は自分も辞める、ということは
正式な言葉として言っていなかった。
辞めたい気持ちはあるが、それを具体化するというのは
まだまだ先のことかもしれなかった。
今週には
私がマネージャーに退職願を出すことにしていた。
そこまでの計画の流れも伝えておいた。

それが
昨日私の休みの日に
彼女が先に退職届けを出した、ということだった。
一体なぜ?

土曜日、私のいない所で
彼女はマネージャーに怒鳴られたとのこと。
日ごろ、マネージャーは
よく私やEさんにはそんな口調で怒鳴ることがあるので
慣れたものだが
彼は、Iさんの性格を知っているから、怒鳴るとか上から強制の言葉を
吐くことはなかった。そのため、彼女も言いたいことは結構言っていた。
そういう点が私たちには不満だったのだが(人を見て、怒鳴るという点)
怒鳴られたということが、彼女にとって
かなり効いたようで、
昨日は「あれはパワハラだ!」と皆に言っていたという。
いやいや、パワハラはあなたもいっぱい我々にあったじゃない、と
Eさんも私も思う。

その退職届をマネージャーは受理したという。
Eさんは、それにも驚いていた。
この9月で他の部署の人が2人辞める。
それもあって、私は1ヶ月ずらした。
一応、辞める人たちは、引き止められている。(結局受理)
しかし、Iさんの場合、あっさり受理されたようである。
そのあとの話合いをしようと、マネージャーは
Iさんを探していたらしいが
Iさんはもう早めに帰宅していた。
そして
今日、明日とIさんは休み。
出てくるのは水曜日だから、その話の続きはその日になるだろう。

そこで
じゃ、私は計画通り、マネージャーに
今週、届けを出せるのか、という課題にぶつかる。
これじゃ
いかにも
Iさんに追随して、「私も辞める」という便乗状態じゃないか。
マネージャーの怒りが、私の退職願いで最高潮になる気配が見える。

昨日はEさん曰く
大変な日だったらしい。
Iさんはもう、辞めるモードで
仕事にもならなく(日曜なので、仕事は忙しい)、
Iさんとマネージャーの不穏な空気に
Eさんも翻弄されたらしい。

Eさんは
とにかく
Iさんの問題が決着してから
私の退職について行動を起こすように、と言われた。
「Iさんが辞めるのだから、トモロッシさんは辞めなくてもいいんだよ。」
とまで言われる。
・・・・・・そうか?
私も動揺するよ、こんな展開で。

またも新たな問題が生じて
急に対処できないでいる自分がいる。
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(10/4)ロッシの活躍が嬉しい  Moto GP

2010年10月04日 01時27分47秒 | バイク
          私の愛したネコ、ロッシ



日付は変わってしまったが、まだ起きているので
今日(日曜)として書こう。

仕事が終わった。
今少し前に終わった。
思えば
北海道に行く前に
この時期の多忙さを想像して
ぞっとしていたのだが
忙しいと言いつつも
かなり休憩していた。

頭が何しろ北海道モードなので
すぐにそちらに行ってしまう。

旅立つ前から
土日も職場に行ったり
今日も忘れ物をして
あわてて職場に行って持ってきた。

山を越えたので
あとは明日仕上げだ。

そしてようやく
北海道の人たちに
礼状やら御礼の品の送り届け等、手をつけられる。

そして
はやぶさの展示会にも行ける。

明朝5時半起きなので
睡眠が心配だが
書かないで寝てしまうのがいやなので
少し。

今日
思いがけず
バイクのレースを観る事ができた。
夫が
新聞のラテ欄に載っていたのを見つけて
「今日、バイクのレース、テレビでやるぞ」と教えてくれた。

3時から地上波で1時間だけ
motoGPのレースを放映するのだ。
これも毎年放映してくれるわけじゃなく
今年は放映してくれたんだね。

私がバイクのレース観戦に夢中になっていた時代は
WOWOWとかNHKBSなどでやってくれたので
行けないときはそれらを観て過ごした。
今は有料でないと観られない。
日本人活躍の全盛のころと違って
今はあまり選手が出ていないので
(むろん、期待の人はいるようで)、
ほとんど観ない年が続いた。

今日は
解説者やインタビュアーの名前に
かつての大活躍した人たちの名が連ねて
ああ、時代が変わったんだなあ、と思った。

その中で
日本人じゃないけれど

今も王者として活躍している
イタリアのロッシが
大怪我を克服しての参戦。

仕事をいったん3時にやめて
1時間それに集中する。

ロッシが非常にエキサイティングな試合を見せてくれて
それを観ただけでも
よかったと思った。
ロッシ、大活躍。3位である。

何度も書くけれど
ネコたちに名前をバイクの選手の名前をつけていることを
いつかも書いた。

ロッシという名が出るたびに
私の愛したネコに
ロッシと名づけたことに
つけてよかったなあ、こんなに活躍している、と思わせてくれる。

そしてダイジローやハル、カズ、ノリとつけていく。
バイク好きの人なら誰のことかわかるよね。

自分のハンドルネームの
トモロッシというのも
このロッシをつけたもの。
つくづくロッシに感謝。
今でもバリバリ、活躍していることに感謝。
カピロッシもまだ走っていたんだね。
彼も、もう30代の後半。
ロッシもカピロッシも年齢に関係なく走れるだけ走ってほしい。

私がバイクを好きになったのは
1993年。
忘れもしない
原田哲也が初戦で、優勝したのを観たのがきっかけ。

それまで
夫はレースを夢中で観ていたけれど
私にはさっぱりわからなかった。
面白みがわからなかった。
ヘルメットで顔が見えない、だれが何周走っているのかわからない、
と全然興味がなかった。

それがたまたま
そうたまたま、その初戦をずっと観てしまったんだ。
日本人が走っているからって。
名前も、前歴もわからない。
その試合の凄さにいつのまにか引き込まれていた。
最後の最後でスリップストリームで抜くのである。
ええ、こんなことあるの?と思った。
科学がこんなところで使われるなんて。

スリップストリーム説明 

バイクでその現象を知った。しかも初めて真剣に観た試合で。

夫が説明してくれ、よくわからなかったけれど
とにかくその後
後ろに付け、後ろに付け、などと
日本人に応援していた。

それ以来
私はビデオに撮って
あとから何度も
治親とか辻村の試合を観てシビレていたのです。
そして
鈴鹿、のちに茂木(もてぎ)通いが始まったのです。

ロッシが125ccクラスでデビューしたころは
皆で笑っていた。
脚の長いロッシが小さなマシンを自在に操る、
どう出るかわからない暴れん坊のイメージで。
それが
後にまさか全てのクラスで王者になると思ってもいなかったと思う。
今では
ロッシに憧れてバイクレースを始める人もいるでしょう。
今の若い人たち
ロッシをベテランと見ていると思うけれど
彼にも10代のころの初々しい、危なげな時代があったのです。

時代は流れる。時代は積み重ねられて
若い世代に受け継がれていく。

私のネコ
ノラだったネコに
ロッシと名づけたのは1997年。
あれから13年。
既に成猫だったので正確な年齢はわからない。
2003年に、病院から帰宅して3分後に死にました。
そして97年の夏に
ロッシがガールフレンドとして連れてきた雌ネコに
ハルと名づけ、
その猫はまだ生きています。
もううちにはいないけれど、老夫婦の元で暮らしています。

ロッシとハル。
私の愛したバイクの選手の名。
良き夫婦でした。


今日はそういうわけで
ロッシの活躍に喜んでいた私です。
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(7/3)明日は大治郎の誕生日だ。

2008年07月03日 20時47分40秒 | バイク

Pちゃんを観る為に待機しているのだが

今日は別な件で
不思議な気持ちに囚われている。

明日は
バイクの星、加藤大治郎の誕生日だ。
生きていれば、32歳か。
ますますモトGPで大活躍しているかもしれない年齢だ。
その彼のことを偶然に思い出させた
コメントをいただいた。

私の昨年のちょうど今頃の記事
青木治親、加藤大治郎について書いたものに
対するコメント。
検索に引っかかるような記事ではないのに
有りがたいコメントであった。
その記事を読み返していて

あ、明日は大治郎の誕生日だ、と思い出したんだ。
偶然である。
もしも
この記事を引っ張り出さなければ
おそらく
私は明日は
Pちゃんのドラマのことでいっぱいで
永久欠番の74のことを
思い出さないまま過ごしていっただろう。

全国のバイクファン、大治郎ファンは
明日をどんな思いで迎えているだろうか。

命あってこその人生。
大治郎にしても、ノリックにしても
どんなことがあっても生きていてほしかった。

事故で半身不随になった
青木拓磨が今、新しい人生を歩み始めて
その生き方に再び感動した私である。
命あれば、いつかはまた人生を切り開ける。

そんなことを思い起こした今日である。
コメントありがとう。
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(10/11)阿部典史さんの葬儀日程

2007年10月11日 11時15分44秒 | バイク
明日
ノリックのお通夜

明後日
告別式

葬儀日程、場所等ここです

天候はどうなのだろう。
明日から寒くなると聞いているが。
出かける方
気をつけて行ってください。


午後から出勤です。
もう半袖は無理かな。
曇っているので
気温21℃ぐらいになるというが
肌寒い。
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(10/9)一日を大切に生きたい。

2007年10月09日 22時29分26秒 | バイク
今日は午後からの仕事。
「トモロッシ(本当は本名で)ちゃ~ん!!」の
若い声での挨拶に
さあ、今日も頑張ろう!と思う私だった。

風は強いけれども
陽射しはギラギラ。
暑いのか涼しいのかまだ、
迷っているような10月の空。
夜は
冷たい風に
秋を感じています。

朝、庭の北西の土のある所に
カエルが
身体半分を土の中に埋めて
上半身、顔を出していた。
これから
陽射しが出てくると
この体勢では干されてしまうので
カエルをつかまえて
石と石の間の巣の中に移動してやる。
その巣の中には2匹ほど入っていたが
中は結構広い空洞になっているので
穴に顔を向けてやると
自ら入っていった。
その空洞は、カエル自身が掘った自分達の寝床である。
そろそろ
カエルたちも冬支度、冬眠に備えるのか。
夜は
それでも5,6匹出てきていた。
お引越しするときは
あなたたちも連れていくからね。
いつもそう思っている。


明と暗。

Pちゃんの新しい情報などが入ってくる。
忙しいくらいに
バタバタと彼らの新しい情報。
それはそれで
いい情報だ。


そして
ノリック。
ずいぶんと
ブログにたくさん取り上げられていた。
ランキングも1位になっている。
本当に衝撃だった。
バイクレースを観ない人でも
彼の名は知っていて
その衝撃を語っている。
葬儀日程もきまった。
事故現場には
彼の写真、お花、たくさんのファンが
訪れて
手を合わせていた。
泣いている方もいた。
そうだろうなあ。
あまりに可哀想な死に方だったし
まだ信じられないという思いもあるし
なんと言葉に表したらいいのか
わからない気持ちを抱いている。
なかなか
彼の死を受け止められない現実。
だから
言葉も少ない。
何を書いても空しい、と
先に出てしまう。

生きていてくれたら・・
という言葉が空しくてしょうがない。

そういうわけで
今日はここでブログを閉じよう。
明日
1日を大切に生きよう。
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(10/8)ノリック、なんてことだ!

2007年10月08日 11時41分17秒 | バイク

ノリックの写真を
膨大な写真の山から探していたのだが
見つからない。
もともと
整理整頓の悪い私だから
あちこちにしまってあるのを取り出すのも
大変だ。

鈴鹿で
500CC(当時)クラスで初優勝した時の
写真である。
表彰台の真ん中で男泣きした姿に
そこにいた観客も泣いた。
自分も泣いた。
あのときの写真。

いつもニコニコして
レース後のインタビューも
英語で答えていた。
ついこの間は
茂木での
モトGPでの解説で和気藹々と
そして適切に語っていたのに。

最初、ノリックが死んだと
聞いたときは
レース上での事故かと思った。
しかし
公道でのトラックの急なUターンに
巻き込まれたとわかり
なんてことだ!
と思ってしまった。
悔やんでも悔やみきれない事故だ。

レースでの事故は
危険を伴っている、という自覚は
ライダーにも
観ている私たちにもある程度ある。
私は
レースでの転倒を見るたびに(バイクは本当に痛々しい)
よくぞ死ななかったとか
転倒してもすぐに乗り込む姿に
よほど鍛えているんだ、と
驚嘆していた。

公道は違う。
いろんなドライバーがいる。
車もいろいろある。
相手がトラックだったという不運。
急に鉄の壁が現れそれに激突するようなものだ。


せめて
生命さえ取り留めていれば・・・
どんなに損傷があろうとも
命さえ・・・

と書いていても
空しい。

あっけない。
人の命って。

何とも
悲しい
悲しすぎる事故だ。

家族の方の悲しみを想像すると・・・
そして
バイクの仲間達の心・・・
世界のバイク好きなファンの心・・・

ノリック
なんてことだ。
思い出を語ることは
今はできない。
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(10/8)バイク元GPライダー阿部典史事故死

2007年10月08日 00時55分05秒 | バイク
ノリックが亡くなった。
ノリックこと阿部典史が昨日夜に
交通事故で・・・・

信じられない。

今は、このことを伝えるだけ。
ついこの間、
茂木のモトGPの解説を楽しくやっていたのに。
そのことにもブログで触れたばかりなのに・・

なんて
あっけない死に方なんだ。
先月誕生日を迎えたばかりなのに。

事故のニュース


信じられない・・・・

冥福を祈ると
書いても

なぜか
まだ信じられない。
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(9/24)バレンティーノロッシ。

2007年09月24日 00時37分55秒 | バイク
続き。

日帰りを強行する体力がない。
以前帰りの高速、大雨に遭い
怖い思いをした。
とても今はネコを朝早くから置いて
遠出する気になれない。

原田哲也などが引退し
加藤大治郎や青木三兄弟が
いなくなったモトGP。
私の足も遠のいていく。

しかしそんな中
ロッシが頑張っている。
中野も頑張っている。
ロッシのこれまでの大活躍からすれば
今年のストーナーとのポイント差が大きく開き
2位に甘んじている結果だが
好きな日本で何とか
今日勝ちたいと思ったことだろう。

バイクメーカーはヤマハ
以前はホンダ。

今日の試合は
Wet race
徐々に上位に上がり
ストーナーを抜き、2位、1位となる。
ところが
晴れてきてドライに代えていく他のドライバー。
ウエットとドライ(タイヤのこと)では
ぐんぐん秒が縮まり
早くからドライに代えたカピロッシなどが
タイムでは上まっている。
幾ら見た目が
1位ロッシであっても
一周ごとに差が5秒ずつ縮まってくると
もう優勝がなくなってしまう。
上位3人は交換の時を遅くしてしまった。
ようやく
ロッシもチェンジしたがそのマシンの調子が悪く
またもう一度ピットインしてしまう。
そしてコースアウトもしてしまい
ズルズル順位を下げてしまった。
結果
13位。
常勝していたロッシがこのような結果に
終わってしまった。
ストーナーは手堅く6位に入り
年間チャンピオンシップを早々と獲得し
茂木はその祝勝ムード。

ロッシは
俄然来年、チャンピオン奪回する気持ちでいることだろう。
ライバルがいてこそ
燃える闘争心。
これまでロッシは勝ちすぎてきた。
大治郎がいればまたもっと
おもしろかったかもしれない。
その大治郎のための
ゼッケン永久欠番74の
大きな旗(というの?)が観客席を多いかぶせるように
広がったのが映る。
いつも傍にいる加藤大治郎。
彼のファンが作ったんだね。
いつまでもこの灯を絶やさないでほしい。
バイクの一時代を築いた大治郎。


久々に興奮してバイクレースを観たよ。
解説は
青木琢磨とV6の長野君。
長野君はバイクが好きなんだよね。
そこに早口の阿部ノリックも加わって
早口3人組のワイワイ解説。
いやあ、楽しんだ楽しんだ。


うちのネコにバイク選手の名前をつけていると
いつも言っているが
大治郎の名をつけて
ダイジローとか。

そして
ロッシもいたんだよ、うちのネコに。
もう亡くなったけれど
大好きな大好きな我がロッシだった。
いつもロッシとかダイジローとか
普段も名前が飛び交えるように
ネコに
彼らの名をつけたことは正解。

そしてまた書くが
私のハンドルネーム

トモロッシ

もわかるよね。

智久のトモと
バレンティーノロッシの合成。

私の好きなスターの代表と
好きなバイクの代表。
とってもお気に入りな名前。
2人とも
それぞれの業界のスターでありアイドルなんだ。
そのロッシが
もう28歳だなんて、今日改めて
時の流れを感じた。

今日は
地上波でも日テレでやっていたので
たまたま観ていた人が
ロッシの顔を観てくれたかもしれない。
ヘルメットだけれど
スタートグリッドではヘルメットをはずしていたから
愛嬌のあるロッシを観てくれたかも。
ロッシ
来年ガンバレ。
カピロッシ(今日の優勝者)もバロスもチェカも
34,5歳でも現役活躍していたので
まだまだ行けるね。

バレンティーノロッシ

ウィキペディアで検索すると
顔写真もあるので観てください。

今日は曇り。
頭がずっと痛かった。

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(9/23)モトGP茂木(もてぎ)開催。

2007年09月23日 23時57分52秒 | バイク
バレンティーノロッシは
28歳になっていた。
16,7歳でデビューして
あれから10年以上経つ。

今日は
バイク
モトGPを
久々にテレビ観戦。

スカパー
日テレG+の無料期間のために
観ることができた。

125cc
250ccも
誰も知った者がいないほどに
私が夢中で観た頃とは選手が入れ代わっていた。

今日の試合は
日本、栃木茂木ツインリンク。
97年にできて
ワールドシリーズでありながら
当初は、4月に鈴鹿、9月(10月)に茂木で
日本は2回もあった。
そして今は鈴鹿はなく、茂木のみ。
茂木には2回ほど試合を見に行ったことがある。
こちらからは車で日帰りできる距離なので
今でも行こうと思えば行ける。

(ここで日付が変わるのでいったん更新します)
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(9/8)青木拓磨の生き方。

2007年09月08日 01時35分03秒 | バイク
なんか、タイトルが仰々しくて
ごめん。

録画をしていて
なかなかすぐに観られなかったので
今日
外は台風の時に

8月26日(土)夜10時~
BS日テレ Spo Maga.

というのを漸く(ようやく)観る。

バイク
かつての
スーパーバイクのスター
モトGP(WGP)のスター
青木拓磨が生出演ということで。

彼についてはどこから
書いたらいいのだろう。

ファンだった、ということを書いておこう。
青木三兄弟は
兄宣篤も
弟治親も
そして次男拓磨も
皆魅力的なライダーだった。
彼らがバイクの面白さとかさわやかさを
アピールしてくれていた。
ウルトラマンというスポンサーがつき
メジャーな所でも活躍。
バイクつながりで
島田紳助司会のTBSのあの生放送のクイズ番組にも
出たことがある。
そして
青木三兄弟を追ったドキュメンタリーを
ニュースステーション(久米宏司会)でもやったことがある。
いつもにこやかな三兄弟。


鈴鹿やこちら地元菅生では
いつもその姿を私は追いかけていた。
世界にはばたく三兄弟。
すごく華があったね、特別な。


98年、その年の活躍が期待される頃
正規の試合前のテスト走行のときの
ケガが
その後の彼のレース人生を変えてしまう。

バイク選手にはケガは付きもの。
よく
レースにてバイクの転倒を見るけれど
不思議と
転倒してもすぐに起き上がり
再スタートさせるのが多い。
それだけ
鍛えているのだろうし、強いヘルメットなどが
身体を守ってくれるのだろう。

しかし中には
不運な事故もある。
加藤大治郎の件もある。

拓磨のそのケガは
結局バイクレースに復帰できぬほどの
ものだった。

脊髄損傷。
下半身麻痺ということで
彼はリハビリに精を出す。
中国にも治療に行った。

そして
彼の姿を見る機会がなくなっていった。

あれから10年近く。
彼は33歳になっていた。
その彼が
生放送で出演。

4輪にシフト。
大手の車メーカーが
彼用にアレンジした車を用意し
彼は

この夏
「アジアンクロスカントリーラリー」(タイ国)
に出場したのである。
そのレースの模様を
伝える番組だった。
明るい彼と
明るい司会者の元巨人軍の宮本さん、スキーの荻原さん。
とても楽しそうにスムーズに
番組が進む。

10年も経つと
大人なんだよね、当たり前のことだけれど。
話し方が落ち着いていて
昔のヤンチャな感じがうまく抜けていて
本当に
レースそのものが好きなんだ、ということを
感じ取った。

精力的にリハビリやトレーニングをし
精力的にポケバイの子供達の指導をし
彼には彼の
新しい生き方が存在する。

ラリーの前に
メディカルテストがあった。
不測の事故のときに
車から脱出できなければラリーには
参加できない。

1分以内に車の窓から脱出をしなければ不合格。
そして
40秒で脱出。
足が使えないので
上腕の力で足を支え、身体を支えて
脱出しなければならない。
そのテストに見事に合格。

もうこの場面を観ただけで
彼は
本当に努力をしている人なんだ、と
見入ってしまった。
あの
バイクレース界のイケメンが
本当の意味で
人間としてカッコイイ、と思ってしまった。

彼用にアレンジされた車とは
足が使えないので
ブレーキもアクセルも
全て手で作動できるように工夫されている。
その完備されたマシンに感嘆していた。

レースは
タイ国。
2300キロの悪路を
数日かけて走るサバイバルレース。
北海道の周囲ぐらいの距離。
そして悪路とは書いたが
悪路過ぎる。
車が跳ねるし、頭が中でぶつかりそうなほどの
振動である。
ハンドルも取られる。
彼曰く
「足が動くんですよ。跳ねるんですよ。」

足に神経が行かないからこそ
跳ね踊る足。
普通なら跳ねないように踏ん張るところだが
それができないために
彼は
自分で工夫して靴の裏にマジックテープを貼り
足を固定させる。
その靴を見せてくれた。

悪路のために
他の車が横転しているのを
助けながらの走行。
自分の車もいつそうなるかわからない。
現にタイヤがバーストしてそれを
交換するのだが
普段のバースト具合とは違う破壊の仕方。
これでは
互いに助け合わなければ
レースが成り立たない。
そんな友情の交歓のようなものも生まれる。

総合第7位。
日本人として第2位。

彼のことだから
かつてはスーパーバイクのチャンピオンと
いうプライドがあるから
メラメラと闘争心が出てきたであろう。
楽しい、頼もしい闘争心だ。

このレースに参加したことによって
彼には
また新たな目標ができたようだ。
パリダカールラリーに出たい、と。

何と美しい人生。
これからも
レースに参加していこうという
前進する人生。

彼なりの悩みがあっただろう。
でもそのことについては
書かないでおこう。
今は
その目標に向けて
またトレーニングをしているに違いない。

生き方
さまざま。

青木拓磨、健在。

録画しておいてよかった。


余談だが
彼といっしょに撮った写真がある。
三兄弟
1人1人と並んで。
一体誰のファンだったか。
それぞれの持ち味で
3人ともファンだった、ということで。

パリダカールね。
また、楽しみが増えたね、トモロッシ。

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(7/29)更新。鈴鹿8耐結果。

2007年07月29日 23時40分29秒 | バイク
日付が変わらないうちに
更新しておきます。

鈴鹿8耐決勝リザルト。
仮面ライダー電王チームは
7位でした。
健闘しました。
岡田チームは2位。
イトシンは3位。
1位は、ヨシムラレーシングチーム!
おめでとうございます。



選挙速報をずっと観ています。
今日は
テレビに釘付けです。

では今日はこれでおやすみなさい。
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(7/28)鈴鹿8耐いよいよ明日決勝。

2007年07月28日 20時49分06秒 | バイク
鈴鹿8耐明日決勝。

今日の予選リザルト

1 33  Team HRC33 岡田・チェカ

5 778 FCC TSR ZIP-FM Racing Team 伊藤・手島

7 54  仮面ライダー電王   徳留・鎌田


左から
順位 バイクナンバー  チーム名 ライダー(2人)

です。

伊藤真一と辻村だったけれど、エントリー変更されていました。
辻村の調整が間に合わなかったとか。

1位の岡田とチェカは元GP選手。ベテランです。頑張っている。
岡田は第三ライダーだったようですが、明日走るようですね。
岡田も、8耐常連だったね。

そして
仮面ライダー電王チームが7位につけています。これまた
上位を狙えそうです。

そのほかにノリック(阿部典史元GPライダー)が出場、9位につけている。

明日は
スカパー162ch (PPV)で、10時から放送開始です。

選挙後、大急ぎで買い物をして
待機します、この時間。
やっぱり、バイクレース(F1もそうだが)は
生放送がいいね。
何があるかわからない、ドキドキ。
三重県あたりは明日の天気、晴れとなっているけれど
雷雨とかありそうですね。
天候もまたレースの醍醐味。
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(7/1)青木治親と加藤大治郎とうちのネコ。

2007年07月01日 22時48分43秒 | バイク
日曜の夜。
今日はスカパーをつけているので
静かな夜という書き方ではない。

F1、フランス。マッサが今のところ
1位で走っている。
ハミルトンという新人が急に
脅かしているF1。

それからバイクモトGPも
今、ロッシが苦戦してランキング2位で
いるようだ。

バイクのレースを全然観ていない。
NHKBSでも
WOWOWでもやらなくなった。
私が夢中で観ていたのは
WOWOWでの放映全盛の頃。
本当に
いいときに夢中になれた。
日本人がたくさん大活躍していた頃だから。
今月末は
鈴鹿8耐がある。
これはPPVなので、毎年楽しみに観ている。
モトGPは、今払っている諸々のCS料金の他に
更に上乗せしなくてはならず、
しばらくやめている。
ロッシが、F1に来れば文句なし。
でもバイク人生で終わってしまうのだろうか。

私のブログのサブの紹介に
バイクのことも語っていくと書いていながら
ほとんど触れず。
ロッシが頑張ってくれていることぐらいしか
期待していない。

青木三兄弟にも夢中になった。
菅生に来れば、カメラを持って
出かけ、いっしょの写真も撮った。
鈴鹿にも応援に行った。
当時の全ての日本人選手が魅力的だった。
加藤大治郎がもし生きていたら
まだまだモトGPを楽しんでいたかもしれない。
ロッシをいつか負かす好敵手として
応援していたかもしれない。
大治郎の死が痛かった。
ショックだった。セナの死とともに
ショックだったね。

バイク選手の名前をネコたちに
つけている。

昨日の
うちの親ネコ

ハル

という名前も
青木三兄弟の一番下

青木治親(はるちか)から。

治親は今
オートレースの世界にいる。
スマップにいた森君と同じ世界である。
一昨年だったか
治親が
鈴鹿8耐に出たとき
彼のチームの監督として
森君がいたんだ。
オートレースの看板だね、2人とも。
あの時
久しぶりの鈴鹿で3位入賞したときは
本当に感激した。
「久々に青木治親が鈴鹿に帰ってきました!」と
アナウンスされたんだよね。
本当ならもっともっとロードレース界で
活躍できたのだろうけれど
いろいろ悩んだんだろうなあ。
世界チャンピオンになった彼が
オートレースに転向するときも
年齢とかたしかギリギリだったと思う。

彼の走りには信頼感があるんだ。
スタートが遅れても
確実に一周ごとにラップを縮め
ラスト2,3周でぐんと近づいて
最後には追い抜いて1位になる、といった
どこの周も息を抜けない
釘付けにするレース展開。
そのレースの仕方は
マラソン選手に似ている。
我慢して我慢して
力を貯めて貯めて
最後にその力を出し切って
磐石の1位になるというレース展開。
本当に見ていておもしろかった。
日本人の選手はそういう人が多かった。
辻村選手もそうだったし。
それがバイクレースの魅力だったね。

今でこそ
私は、いやなことがあったら
PちゃんのDVDなどを観るのが
癒しだけれど
当時は
いやなことがあったら
治親のそのレースのビデオを観たりして
痛快な気持ちになっていた。
ビデオテープ、伸びきっているだろうなあ。

加藤大治郎は次のモトGPを
担う存在だった。
彼は2003年鈴鹿のレースにて事故に遭い
数日後に死亡。
まだ若かった。
鈴鹿8耐の常連でもあった。
ううん・・・書かないや。
悔やまれても、もういない・・・。

その大治郎の名を
いただいて

うちのカワイイネコに
同じ名前を付けた。

ダイジロー、と。

そうだ、加藤大治郎の誕生日、7月4日。
彼のレースのナンバーが74。
永久欠番のようになった。
生きていれば幾つだろうか。
もう30歳を過ぎたころになるだろうか。
いずれにしても
短い人生だった・・・・。

今日は治親と大治郎のことを。
コメント (2)
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バイク今日放映バンザイ

2006年09月24日 17時21分17秒 | バイク
今日はほとんど
ここに座り放し。

ゆうべのクロサギDVD
実況報告と

久しぶりに観たバイクレースについて
書こうと思って。

自分の0409はまた
後にでも。

ロッシ、第2位でした。

無敵のロッシは今年ははがゆいレース展開を
しているようです。

まさかこのブログにロッシを載せるなんて
思ってもいなかった。

ま、自分のIDに

ロッシを入れているから
その説明だけだろうと

あるいは
以前飼っていた
ネコのロッシ物語で
出るぐらいかなと

しかし
今日思いがけず
生の
ロッシをテレビで
観てしまったもんね

お金を払えば
有料で
スカパーで
観られるけれど

スカパーは観ているけれど
更に
契約しなくてはならないのだ
バイクレースを観るのに

以前はWOWOWとかBSで
やっていて
その契約さえ結んでいれば
毎回観られていたのに

今では
契約の上に契約という
観方しかできず
ますます
マイナーなスポーツの
イメージになってしまう

実際自分も
500ccクラスから
モトGPになってから
観ないことがちょくちょく
出てきた

何よりも遠ざかった
原因は
日本人選手が
あまり活躍しなくなったことかな

自分が観ていた黄金期は
日本人選手の大活躍が
目立って
選手も華やかだった

ジャニーズ張りの
イケメンなんて騒がれていた
坂田や
上田
辻村
青木3兄弟
原田
イトシン
岡田
ノリック
加藤大治郎などなど
本当にすごかった

必ず誰かが各クラスで
優勝したり
125ccでは日本人表彰台独占というときも
あったような気がする

鈴鹿でのWGPで
ノリックが
優勝した時は
目の前であの瞬間を見て
喜びの涙を流したなあ

それが今では
ノリックも
坂田も
青木琢磨も
解説者になっていた

坂田、いたんだ。
うちにいるよ、
カズというネコ。
あなたの名前をもらった。
ポワーンとしているよ、うちのカズ。
結婚したかな。

琢ちゃんはいっぱい写真あるよ。
菅生でたくさん撮らせてもらった。
琢ちゃんの追っかけをしていた
静岡の女子高校生と私
仲良くなって、写真の交換をしたりした
思い出もあった。
琢ちゃん、今でも車椅子なのかなあ。
でもレース出ていたんだよね。
その辺がもう曖昧になっている。

今年もあと2戦なんだね。
今日の茂木でのレースで
ロッシは年間ランキング1位とは
ポイントを縮めたから
2戦何とか頑張ってほしい。

むしろ今までの独走よりは
おもしろいレース展開になってくれそうか。

それにしても
茂木ツインリンクというレース場は
今ひとつ観る側にとっては
迫力が欠けるんだ
ツインというくらいだから
レース場が2つになっている
オーバルコースがあるために
本来のWGPは中側のコースでやる。
遠いんだ、観るのに。
やっぱり
鈴鹿だ、レースは。

そしてバイクレースは
F1より面白い。
F1の方が人気があって
すごいとは十分わかってはいるけれど
レースとして
見る場合、
見所はバイクの方がある。

F1はなかなか抜けないけれど
バイクは抜きどころが結構ある

抜きつ抜かれつが
観る側の手に汗を握らせる

そして最後まで見離せない

今日のレースだって
中野が最終周で
4位から3位に上がろうとして
転倒

中野残念無念

ノーポイントになってしまった

それから
250ccで青山という子が
優勝したんだね

これから日本のバイクを背負っていく
子なんだろうか
頑張ってほしい。

日テレさん
なぜに
放映したの?
これから
放映するための
試験的な放映?
気まぐれじゃなく
これから
夜中でもいいから
やってください

あと2戦
ロッシがどうなるか
知りたいファンはたくさん
いるはずよ

フジがF1をずっと
放映しているように
日テレさんも
バイクについては
そうしてくださいませ

マラソンの醍醐味を知っているなら
バイクもそうなんですよ
何周も我慢して
いよいよ
上にあがろうと
周ごとにラップを上げて
どこが抜くポイントかを
計算して
そして最後の2周ぐらいで
追いついて
一気に抜いていくその爽快感
マラソンがどの場面でも
目が離せないように
バイクもかたときも
目が離せません
トイレに行っているあいだに
ドラマが展開したりするからね
やはり
生に限る、本当は
途中省略されたものではなくてね

ぜいたくは言いませんから
放映してくださいませ

と日テレさんにお願いする
日記になってしまったよ

ロッシ、頑張れ 頑張れ!

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46・・・ロッシのナンバー

2006年09月24日 09時00分31秒 | バイク
おはよう。

ゆうべは2時過ぎに眠り、
いつものように6時半に起きる。

そして今日も快晴5日目
行楽日和の日曜日です

朝からシンノスケやダイジローの遊び相手
昨日の夜は自分のお楽しみタイムに
してしまったために
ダイジローの相手時間は
ほんの2分程度だった

ネコって決まった時間に決まったことを
しないとだめなようです

夜中は一階にいる
4匹のネコの相手に費やしている
が、昨日の夜は2分ぐらいで
ごまかしてしまった

だから朝からダイジローは
ネコじゃらしを
口にくわえて
私のところに持ってくる
遊べ、と
いうことだ

はいはい、遊びますよー

と、またも1分程度。

今度はシンノスケとトチとノリ
トチは一人で暴れ出す
ストレス発散しているのがわかる

突然走り出すんだ
シッポを太く膨らませて

だからネコじゃらしを振り回してやる



ちょっと寝不足だ
午後から寝てしまいそうだ
でも一番眠い時に

今日はバイクテレビ観戦
今じゃ熱心に観なくなった
私だ
でも今日はせっかく
民放でしかもほとんど
生中継と同時刻ぐらいの
ものを放映してくれるので
録画もして観る
ありがたい日テレ
このごろ日テレに
感謝の言葉が続く

クラス会のHPに
自分のIDの由来を
ちょっと書いてみたら
即反応してくれた人がいた

ロッシって、
もしかして
バレンティーノ・ロッシ?

46

と数字まで書いて。

そうなんだ、ロッシのバイクナンバー
の46を
何かの写真で表してくれていた

嬉しかった。

他の人は唐突に
46
とひとこと書いてあるのを見て

なんだー、46って

との反応。

そういうわけで、
クラス会の一員と
バイクの話になりそうなので
それまた
楽しみ。
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