3日(木)文化の日.今日の朝日朝刊「オピニオン面」に韓国の世界的な指揮者チョン・ミュンフンのインタビュー記事が載りました.韓国人は「わたしたちには指揮者のチョン・ミュンフンとフィギュアスケートのキム・ヨナがいる」と胸を張るといいます.彼は9月に単身,北朝鮮を訪問し現地のオーケストラを指揮しました.彼の目標は「北朝鮮の音楽家と韓国の音楽家が一緒に演奏する姿をみたい」ということです.インタビューの中で,彼は次のように語っています
「北朝鮮側は今回,私が彼らの楽団を指揮することを強く求めました.一昔前の私なら,すぐに承諾したことでしょう.しかし,現在のソウルにおける私の立場,責任の重さ,そして年齢を鑑みると,それでは十分ではありません.”北で振ることは,私にとって最優先事項ではない”と答えました.北の楽員たちと私の楽員たちが,一緒に演奏しなくては意味がないのです」
インタビュアーの吉田純子記者の「北朝鮮を訪れた真意はどこにあるのですか」という問いに,彼は語ります
「私は欧米暮らしが長いこともあり,自分を”韓国人”と意識したことがないんです.いつもこう言うんですよ.私は第1に一人の人間であり,第2に音楽家,韓国人であることは3番目だ,と.しかし,私も年を重ね,故郷の未来を担う世代に対して強い責任を感じ,行動しなけらばならないと思うようになってきました」
「私の狙いはシンプルです.ほかの社会に対してオープンな心を持つ若者を育てること.若者たちには,自分が歩んでゆく道を選択する自由がある.音楽はその選択肢の一つに過ぎませんが,少なくとも音楽の中にいる瞬間だけは,誰しも政治や争いごとを忘れられるでしょう.これだけでも,十分素晴らしいことなのでは.音楽はそういう奇跡を,ほかの何にも増して簡単に実現してくれるのです」
記者の「日本と韓国にはともに30ほどの楽団があります.経済情勢の悪化に伴い,双方とも,その存在意義が問われていますが」との問いには,次のように答えています
「厳しい状況ですが,私たちの存在を街の人々に誇りに思ってもらえるよう,根気強く努力を続けなければなりません.楽団の使命は聴衆を育てること.それをやって初めて自分たちの音楽を追求することができる.市民との対話なくして楽団の未来はありません」「私の仕事は,例えば,長時間座っていなければならない楽員たちのために最良の椅子を要求すること.笑い話のようですが,楽団の成長にはこういう些細な仕事が重要です.厳しいリストラばかりじゃなくてね」
「日本の楽団はかわいそうです.相当な数の外来楽団に,市場を奪われている.本場の響きに触れる経験も大切ですが,明らかに日本の楽団の方がうまいのに,と思うことも少なくない.私は,韓国の音楽界は,そんな日本と違う方向に進めたいと思っています」
このインタビュー記事を読んで私は,5月10日のソウル・フィルの来日公演〈チャイコフスキー「ヴァイオリン協奏曲」と同「第6交響曲」)と,8月2日のアジア・フィルの公演(ベートーヴェン「第7交響曲」とブラームス「第1交響曲」)を思い出しました.チョン・ミュンフン指揮のもと,楽しげに,そして情熱的に演奏する楽員たちを見て「この人たちは,チョン・ミュンフンとともに”音楽を作る”ことを誇りに思っているのだな」と強く感じました.アジア・フィルのアンコールにベートーヴェンの第5番の最終楽章フィナーレを演奏したのにはビックリしましたが,私も含めて観客が熱狂的な拍手を送ったことも忘れられません
チョン・ミュンフンが東京フィルのアドバイザーを務めていた時は,東フィルの定期会員になっていましたが,契約を解除してしまったので,定期会員を止めました.そういう人は私の周りにもいます.次にチョン・ミュンフンを聴くチャンスは来年1月16日(月)のソウル・フィルとの来日公演です.プログラムは①ドビュッシー「交響詩”海”」②マーラー「第1交響曲」です.絶対聴きにいきます
(11月3日.朝日新聞朝刊)