24日(火).昨日も風邪のため体調が最悪だったので,映画を観る予定を変更して1日中家で本を読んで過ごしました
ということで,わが家に来てから今日で1119日目を迎え,超大型の台風21号が上陸・北上し全国各地に被害をもたらした というニュースを見て感想を述べるモコタロです
ご主人は小学生の時「台風一過」を「台風一家」と思ってたとさ 怖そうな家族!
昨日は,風邪気味で調子が悪かったので,夕食は市販の餃子を焼きました 残念ながらこういうのは慣れていないので 一つ残らず焦がしてしまいました 普通の料理の方がマシにできるように思います あとはいつもの「生野菜とツナのサラダ」と「卵スープ」です
中野雄著「ストラディヴァリウスとグァルネリ~ヴァイオリン千年の夢」(文春新書)を読み終わりました 中野雄(たけし)氏は1931年長野県生まれ.東大法学部卒.日本開発銀行を経てオーディオ・メーカーのトリオ(現・ケンウッド)役員に就任.現在 映像企業アマナ常勤顧問を務める傍ら,音楽プロデューサーとして国内外で活躍中.著書に「ウィーン・フィル 音と響きの秘密」「モーツアルト 天才の秘密」ほか多数
この本は,300年前に作られた木製楽器が 骨董品ではなく 現役として最高峰の地位を占めていること,それが億単位の高価な値で取引されていること,美しい音色で遠くまで音が届くこと・・・なぜそうなのかを解き明かした力作です
目次でこの本の内容を概観してみましょう
①プロローグ「二大銘器はなぜ高価なのか」
②第1章「ヴァイオリンの価値とは何か」
③第2章「ヴァイオリンという楽器Ⅰ その起源と完成度の高さ」
④第3章「ヴァイオリンという楽器Ⅱ ヴァイオリンを構成する素材と神秘」
⑤第4章「アントニオ・ストラディヴァリの生涯と作品」
⑥第5章「グァルネリ・デル・ジェスの生涯と作品」
⑦第6章「閑話休題」
⑧第7章「コレクター抄伝」
⑨第8章「銘器と事故」
⑩最終章「封印された神技」
⑪エピローグ
著者は最初に「プロローグ」で「厳然たる事実」として次のように述べています
「音楽家は,自分の持っている楽器の性能を超える演奏をすることが出来ない ヴァイオリンをはじめ,あらゆる楽器には製造過程で造り込まれた潜在的な『音楽表現能力』というものが内在している これは人間を含めた生物の世界と同じで,遺伝子=DNAの存在と似ていると言ってもいいだろう (中略)ヴァイオリンの中の銘器は,古今の芸術家の作品と同じように,限られた歴史の才能によってこの世に産み出されたものであって,作品を産み出す才能自体が人類の歴史上,限定されたものと考えられる (中略)その創作の秘密に想いを致さなけば,市場で取引されている途轍もない価格について理解することはできない」
次の第1章「ヴァイオリンの価値とは何か」では次のように述べています
「『楽器の値段などというものは,ユダヤ系の楽器商が結託して吊り上げているものであって,希少価値などというものはない それは錯覚や思い込みに過ぎない』という説が,昔から無数に流布されている.理由は『弾き比べ,聴き比べをしても,銘器を間違いなく判定できる者は誰もいない』という事実による」
そして,日本,イギリス,アメリカにおけるストラディヴァリウスの聴き比べ実験の結果を紹介しています.もちろんいずれも惨憺たる結果だったとのこと
同じ第1章の中で,二大銘器の違いについて次のように述べています
「アントニオ・ストラディヴァリ(1644-1737)の作った楽器=「通称ストラディヴァリウス」と,グァルネリ・デル・ジェス(1698-1744)の製作した楽器=「通称デル・ジェス」では,鳴り方が随分違う ストラディヴァリウス(ヴァイオリン)には強烈な個性が音色と表現力に内蔵されていて,演奏者がその楽器の持つ潜在的な音の美しさと音楽的表現力を,どのようにして引き出すかという点に成功・不成功の岐路がある いうなれば『楽器の個性に演奏者が従うという趣(おもむき)』と称しても過言ではない」
そして,その具体的でわかり易い説明として,ヴァイオリニスト諏訪内晶子が書いた「ヴァイオリンと翔る」を紹介しています 彼女はストラディヴァリウスを手に入れ,楽器との”対話”を通じて1990年のチャイコフスキー国際コンクールで優勝したのです
一方,グァルネリ・デル・ジェスは,楽器の方が演奏家の表現意欲を無理なく引き出す,あるいは,演奏者の意志に素直に応じてくれる包容力のようなものが備わっている,とのことです この楽器の名声を一挙に高めたのが伝説のヴァイオリニスト,ニコロ・パガニーニで,彼は「カノン砲」と名付けられたデル・ジェスを演奏して,19世紀初頭のヨーロッパ音楽界を征服したと言われています
なお,ストラディヴァリはヴァイオリンのほかにヴィオラやチェロも作ったのに対し,グァルネリはヴァイオリンしか作らなかったそうです
第2章「ヴァイオリンという楽器Ⅰ その起源と完成度の高さ」では次のように解説しています
「ヴァイオリンの始祖=発明者には諸説あるが,有名なのはイタリア北部の街クレモナに工房を持ったアマティ家のアンドレア(推定1505-79)が1550年前後に,ほぼ独力で現在のような形状の楽器を作り出したという言い伝えである アンドレア・アマティの作品が画期的だったのは,楽器の表板と裏板の膨らみ(アーチング)と,表板の左右にある響孔(サウンド・ホール)がf字型を成している点にある (中略)これによって,外部に向かって放出される音響特性が飛躍的に向上し,楽器としての強度も増した」
これは意外でした.あのカーブとf字功孔には意味があったのですね
第3章「ヴァイオリンという楽器Ⅱ ヴァイオリンを構成する素材と神秘」では次のように書いています
「ヴァイオリンは,本体を構成する大まかに分けて30余りの,ほとんどが木材を原材料とする部品によって成り立っている 表板に使われている木材は,一般に『スプルース』といわれるヨーロッパ産のマツ科の木材(唐檜),裏板に使われるのは『メープル』つまり楓である」
・・・・・このように章を追って順番に紹介していくとキリがありません 最後に第6章「閑話休題」の中で紹介されたストラディヴァリウスと評論家・小林秀雄にまつわるエピソードをご紹介して終わりにしたいと思います 概要は次の通りです
日本で2番目にストラディバリウスを弾いたのは諏訪根自子(1920-2012)だと言われている 彼女は太平洋戦争前にヨーロッパに留学し,1943年2月,ナチスの重鎮ゲッペルス宣伝相から1722年の作といわれるストラディヴァリウスを贈呈された 同年10月,諏訪根自子はハンス・クナッパーツブッシュ指揮ベルリン・フィルをバックにブラームスの「ヴァイオリン協奏曲」を弾いた ドイツ敗戦後,アメリカ経由で帰国した彼女は1946年10月,帝国劇場で第1回帰朝演奏会を開いた.評論家の小林秀雄もそれを聴いていたが,後に小説家の横光利一との対談で次のように感想を述べている
「先日 諏訪根自子の演奏を聴いて大変面白かった.感動した そして色々な事が考えられたよ.よくあれまでやったものだ.まるでヴァイオリンの犠牲者といったような顔つきをしている.(中略)あの人から楽器を取り上げたら何が残るかね(中略)だが,あのヴァイオリンは偽物だと思うね,ストラディバリウスからあんな固い音が出てくるわけがない 腕が悪いとは思えぬ.18世紀のヴァイオリンの音は少しも出ていない.イミテーションを貰ったと思う.新しい木の音だ.可哀そうな楽器だよ」
これについて中野氏は,
「諏訪根自子と直接話をしたこともあるが,ゲッペルスがユダヤ系の楽器商から略奪したものではなく,ナチスとしては珍しく,正当な対価を支払って購入したというヴァイオリンだったから,彼女は楽器の正当な所有権を主張していた LPやCDの記録には,端正で気品のある音楽が刻まれている」
と述べています
ところが,諏訪根自子の死後,萩谷由喜子さんが評伝「諏訪根自子」を2013年2月に上梓した前年に,根自子の妹・諏訪晶子さんから「あのヴァイオリンは,偽物でした.ただ,それがわかったのはつい近年のことで,姉はそれを知らずに,ストラディバリウスと信じたまま,亡くなりました」という言葉を聞きます.これについて萩谷さんは「この話の裏付けはおこなった.しかしながら,真相は濃い霧の中にあり,世には,晴らしてはならない霧というものもある」と結んでいます
これを読んだ中野氏は「小林秀雄という人物の知的鑑識眼の凄さについて,語る言葉はない」
と感服しています.まさに小林秀雄恐るべしです これを読んだ私の感想は,第1章「ヴァイオリンの価値とは何か」でご紹介した「弾き比べ,聴き比べをしても,楽器を間違いなく判定できる者はいない」という言葉に行き着きます ただし,これには小林秀雄という例外があったということです
この本には,ここで紹介しきれない多くの興味深い事実が書かれています 最近読んだ音楽関係の本の中で一番面白い本でした 楽器を演奏するしないに関わらず,クラシックを愛好する方にお薦めします