17日(水)。わが家に来てから今日で1475日目を迎え、東京都品川区の土地を購入しようとした積水ハウス(大阪市)が偽の地主にだまされて約55億円の詐欺被害に遭った事件で、警視庁捜査2課は16日 偽の書類を法務局に提出して土地の所有権を無断で移転登記しようとしたとして、土地所有者の女性に成りすました職業不詳の女性ら数人を偽造有印私文書行使などの疑いで逮捕した というニュースを見て感想を述べるモコタロです
東証一部上場の一流企業がだまされたって? コンプライアンスはどこにあるのか
昨日、夕食に「鶏の照り焼き」と「トマトの卵スープ」を作りました。「鶏の~」は河野雅子先生のレシピです。簡単で美味しいです
『中央公論』11月号が「クラシックに未来はあるか」を特集しています 特集は①「助成金の先細り、観客の高齢化・・・マエストロと考える危機の乗り越え方」=片山杜秀氏と大友直人氏による対談、②「クラシック音楽家よ、まずは芸人たれ ”立派な芸術”だから必要だなんて言えない」=岡田暁生氏の論考、③「西洋音楽という概念を超えて 新作オペラ『紫苑物語』を世界に問う覚悟」=大野和士氏へのインタビュー、の3つから構成されています
ここでは京都大学教授・岡田暁生氏の論考「クラシック音楽家よ、まずは芸人たれ ”立派な芸術”だから必要だなんて言えない」をご紹介します
岡田暁生氏は1960年京都府生まれ。大阪大学助手、神戸大学助教授を経て現職。著書に「音楽の聴き方」(吉田秀和賞)などがあります 当ブログでも「クラシック音楽とは何か」(小学館)をご紹介しました
岡田氏の論考を超訳すると次のようになります
「コンサートの聴衆の高齢化が言われている 昭和高度経済成長期と比べるとクラシック音楽が斜陽産業であることは明らかだ 私が子供だった頃、あちこちの家からピアノの練習が聞こえてきた どうして戦後昭和の日本人がクラシック教育に熱を上げたかといえば、素朴な『教養』への信仰があったのだと思う 少なからぬ数の人々が子どもにピアノやヴァイオリンを習わせていたとすれば、当時のクラシック産業が途方もなく潤っていたのも当然だった そこには「~かぶれ」的な似非教養主義と紙一重のものがあったし、そもそも人々がこぞって地球の裏側の100年以上も昔の音楽の習得に熱を上げるなど、かなりいびつな状況だったことは否定できない だから今どきの政治家が『クラシックへの補助金など必要じゃない!』といった発言をしても、それを頭ごなしに否定は出来ない自分が確かにいる。少なくともそういう発言に対して、『クラシック音楽は立派なものだから必要だ』という理屈で反論を試みても勝てるはずがないと思う クラシック聴衆層が仮に超高齢化の危機に瀕しているのだとして、何より必要なのは『意地でもオレたちの音楽を聴きに来させてやる!』という気合いのようなものだと思う 敢えて言えば、もっと『芸人根性』のようなものをクラシック音楽家に求めたい。芸術家は芸術家である以前にまず芸人であるはず 例えば、20世紀最大のピアニスト、ホロヴィッツがプライベートでピアノを弾いて好き放題に遊んでいるネット動画があるが、彼は超一流の大道芸人だ 一度耳にした聴き手は絶対に次も足を運ぶ、そんな音楽を聴きたい。お仕事としての音楽はまっぴらだ ただし、音楽家をビジュアル・アイドル的に売ることには絶対反対だ。クラシック音楽はその核に『音楽』があってのものだ。ヴィジュアル面で『芸人』するのではなく、音楽そのものによって『芸』を見せてほしい 個人的な経験を言えば、10年くらい前にドレスデンのオペラ劇場でR.シュトラウス「無口な女」を観たとき、100人のオケと歌手に対し聴衆は50人くらいしかいなかった それでも彼らは『せっかく来てくれたお客さんだから、せめて彼らにはいつにも増して満足してもらおう』という心意気が伝わってくるようなテンションで演奏してくれた 一流の音楽家はお仕事観をまったく感じさせない。彼らは聴衆が少しであっても、『来たお客は絶対に逃さない』と言わんばかりの根性を見せる。そこには『芸術=立派なもの』といった”上から目線”は存在しない。クラシックの未来は明るくない いつ絶滅の時が来ても不思議ではない。そうであるならば、今こそがその時であるかのように、夜ごと美しき刹那の夢を聴かせてほしい」
私がこの論考を読んで一番共感を感じたのは、「一度耳にした聴き手は絶対に次も足を運ぶ、そんな音楽を聴きたい。お仕事としての音楽はまっぴらだ」というフレーズです 私はコンサートを聴いて、その時の演奏が心の底から良かったと思うかどうかについて「もう一度、今の演奏を聴きたいか」という基準を持っていますが、それと同じことでしょう
岡田氏が例に挙げたドレスデンのオペラ劇場での経験と似たようなケースいうことで言えば、つい先日聴いた「オイストラフ弦楽四重奏団」のコンサートがまさにそうでした 聴衆は5割から多くても6割くらいの低調な入りでしたが、最後のメンデルスゾーンを白熱の演奏で終え、聴衆の熱狂的な拍手を受けてアンコールに演奏したバルトーク「ルーマニア民族舞曲」は入魂の熱い演奏で、さらに自国の作曲家チャイコフスキーの曲まで演奏したのでした あの時は 彼らの「来たお客には いつにも増して満足してもらおう」というプロ根性を感じました
昨日、早稲田松竹で「大いなる幻影」と「恋多き女」の2本立てを観ました
「大いなる幻影」はジャン・ルノワール監督・脚本による1937年フランス映画(白黒・114分・デジタル修復版)です
ドイツ軍に撃ち落とされ捕虜となったフランス飛行隊のマレシャル中尉(ジャン・ギャバン)とド・ボアルデュー大尉(ピエール・フレネー)は脱走を繰り返した挙句、脱出不可能と言われる古城の将校捕虜収容所に送られる そこで署長を務めていたのは、かつて2人を撃ち落としたドイツ貴族ラウフェンシュタイン大尉(エリッヒ・フォン・シュトロハイム)だった。同じ貴族階級のド・ボアルデューとラウフェンシュタインは親交を深めていくが、マレシャルやユダヤ人ローゼンタール中尉(マルセル・ダリオ)の新たな脱走計画は着々と進められる ド・ボアルデューがドイツ兵を引き付けている間に、マレシャルとローゼンタールは窓からシーツで作った縄で脱出を図る ド・ボアルデューはラウフェンシュタインの銃に倒れ、マレシャルとローゼンタールは酪農を営む未亡人エルザの家に匿われる マレシャルとエルザはお互いに愛し合うようになるが やがて別れの時がやってくる
この映画はその昔一度観た記憶がありますが、今回あらためて観て、まったく内容を覚えていないことを自覚しました 初めて観たようなものでした
「大いなる幻影(仏題:La Grande Illusion)」は、マレシャルとローゼンタールの会話からとられています マレシャルが「この戦争が終わったら エルザを迎えにここに戻ってくるんだ」と言うと、ローゼンタールは「それは幻影だよ」と返します。つまり、「戦争はそう簡単に終わるわけがない」ということを暗示しています
貴族ということで、最初のうちは仲間から信用されていなかったド・ボアルデュー大尉は、ドイツの貴族ラウフェンシュタイン大尉と心を通わせますが、自分の立場を見極め、最後は自分が犠牲になって仲間二人を逃がします 戦争さえなければラウフェンシュタインは引き金を引くことはなかったし、ド・ボアルデューは死ぬことはなかった ルノワール監督がこの映画を通して言いたかったことは、そうした戦争の不条理だったと思います
ところで、この映画の冒頭近く、マレシャルとド・ボアルデューがドイツ軍の元に連行され、ラウフェンシュタインらと食事をするシーンがありますが、その時レコードから流れたのはヨハン・シュトラウスのワルツ「ウィーンの森の物語」だったと思います 当時オーストリア・ハンガリー帝国はドイツ帝国の同盟国でしたから不思議ではありませんね
「恋多き女」はジャン・ルノワール監督・脚色による1956年フランス映画(99分・デジタル修復版)です
時は20世紀初頭。パリでは7月14日の革命記念日に沸いている。夫に先立たれ財産も底をついた美貌のポーランド公女エレナ・ソロコフスカ(イングリット・バーグマン)は、富豪の実業家マルタン=ミショー〈ピエール・ベルタン)との縁談を進めていた そんな中、パレードの群衆の中で、アンリ・ド・シュバンクール伯爵(メル・ファ―ラ―)と出会ったエレナは、アンリの親友で国民的人気を誇るフランソワ・ロラン将軍(ジャン・マレー)のもとを訪れる アンリとロランとマルタン=ミショーの3人の男たちがエレナに心を奪われる中、彼らの行動はフランスの国家体制を揺るがしていく その運命はエレナの純真な心に委ねられていた
この映画はベル・エポックのパリを舞台に描いた恋愛喜劇です イングリット・バーグマンと言えば「カサブランカ」(1942年)の白黒映画のイメージが強すぎて、カラーで観る彼女はまるで別人に見えました
喜劇なので楽しいのですが、登場人物が多くテンポが速いので追いついていくのが大変でした なお、この映画ではジプシー娘ミアルカにシャンソン歌手ジュリエット・グレコが扮しています。当時彼女は女優としても活躍していたのですね