6日(土)その2.よい子は「その1」も見てね モコタロはそちらに出演しています
昨夕、上野の東京文化会館大ホールで「東京・春・音楽祭2019」の「東京春祭ワーグナー・シリーズ vol.10 さまよえるオランダ人」(演奏会形式)を聴きました 出演はオランダ人=ブリン・ターフェル、ダーラント=イェンス=エリック・オースボー(アイン・アンガーの代演)、ゼンタ=リカルダ・メルべート、エリック=ペーター・ザイフェルト、マリー=アウラ・ツワロフスカ、舵手=コスミン・イフリム。管弦楽=NHK交響楽団、合唱=東京オペラシンガーズ、指揮=ダーヴィト・アフカムです
「さまよえるオランダ人」は、神罰によりこの世と煉獄の間を彷徨い続けるオランダ人の幽霊船があり、喜望峰近海で目撃されるという伝説を元にした、ドイツの詩人ハインリヒ・ハイネの「フォン・シュナーベレヴォプスキーの回想記」やW.ハウフの「幽霊船の物語」にリヒャルト・ワーグナー(1813-1883)がインスピレーションを得て、全3幕8場のオペラに再構成し 1842年に完成、翌1843年に初演されました
オペラのあらすじは、「貞節を捧げる女性が現われるまでは海上を彷徨わなければならないと呪いをかけられたオランダ人の船長は、ノルウェー船の船長ダーラントの娘ゼンタにそれを見い出す 彼女は許婚のエリックを振り切ってオランダ人の船長への貞節を死によって示し、オランダ船は難破して、純愛は天国で成立する」というものです
自席は1階R7列3番、右サイド左から3番目です。会場は9割以上入っているでしょうか
ステージ上にN響の面々が入場し配置に着きます 弦は左から第1ヴァイオリン、第2ヴァイオリン、チェロ、ヴィオラ、その後ろにコントラバスという並び。コンマスはN響ゲストコンマスのライナー・キュッヒル氏です オケの後方には東京オペラシンガーズの男声合唱がスタンバイします
1983年フライブルク生まれのダーヴィト・アフカムのタクトで、このオペラのエッセンスを凝縮したような「序曲」が演奏されます ステージ後方に設置された巨大スクリーンには うねる雲の間から広大な海を航海する帆船の姿が浮かび上がってきます
体調不良により降板となったアイン・アンガーに代わりダーラント(ノルウェー船の船長)を歌うことになったイェンス=エリック・オースボーと、舵手役コスミン・イフリムが登場し第1幕が始まります
イェンス=エリック・オースボーは2011年にオスロ・オペラ・アカデミーを卒業後、ノルウェー国立オペラ・バレエ団のソリスト・サンサンブルのメンバーとして活躍し、モーツアルトからショスタコーヴィチまで幅広いレパートリーを歌っています 実力者アイン・アンガーの代演ということで「大丈夫かな?」と思ったのですが、最初の歌唱を聴いて「これはいける」と思いました。声に魅力のあるバスです 一方、舵手を歌ったコスミン・イフリムはルーマニア生まれですが、明るく声の良く通るテノールでした
次いで、オランダ人役のブリン・ターフェルが登場し「呪いを受け、7年に一度上陸できるが、乙女の愛を受けなければ呪いは解かれず、死ぬことも許されずに永遠に海を彷徨わなければならない」と嘆きます 彼はウェールズ生まれのバス・バリトンですが、今や世界中のオペラハウスで活躍しているワーグナー歌手といっても良いでしょう 深みのある声、ドスの効いた歌唱、説得力があります
第1幕の後、30分間の休憩に入りますが、30分は長いです モーツアルトの交響曲なら1曲を通して聴けます
第2幕は、女声合唱により楽しい「糸紡ぎの歌」が歌われ、ゼンタの乳母マリーが登場します。ルーマニア生まれのアウラ・ツワロフスカは深みのあるメゾ・ソプラノで余裕の歌唱でした
次いでゼンタがオランダ人の物語を歌い上げます(ゼンタのバラード) ゼンタを歌うリカルダ・メルべートはドイツ生まれのソプラノで、1999年にウィーン国立歌劇場にデビューし2005年まで専属歌手を務め、2000年にバイロイト音楽祭にデビューし、2002~05年、07年に「タンホイザー」エリーザベト、2013年~18年に「さまよえるオランダ人」のゼンタを歌っています 日本では新国立オペラの常連で、「コジ・ファン・トゥッテ」フィオルディリージ、「タンホイザー」エリーザベト、「ローエングリン」エルザ、「さまよえるオランダ人」ゼンタ、「ジークフリート」ブリュンヒルデ、「ばらの騎士」元帥夫人、「フィデリオ」レオノーレを歌っています この「ゼンタのバラード」が凄かった メルべートは、オランダ人の物語に没入し彼に永遠の愛を捧げて救うのは自分だと思い込んでいるゼンタその人になっているかのようにドラマティックに歌い上げました このバラードと第3幕の自己犠牲の歌を聴いて、「新国立オペラに出過ぎじゃね?」と若干食傷気味だったメルべートを再評価せざるを得ませんでした 今でこそ、新国立劇場がいろいろな役柄で何度も彼女を招聘する理由が分かるような気がします
さて、第2幕ではその後、ゼンタを愛するエリックが登場し、ゼンタに結婚を迫ります。エリックを歌ったペーター・ザイフェルトはデュセルドルフの音楽大学で学び、世界の歌劇場で活躍するテノールですが、声が良く通り演技も迫力満点です
実は、エリックがゼンタに結婚を迫るシーンでこんな出来事がありました・・・彼が歌いながら振りむいた時、眼鏡が勢い余って外れて飛んでしまったのです Flying Dutchman ならぬ Flying Glasses か と思いきや、飛んだ先が良かった 目の前にいたメルベートの胸の上に無事着陸しました 山高くして谷深し。名前が”眼留ベート”だけに眼鏡が留まります
東京オペラシンガーズの合唱は、第3幕の「水夫の合唱」をはじめ力強く迫力があり説得力を持ちました
最後に特筆すべきはダーヴィト・アフカム指揮NHK交響楽団の演奏です アフカムは後半にいくにしたがって乗ってきたようで、第3幕では踊るような仕草も見せました コンマスのライナー・キュッヒルさんは、指揮者を見て、歌っている歌手を見て、楽譜を見て、あらゆる方面に気を配りながら演奏している姿がとても印象的でした まさにコンマスの鏡です
終演後は会場いっぱいの拍手とブラボーの嵐がステージに押し寄せる中、カーテンコールが繰り返されましたが、私もスタンディングオベーションに参加して大きな拍手を送りました この日の公演は、間違いなく今年の「マイベスト3」に入るでしょう