6日(日).昨日,東京オペラシティ・コンサートホールで2010年の第16回ショパン国際コンクールの優勝者ユリアンナ・アヴデーエワのピアノ・リサイタルを聴いてきました 女性としてはマルタ・アルゲリッチ以来45年ぶりの第1位を受賞し,世界的な話題になりました.
今年1月23日に渋谷のオーチャード・ホールで「2010年ショパン国際コンクール入賞者ガラ・コンサート」を聴きに行きました.その時アヴデーエワは「ピアノ・ソナタ第2番」を弾きましたが,その集中力のある演奏にすっかり魅了され,リサイタルがあったら是非聴いてみたいと思っていました
エヴデーエワは1985年モスクワ生まれで,5歳から若手音楽家のためのグネーシン特別音楽学校で学び,その後,チューリヒ芸術大学で学びました.2003年のブレーメン・ピアノ・コンクール,2006年のジュネーヴ国際コンクールなどでも優秀な成績を収めたということです
プログラムは前半が①ショパン「舟歌」,②ラヴェル「ソナチネ」,③プロコフィエフ「ピアノ・ソナタ第2番」,後半が①リスト「悲しみのゴンドラⅡ」,②同「灰色の雲」,③同「調性のないバガテル」,④同「ハンガリー狂詩曲第17番」,⑤ワーグナー(リスト編)「タンホイザー序曲」です.
プログラムに収録されたインタビューで,彼女は「プログラミングはとても重要です.今回のプログラムは,ショパンから20世紀の音楽へつながる一つの流れを持っています.・・・・こうした異なる作品に共通する流れを見つけて演奏することに,私はとても関心があります」と述べ,1曲1曲の位置付けを解説してています
満員の観客の拍手の中,アヴデーエワが黒のパンツスーツで登場です.”黒”の衣装は45年前にショパンコンクールで優勝したアルゲリッチと同じです.アルゲリッチの場合はロングドレスですが いっさいの色,男女の区別を廃して,”自分の演奏する音楽だけを聴いてほしい”というメッセージを発信しているように思います
1曲目のショパンの「舟歌」が軽やかに始まります.ゴンドラに乗ってヴェネチアの街をトリップしている感じです ここで気がついたのは,後半第1曲目の曲はリストの「悲しみのゴンドラ」.アヴデーエワは前半と後半の最初の曲に共通性を持たせたのでしょう
第2曲目のラヴェル「ソナチネ」は3楽章から成る小さなソナタですが,きらきら輝く美しい音楽です.第3曲目のプロコフィエフの「ピアノ・ソナタ第2番ニ短調」は4楽章から成ります.アヴデーエワの解説によれば「ラヴェルと同じ時代に生きていながら,より現実的でグロテスク」ということになります.彼女はアクセントを付けてプロコフィエフの個性を表現します
休憩時間にロビーに出ると,CD売り場に人だかりが出来ていました.昨年のショパンコンクールの予選から決勝までのアヴデーエワの演奏が収められた2枚組ライブCDが6,000円,ショパンの曲ばかり4曲収めた「東日本復興支援チャリティCD」が3,000円で,コンサー終了後にサイン会があるとの触れ込みもあって,われ先にと買っていました.私はあくまでも”生演奏”にこだわることにして,買いませんでした・・・・・・”本当はお金が無かったんじゃないの”という声がどこかで聞こえてきた気がしますが・・・・・・それ違うから
後半の最初はリスト「悲しみのゴンドラⅡ」ですが,次の「灰色の雲」「調性のないバガテル」「ハンガリー狂詩曲第17番」を,続けて演奏しました.すべて始めて聴く曲でした.「悲しみのゴンドラ」はリストが死の直前のワーグナーを訪ねたヴェネチアからインスピレーションを受けた作品とのことですが,ショパンの「舟歌」とはまったく曲想が異なる深く重い感じを受けました 一方,「ハンガリー狂詩曲第17番」は最初はゆっくりと暗い曲想で始まりますが,徐々にテンポアップしていき圧倒的なフィナーレで終わります.
さて,問題は最後のワーグナー「タンホイザー序曲」です.なぜ彼女はこの曲を選んだのか インタビューの中で彼女は次のように述べています.
「この音楽の中には,完全なる世界があると思います.全人類の感情,思想,希望,あきらめのすべてが入っている.この作品を,今,日本で演奏できることをとても楽しみにしています」
リストによるワーグナーのオペラ「タンホイザー」序曲の編曲ですが,かなり原曲に忠実に編曲しているようです.いつも管弦楽曲としてCDなどで聴いているのとメロディーは変わりません
アヴデーエワは高音から低音まで確かな,しかも気持ちが込められたテクニックでワーグナーの世界を再生します 自席は1階14列1番と左サイドで,彼女の背中を見る形ですが,ダイナミックに演奏する彼女の姿を見ていると,まるでリストが弾いているように見えましたとくに高音が非常にきれいです 演奏は完璧です
「美しい音を出すために何か特別な方法はあるのでしょうか?」というインタビューに対して,アヴデーエワは次のように答えています.
「それは,たったひとつ.頭の中に描いた理想的な音を聴いて,それをピアノで出してゆくだけです.”ピアノを弾く”という行為は2番目のことで,最初にくるのは,作品の理解から音を着想することです.弾く時には,それに従うだけです」
それが出来るというのがすごいと思います 鳴り止まない拍手に応えてアンコールを演奏しました.1曲目はアヴデーエワの生まれた国の作曲家チャイコフスキーの「練習曲作品72-5」.それでも誰も席を立たないので2曲目に得意のショパン「マズルカニ長調作品33-2」を,まだまだ拍手が止まないので最後にショパンの「ノクターンホ長調作品62-2」を詩情豊かに演奏しました
今回のコンサートは,”ショパンコンクール優勝者”のイメージから脱却し,幅広いレパートリーを確実に自分自身のものとして演奏できるオールラウンド・プレーヤーとしてのアヴデーエワのイメージを確立する上で,大成功だったと思います.
久々に”本物のピアニスト”の演奏に接して,心の底から生きていて良かったと思いました