由紀子の20歳の年

2015年12月18日 08時48分41秒 | 創作欄
大澤渓谷の吊り橋は、根雪で凍てつき、山鳴りの度に振るえるように感じられた。
「これが山鳴りなの?」由紀子は耳をすますように傾けた。
肩から滑り落ちそうになったスキーの板を揃え直すために由紀子は立ち止まった。
ストックを身の脇に突きたてたが、その一本が私の前に倒れた、
「日が暮れると寒さが増すのね。底冷えがするわ」
由紀子の地味なグレーの帽子に付いた雪も、氷のかけらになっていた。
彼女の陰りを帯びた瞳が、私の眼前を横切るように注がれた。
由紀子は人目を常に意識するように、落ち着きを失っていた。
大きな溜息が洩れた。
私に対して寡黙でいる由紀子が心を開く時の前触れであった。
「貴方がそばにいると、やはり気になってしょうがないわ。もうこんな気持ち嫌なの」
私の視線を避けるというより、顔を見たくないというような厳しい表情を浮かべ、首を振った。
ロッジへ向かう由紀子の高校時代の女友達とボーイフレンド、そのボーイフレンドの勤務先の同僚の3人が吊り橋の真ん中で、私たちを振り返った。
「羨ましいな。友だちとボーイフレンドとの屈託がない関係」前夜の由紀子が吐露した言葉が私の胸を突き刺すように蘇った。
若い彼らはトランプに興じながら冗談をいっては朗らかに笑い合っていた。
私も由紀子も数年前に流行したスキーウェアを着ていた。
前方を歩く3人は今年流行の揃いのスキーウェアを着込んでいた。
如何にも3人の人影は明るい未来に向かって歩いているようであった。
由紀子は2か月前に、私たちの生命を葬っていた。
由紀子の20歳の年は暗く暮れようとしていた。
やがて世人式を迎える4人の若者たちに、割り込むようにスキー場までやってきた私。
昨夜、由紀子からの突然の別れ話に私はすっかり動顛していた。
妻子ある36歳の男の分別が迫られていたのである。
川底に向かってせり出している深い雪の層に、もはや愛とは表現し得ないような危うい由紀子との崩壊の予感を私は感じていた。

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