うさぎくん

小鳥の話、読書、カメラ、音楽、まち歩きなどが中心のブログです。

村上春樹 街とその不確かな壁

2023年06月17日 | 本と雑誌

新潮社 2023年4月

長編作品の発表は6年前の騎士団長殺し以来だ。村上氏の新作というと、発売日に特別早く開店した書店に平積みにされた本と、インタビューに応じるファン、という映像が朝7時台のニュースで、毎回報じられたりする。

僕も発売当日に買った。買ってしばらく寝かせてから読むのは「1Q84」以降習慣になっている。ほかに今読書中の本があるということもあるし、食事のときいしいものは後で食べる、みたいな気持ちもある。
本作は電子版でも買えるようになったが、やはり単行本で買いたくて。ただ単行本は再読するとき、持ち歩くのがかったるいんですよね。。


以下ネタバレには一定の配慮をしながら書いていきます。
文章の最後に、簡単なあらすじを入れました。

村上氏自身が自分としては珍しいとしているが、本書には作者の「あとがき」がある。
「街と不確かな壁」(1980)は氏の若い頃、中編小説として文芸誌に掲載されたが、作者の納得のいく仕上がりとはならず、単行本に収録されたことはない。
一方このテーマは氏にとって重要なものと捉えておられ、まず数年後に「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」(1985)に形を変えて取り入れられた。
これは一定の書き直しとはなったが、時間の経過とともに、これだけでは「決着」がつけられていないと思うようになったという。
2020年初頭にまず第一部(上記中編の、直接の書き直しに相当する部分)を書き始めた。ちょうどコロナ渦に世間が騒然とした時期と重なる。
これに連なる第二部、第三部は第一部が仕上げられてから半年ほど後に着手された。第一部だけでは完結できないと思われたからだ。

完成させて、このテーマは作者にとって重要なものだったと改めて実感し、ほっとした、と書かれている。


雑誌収録の初期作品は読んだことがないのだが、上記のあとがきから、第一部は最初期の中編の、直接の書き直しに相当するものと思われる。

いち読者(オリジナルは未読だが「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」は、たぶん10回以上20回未満は繰り返し読んだーまあ、あまり普通の読者じゃないかもしれないけど)としては、どうしても「世界の終わり」の表現や設定が身にしみついてしまっている。
なので、「第一部」は随所で違和感が先に立ってしまい、苦労した。

「世界の終わりー」は比較的のびのびと人物描写が描かれている。街の設定に多少の矛盾があるにせよ、読者がその世界観に浸ることに不足はない。
今回の第一部は180ページ(単行本)程度の分量になる。名称は少しずつ入れ替えられているが、少女、老人(=大佐)、門衛(=門番)、影、いずれも人物描写はかなりあっさりしている。簡潔な描写からより詳細な、あるいは違った角度からの描写が描かれるのなら良いが、いちど詳細に描かれていた事実をより簡潔な表現に改められると、なんだかあらすじを読んでいるようで味気がない。物語の骨子は基本的に全く同じだからだ。

第一部が終わり、第二部に読み進んだ時は、なるほど、第一部は「劇中劇」のようなものなのか(と呼ぶには長大だが)、と一度は納得した。しかし、あとがきで作者がそうではない見解を示したことで、この解釈も成り立たないことがわかった。
他方、第二部は近年の村上作品の流れを汲んだ佳作で(というのもおこがましいけど)、なんらかの都合でこの部分だけ読んでも十分に面白い。第三部は一、二部のバインダーとなるもので、一読した限りではそれほど興味深い締めくくりとはなっていない気がする。

第二部は、第一部の物語があることを前提としてはいるが、それにしては第一部の物語展開が長すぎ、重すぎな気がしないでもない。あるいは、第三部の締めくくり方がやや唐突かつ説明が不足している。全体として、どうもバランスが悪いという印象がぬぐえない。

あるいは第二部は「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」の、「ハードボイルドー」に相当する物語なのかもしれない(作者はそう意図していないとは思うが)。この場合も、第一部の相対的な魅力不足が気になる。

ただし、作者の観点から見れば(村上氏はよく作品を書いてしまうと、作品は自分の手元を離れて何を書いたか忘れてしまうようなことを述べている)、あるいは「世界の終わりー」を未読の読者が読めば、また違った捉え方ができるのかもしれない。

とりあえず、もし「世界の終わりー」と本作共に未読の方がおられたら、先に本作を読むことをお勧めする。その順番の方が色々気にならずに済むと思う。



第一部
17歳のぼくはひとつ年下のきみと交際をはじめる。きみは、ほんとうの自分は違う世界に住んでいるのだといい、夢の世界にある壁に囲まれた街のことぼくに語る。そこではきみは図書館に勤めている。
ある日、きみは突然に姿を消してしまう。
やがて私は、きみがかつて語ってくれたその街を訪れてきみと再会し(きみは私の事を覚えていない)、きみの勤める図書館で夢を読む仕事をする。

第二部
私は中年の域に差し掛かり、本を扱う会社に勤めて相応の責任ある地位についていた。ある日突然辞職を願い出て、地方の町の図書館長に就任する。前任の館長が時折現れては引継ぎや各種の指示をしてくれるが、前館長にはどこかしら不思議なところがある。
ある日、毎日図書館を訪れて、熱心に読書をしている少年に声をかけられる。少年は私がかつて訪れた壁に囲まれた街に強い興味を示す。


個人的にはたぶんまた何度か読み返し、そのたび違う感想を抱くのだと思う。
コメント (2)
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