「介護録」とユルユル日記

介護終了、ブログタイトルかえました。

ご挨拶

2014年12月7日をもって私の介護生活は終了しました。

介護中、このblogに毒吐きし、多くの介護仲間さんに助けられました。
過去記事を読むと穴があったら入りたい気分でもありますし、今とは考え方も違うところもあります
身勝手な独りよがりも多々ありますが、そんなあれこれも、介護中の方たちのデトックスに一役かえたらという思いから「介護録」として残しておくことにしました。

今後はユルユルと日常をつぶやきながら時に介護や認知症に対する思いを書いていこうと思います。

タティング

タティングは↓こちらに 写真をアップしていくことにしました。
お暇が出来たらのぞいてやって下さい。
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おバンツその後

2007-02-25 | ●介護録(~2015.2月)
介護メモを振り返ると、失禁が出だしたのは12日。毎晩ではなく、二晩続いたかと思うと、三日四日何事もなくそしてまた二晩…という感じ。

その前後、何があったか…と考えると、整形外科検診、内科受診、どちらもレントゲン撮影などがあった。
デイで吐いたのもこの頃。
そして脳神経外科にまで行くハメになり、ここではMRIをとり、何時間も待たされた。
こういうことが母の状態をおかしくしたと言い切れないけど、潜在意識はストレスためてるかもしれない。
そしてそのあとにショートステイ。

さかのぼると、退院後、私が母と同じ部屋に寝る体制にしてみたり、いろいろ問題があったのでまた離れて寝る形に戻したりと、落ち着かない環境を作っていたかもしれない。
退院後の体調は、やはり環境の変化のせいかあまりヨイとはいえなかった。

…いえ、だから、そのせいで「失禁」といってるわけではないんだけど、妙に進行して見えるのは、そんなことが影響しているのかな~と……いや、ホントに普通に、急に進行しただけかもしれないし…。

ショートから帰った日、翌朝のバンツ洗いは覚悟したけど、布団は守りたいから、とりあえずシーツ二枚、シーツの下にビニルを敷いた。普通ならこのビニールが違和感を伴うとろこだけど、幸い、母は感じない。
実は、ショートから帰って一時間後くらいに、うたた寝した母がその後おパンツをぬらした。
それは失禁というカワイイものではなく、「床におもらし」だった。

……凹んだ…「どうしよう~この先どうなるの~~失禁パツンでは間に合わないかも~~」と。
その晩も翌日の晩もドキドキしなから寝た。翌朝のバンツ洗いだけでなく、床とか、トイレが大変ことになっているかも…と。

でも、結局、無事だった。何もなかった

とはいえ、明日は分からない
一時的なものならどんなにいいだろう…と少しの期待はもっている。でも、もう覚悟もしている。
除菌作用のあるものや消臭スプレーもゲットしたし、後は失禁おパンツと防水シーツが届けばOK…24日到着だと思っていたのに…北海道は遠いな~~~。

もう、床に水たまりがあっても動じないよ
家族介護者ってのは、こうやって経験して、一度は慌て、落ち込み、どうしよう~と悩みながら、なんとなく対応の仕方を覚え、落ち着いていくものなんだろうな…フゥー