私的図書館

本好き人の365日

四月の本棚 4

2003-04-22 23:25:00 | 日本人作家
私が本を選ぶ基準のひとつに、「最初の一行」というのがあります。
本を開いて飛び込んで来る最初の一行。これで当り、はずれの見当をつけます。自分の感性に響くかどうか、ものすごく曖昧な基準ですが、これがけっこう大切だったりします。

さて、今回の作品の出だしは、こんな感じで始まります。


”私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。”


と、言うわけで、吉本ばななの「キッチン」です。

こういうことの言える主人公は大好きです。
だって”この世”でいちばん好きなんですよ。しかも、”・・・だと思う。”って、あなた、そんなに冷静に自分を見つめなくても・・・。
つまり、そういうことが出来て、そう感じられる主人公ってことです。これはもう、読むしかないでしょう。
そこでもう一節、お気に入りのセリフを、


”私、桜井みかげの両親は、そろって若死にしている。そこで祖父母が私を育ててくれた。中学校へ上がる頃、祖父が死んだ。そして祖母と二人でずっとやってきたのだ。先日、なんと祖母が死んでしまった。びっくりした。”


このとらえかたがスゴイでしょ?
普段、私達の心のどこかにある想いを、こうもうまく言葉にできるなんて、さすがプロの技って感じです。

物語は、唯一の肉親を亡くしたみかげが、祖母と仲の良かった雄一と、その母(実は父親)の家に同居することになり、日々の暮らしの中での、三人の交流が描かれていきます。みかげの悲しみを積極的に癒すのではなく、二人がそばにいることが、みかげの心を支えていく。
祖母を亡くした時は、あまりちゃんと泣いていなかったというみかげが、ようやく落ち着いた頃、バスに乗り合わせた孫とおばあちゃんの会話を聞いているうちに、自分が泣いていることに気が付き、自分の機能が壊れたかと思うシーンは感涙ものです。

孤独は強制的にやってきます。
もし、そばに誰もいない時に襲われたら・・・。
そんな時のために、こういう本を一冊置いておくのもいいかも。






吉本 ばなな   著
角川文庫

四月の本棚 3

2003-04-20 21:37:00 | SF
今回はロバート・F・ヤングのS.F.短編集「ジョナサンと宇宙クジラ」です。

・・・宇宙クジラ!

宇宙空間を漂う巨大なクジラ。
その体内には、そこを「新地球」と信じて疑わない人達が住んでいる。

ヤングの筆にかかると、奇想天外な設定も、ユーモア溢れるロマンチックな物語へと変わっていきます。

空飛ぶフライパンにサンタクロース、魔法の窓に教師を売る店。S.F.という枠組みの中で語られる、このロマンチックすぎるほどロマンチックな愛のかたちが、作者の追い求めるテーマなのです。

表題作の他、どれも大好きな作品ばかりなのですが、今回はその中の「リトル・ドッグ・ゴーン」を御案内します。

テレシアターの俳優ヘイズは、酒に溺れ、自暴自棄な生活を送る毎日。そのせいで仕事を失った彼は、勢いに任せて辺境惑星行きの船に飛び乗ります。行き着いた星の酒場で彼が出会ったのは、その酒場でショーをしている女性モイラと、テレポート能力をもつ犬(?)バー・ラグ。
モイラの献身的な看護のお陰でアルコール依存症から立ち直ったヘイズは、バー・ラグを主人公に、モイラと三人で芝居をすることを思い付きます。恋人同士が抱き合おうとする瞬間、二人の間に必ずバー・ラグが実体化するという喜劇が、娯楽の少ない辺境では大当たり。しかし、ヘイズの心にはかつての華やかな生活が・・・

その芝居の評判がやがて中央にも届き、ヘイズは華やかな舞台地球へ。モイラは自分の気持ちを押し殺して、ヘイズを送り出し、辺境の地からバー・ラグと共に彼の舞台を見守ります。
初演の日、ヘイズと相手役の女性が抱き合うシーン。しばらくして、そこになんとバー・ラグが実体化します。しかし、地球までは六千万キロの距離。しかも真空の宇宙空間を通ってきた彼は変わり果てた姿に・・・

ヘイズは華やかな舞台を捨てて、すぐさまモイラのもとに駆けつけます。三人で渡った宇宙の旅こそ、彼の求めていたものだったのです。

最後はもちろんハッピーエンドに収まります。
そして、”三人”は再び宇宙の旅へ。

このバー・ラグがかわいいのなんのって、プロペラみたいに尻尾をぶんぶん振り回して、愛嬌たっぷりのこの生き物は、一読の価値アリです。

ひと時の憩いを望むあなたに、ぜひ。






ロバート・フランクリン・ヤング   著
伊藤 典夫   編・訳
ハヤカワ文庫 

四月の本棚 2

2003-04-20 21:36:00 | 日本人作家
今回は北村薫の「月の砂漠をさばさばと」です。

これ、タイトルなんです。なんか、期待させる題名だと思いません?

9歳のさきちゃんは作家のお母さんとの二人暮らし。毎日をとても大事に、楽しく積み重ねています。自分がかつて歩いて来た道を通って来る娘を見守るお母さんの優しい目と、みつめられる小さいさきちゃん。共に生きる喜びやせつなさ。おーなり由子のほのぼのとしたイラストもすてきな12の物語。

日常の中にある幸せを再確認させてくれるそんなお話しです。

お気に入りは「さそりの井戸」というお話し。
いつも他の虫を食べていたさそりが、ある時、自分がいたちに追いかけられて、井戸に落ちてしまうという、宮沢賢治のお話しをしてもらったさきちゃんが、お母さんに質問するシーン。

「さそりが、(こんなことならせめていたちに食べられた方がよかった)と思うでしょ。」「うん」「神様が(それじゃあ)っていって、井戸から上げて、いたちの目の前に置いたら、さそりはどうするんだろう?」「やっぱり、逃げるんだろうな。」「そしたら、神様は、さそりのこと、(嘘つきだ)って怒るのかな?」・・・さて、お母さんは何と答えたでしょう?

なにげない会話の中に込められた愛情と優しさが、胸の中の湖に新しい波紋を広げてくれます。
な~んにも考えず、アハハ、と笑える物語です。

北村 薫 著
おーなり由子 絵
新潮文庫 

四月の本棚

2003-04-20 21:35:00 | モンゴメリ
第一回目は、モンゴメリの「丘の家のジェーン」です。

モンゴメリといえばもちろん赤毛のアンが有名ですが、訳者の村岡花子先生の名訳と共に珠玉の作品がたくさんあるんです。

そのなかで今回はこの「丘の家のジェーン」を紹介します。

舞台は珍しくトロントから始まります。
父のいないジェーンはうららか街の古い大邸宅で頑な祖母と美しい母と共に重苦しい生活を送っています。しかし突然父からの手紙が届き、プリンス・エドワード島で一緒に夏を過そうといってきます。こわごわ出かけたジェーンは、美しい自然と素朴な人情、そしてなにより父の深い愛情に包まれて丘の上の小さな家でめざましく成長していきます。

モンゴメリの作品らしく、登場する家や家具、料理や洋服が実在感のある描写で生き生きと描かれ、まるで自分がプリンス・エドワード島にいるかのように作品の中に引き込まれていきます。
そしてやっぱり一番スゴイのは子供達の描写。本当にモンゴメリは魔法が使えるんじゃないかと思うくらい上手。ついつい自分の子供時代を思い出してしまいます。そしてなによりジェーンがカッコイイ。
カゴから解き放たれた鳥のように島での彼女は行動力に満ち、小さな丘の家を精力的に切り盛りします。そしていくつかの試練を乗り越えて、ジェーンの夢、父と母と一緒に小さい家に住む結末へと物語は進んでいきます。

使い勝手の良い台所と、保存食の詰まった食糧庫。
暖かい部屋にそこで遊ぶ子猫達。
たまにはうるさいテレビを消して、ココアでも飲みながら、こんな心温まる物語の中にひたってみるのもいいもんですよ。

ルーシー・モード・モンゴメリ 著
村岡 花子 訳
新潮文庫