室井滋さんの本に影響されたわけではありませんが、図書館の近くで見かけた猫。
こんなところにいてもエサはもらえないだろうから、近くの飼い猫かな?
夜、久しぶりに家で映画「耳をすませば」(1995年)を見ました。
スタジオジブリ制作。
近藤喜文監督。
この映画にも図書館と猫が登場します。
室井滋さんも主人公の母親の声で出演。
監督の近藤喜文さんと、古道具屋主人役の小林桂樹さんはもう亡くなってしまいましたが、いい映画は何年経っても面白い♪
さあ、明日も頑張るぞ!
室井滋さんの本に影響されたわけではありませんが、図書館の近くで見かけた猫。
こんなところにいてもエサはもらえないだろうから、近くの飼い猫かな?
夜、久しぶりに家で映画「耳をすませば」(1995年)を見ました。
スタジオジブリ制作。
近藤喜文監督。
この映画にも図書館と猫が登場します。
室井滋さんも主人公の母親の声で出演。
監督の近藤喜文さんと、古道具屋主人役の小林桂樹さんはもう亡くなってしまいましたが、いい映画は何年経っても面白い♪
さあ、明日も頑張るぞ!
今日は午前中は晴れていたのに、夕方からパラパラと雨。
その後にけっこう大きな雷が鳴りました。
雷って光ってから音がするまで、時間のかかることがありますよね。
私はいつも雷が光ると、1、2、3、と心の中で数を数えてしまいます。
小学生の頃からの習慣なんです。
光より音が遅れて聞こえるのは、大気中を進む速度に違いがあるから。
音は一秒間に約340m進むといわれているので、雷が光ってから10秒後に音が聞こえたら、雷はその場所から約3.4km離れていることになります。
この秒数がだんだん増えていくようなら雷が遠ざかっている印ですし、逆に短くなるようなら、自分のいる場所に雷が近づいていることになります。
カミナリ見るの好きなんですよね!
落ちたら停電どころか火事にだってなるし(私の実家は父親が子供の頃にそれで燃えたことがあります)、人間の体に落ちたら命だって失いかねない危険な物ですが、あの稲妻の美しさは他に例えようがありません♪
ちなみにカミナリを「稲妻」というのは、カミナリが稲を実らせると考えられていたから。
稲が育つためには雨は無くてはならない物。昔の人は自然現象と生活(農業)と結びつけて、いろんな言葉を生み出していったんですね。
最近読んだのは、女優室井滋さんが数年前に書かれた本。
『マーキング ブルース』(メディアファクトリー)
猫好き、動物好きという室井滋さん。
エッセイの後に、そのお話に誘発されたかのようなちょっとした物語が続き、それが交互に展開するという構成。
正直小説部分には設定の荒さを感じる時もありましたが、猫への愛情はとても伝わってきました☆
ひとり暮らしの女性が眺めるのは、ペットも一緒に埋葬してくれるという霊園のチラシ。
ペット専用の火葬業者。
マンションの部屋にいくつもの骨壷を並べて懐かしむ女性。
人間の言葉を理解し、飼い主を心配する猫。
野良猫の矜持。
喫茶店のマスターと猫。
猫にブラジャー?
霊も見えるの?
浮気相手と同じ名前??
猫と人間の、ちょっと不思議な物語。
猫には超自然的なところがあると、マンガ家の大島弓子さんも書いていますしね♪
面白かったです。
あと本屋さんで購入したのが、私の大好きな作家、パトリシア・A・マキリップの魔法と森と鍋洗いの物語。
『アトリックス・ウルフの呪文書』(創元推理文庫)
アトリックス・ウルフとは伝説の魔法使いの名前。
お城の台所で料理人や串焼き係りの間を縫うように這い回りながら、こげたり汚れたした鍋を集めて回る少女、サローのキャラクターにひと目ぼれしてしまいました。
マキリップの書くキャラクターってどうしてこんなに魅力的なんだろう?
サローとは「哀しみ」という意味。
裸で薪の山の脇でふるえているところを見つかり、ひとこともしゃべらず、猫たちと眠り、一緒に食事を与えられたため、誰もが「サロー(哀しみ)」という名前以外思いつかなかったという…
まだ読みかけなので、続きが楽しみです。
アウトレットモールに買い物に行って来ました。
試着室でシャツのサイズを確かめていると、ガチャガチャとドアノブの動く音。
扉にカギはあったのですが、まさか開けられるとは思っていなかったので、カギはかけていなかったんですよね。
あわてて手を伸ばしたものの一歩遅く、ドアを開けて中をのぞいてきたのは小さなクソガキ…もとい、小さな男の子。
その子は私と目が合うと、つまらなさそうに無言でドアを閉めました…
何だいまの!?
女性もたくさん利用していたからお母さんを探してた?
全部開けて?
いやいやいや、それはいろいろ問題あるでしょ。
子どもの行動には驚かされますね(苦笑)
そのお店は試着室が10部屋くらい並んでいたのですが、土曜日ということもあり、お子さん連れでけっこう混雑していました。
店内に響き渡る泣き声と叫び声。
あの興奮して思いっきり高い声で叫ぶのは何でなんでしょう?
中には子どもに「何でたたくの? お母さんすごく痛かったよ!」とすごく理路整然と自分の被害を訴えているお母さんもいました。
気持ちはわかる。気持ちはわかるけれど、言ってきかないからやっかいなんだよ(笑)
喫煙所には手持ち無沙汰なお父さんの集団。
中には店の中であれこれ品定めしている女性にしびれを切らし「外で待っているから」といってさっさと出て行く男性もいました。
ま、よくある光景ですね♪
私はあれこれ試着してみたものの、結局何も買わずに帰って来ました。
アウトレット品といっても値段がね。
まだまだ私なんかには手がでません。
帰りに取り寄せてもらった本を受け取りに地元の図書館へ。
ずっと絶版で手に入らなかった、モンゴメリの初期の作品『果樹園のセレナーデ』(村岡花子 訳)がようやく見つかったんです!!
やっと、やっと手に取ることができました♪♪
内容は読んでから紹介したいと思いますが、私が驚いたのはその値段!
文庫本で280円。
安い! 安すぎる!!
最近じゃ文庫本でも平気で千円とかするのに、280円で100年以上昔のカナダの小説が読めるなんて!
図書館の蔵書なので返さなきゃいけないのが非常に残念です。
何万円もする服よりも、私はやっぱりこの280円の本の方がいいな☆
台所仕事をこんなに楽しそうに書く作家さんを私は他に知りません!
角川文庫が挑戦しているモンゴメリの新訳シリーズ。
『銀の森のパット』の続編にして完結編。
『パットの夢』 (角川文庫)
を読みました。
プリンス・エドワード島の銀の森屋敷で暮らす主人公のパット。
前編『銀の森のパット』では7歳から18歳までのパットの成長が描かれましたが、今回の『パットの夢』では、パットは20歳になっています。
屋敷のかたらわらにある美しい白樺の林が、夜になるとまるで銀の森のように輝くことから「銀の森屋敷」と呼ばれるようになったパットの生家。
その白樺も、周りに生えている木々や草花も、小川やちょっとした野原も、そして何より「銀の森屋敷」のすべてを愛してやまないパット。
親友を病で亡くし、幼なじみで兄妹のような青年ジングルもまた、遠くに去ってしまっています。
それでもたくさんの猫に囲まれ、アイルランドなまりのあるばあや、ジュディの幽霊話に耳を傾け、年頃になった妹のたずなをしっかり引きしめながら、銀の森屋敷を切り回すパットの生活は充実していました。
…このまま、何も変わらなければいいのに。
しかし、人生はそうはいかないもの。
延々とお客様に出す料理やクリスマスの準備に追われる描写が続くと、ついていけない読者がいるかも知れません。
近所のウワサ話や、結婚式の衣装の話なんかは、普段サスペンスやアクション小説に慣れ親しんでいる方は、物足りなく感じるかも。
木々の美しさや、夕焼けの訪れた瞬間の描写、月の出るのを見るワクワク感というものが、これでもかこれでもかと随所にあふれかえっています。
この自然描写と細々とした人間描写がモンゴメリの真骨頂!!
これが楽しめないって人はとても彼女たちの「腹心の友」にはなれません。
60歳近くまで独身だったトムおじのロマンス♪
伯爵夫人をもてなすことになったパットのあわてぶり!
ジュディの里帰りの話や、パットの兄シドの選んだ結婚相手。
そしてもちろんパット自身の恋愛話も、ひとひねりもふたひねりもしてあって、もうハラハラしたり吹き出したり、じれったくてやきもきさせられます。
何より前作であんなにパットと意気投合していて魂の双子みたいだったジングルが、物語後半までちょっとしか出てこないなんて!!
今回は美しく成長したパットの妹、カドルズ(レイチェル)も物語に大きくかかわってきます。
なかなか決まった相手ができないパット。
親戚は半ばあきらめ、周りは哀れみの目で見る始末。
しかしパットは銀の森屋敷を離れることなど考えもできないし、それでいいと思っています。
そう自分でも思っていたはずなのに…
どこにでもあるような町、どこにでもいそうな人々、そして誰にでも起こりそうな出来事。
特別なことは何もありません。
でも、モンゴメリの物語を読むと、特別じゃない人なんてこの世の中にはいないんだって気になってきます。
日が昇り、朝食を用意し、働き、夕日を眺める。
暖かい台所での会話。
近所のウワサ話。
男の子たちの話に、昔のぞっとする話に、口の減らない親戚への愚痴。
そんな中で、窓の明かりや、夜の風や、木々のざわめきにふと目をやり、耳を傾ける。
それは誰にでも訪れる特別な瞬間…
ずっと読みたかった作品なので、楽しみにしていたのですが、その期待を裏切らない面白さでした☆
何だか自分の実家にあった大きな防風林が切られてしまった時の、何ともいえない寂しさを思い出してしまいました。
その時はまだ未成年で、父親の決めることに意見をはさめる立場じゃなかったのですが、私にとってはあの木もふくめて「家」だったんですよね。
自分と共に生きてきたみたいなところがあって、悲しかったなぁ~
「銀の森屋敷」や木々を愛するパットにも、悲しい別れが待っています。
そして、そこに現れるのは…
とてもいい読書ができました☆
TVで伝えない被災地の様子。
津波で何もかも流された場所を、暴走族のような爆音を響かせて走るバイクがいます。
カップルはどんな時でもイチャイチャしています(笑)
私はいいと思うんですよ。
うっ積したエネルギーをバイクに乗って晴らしたい気持ちもわかるし、たとえ背後に被災した風景が広がっていたとしても、デートの定番っていったらやっぱり海岸を二人で歩きたいだろうし。
もっともバイクで暴走するエネルギーがあったら、よっぽどボランティアに引っ張ってきてガレキ拾いをやらせようかとも思いましたけどね。
宮城県七ヶ浜町の美しい浜辺。
この海があふれてきたんですよね…
5月21日に日本各地で観測された月が太陽の前を横切る金環日食。
ここ七ヶ浜町でも観測されたということで、TVで紹介されていました。
地震も津波も金環日食も自然現象の一つ。
地球から月までの距離は38万4千km、太陽までの距離は1億5千万km離れているそうですが、数字が大きすぎてちょっと実感できません。
ちなみに地球の直径がおよそ1万2千7百kmです。
ボランティアが一日かかって集めた細かいガレキがこんな感じ。
自然の力の前では人間の力なんて小さなものですが、まったくの無力というわけではありません。
小さな一歩一歩ですが、確実に前に進んでいます。
作業は大変ですが、声をかけあったり、バケツリレーをしたり、できるだけコミニュケーションを取りながら、時には笑いも入れながら、みんなが作業をできるようにリーダーや地元のボランティアの方が気を遣ってくれたりします♪
あまり必死になって根をつめると、かえってケガをしたり日射病になったりするんですよね。
高校生や初めてボランティアに参加した人なんかは、頑張りすぎちゃうことがけっこうあるんです。
今回一緒にボランティアをした70代の男性は、「ボランティアに来るような奴は変わり者だよ」と笑いながら言っていましたが、世界の人口は70億人もいるんですからね、その一割が変わり者だったとしても、7億人もいる。
日本の人口より多い!
私は全然変わり者だなんて思っていませんよ(苦笑)
その男性も、そう言いながら自分は何回もボランティアに来ているわけですし☆
被災地支援といっても、様々な取り組みがあります。
現地でガレキの撤去をしたり、お弁当を配ったり、子供たちに本を読み聞かせたり、自分の特技を生かしてアロマセラピーだとか、ネイルボランティアだとか。
東北の物産を買ったり、義援金という形で募金したり。七ヶ浜では土のう袋が足りないということで、HPで寄付を募っていますが、そうした震災関係のHPもたくさん立ち上がっています。
直接そういう所で何かをしなくても、普段の生活の中でちょっとだけ意識するというのも私は支援だと思います。
気にかける。
自分の家族や友人や隣近所の人のように、少しだけ気にかけてもらえれば、それが「最近元気にしてる?」という電話程度のものでもいいので、意識の片隅にでも置いてもらえれば、きっとどこかで形を変えて被災者の方に届くと、私は思っています。
私が今回たまたまボランティアに行くことができたのは、家族が元気で、職場に理解があって、現地で受け入れてくれる場所があったからです。
海岸でデートしていたカップルのように、今が微妙な時期、という相手がいたらそっちを優先していたかも知れません(苦笑)
人間ですから、人によっていろんな考え方があります。
次は私の方が助けてもらう立場になるかも知れませんし、経済が破綻して世界恐慌になるかも知れませんし、明日世界の終りが来るかも知れませんしね。
今回一緒にボランティア活動に参加した東南アジア在住の日本人女性は、自分の目で見た光景を帰って周りの人たちに伝えると言っていました。
頼りなさそうな見た目に反して、泥だらけで頑張っていた青年は、震災以降、自分の仕事や生き方につても考えるようになったともらしていました。
ひとりでやって来て何日もプレハブの宿泊施設に泊まり、ボランティア活動に従事していた女性は、多くの人とこんなに話をしたのは初めてだったと語り、笑顔で帰って行きました。
たった三日間の付き合いでしたが、私にとっても忘れられない三日間になりました。
またふるさとが増えてしまった(笑)
サン・テグジュペリの「星の王子さま」じゃありませんが、こうして関係ができてしまうと、もう無関心ではいられないんですよね。
砂漠のキツネが王子様に言います。
あんたはオレにとって十万の男の子のうちのひとり。
オレはあんたにとって十万のキツネのうちの一匹。
だから、オレはあんたがいなくたっていいんだ。
あんたもやっぱり、オレがいなくたっていいんだ。
だけど飼いならされたら、あんたはオレにとって、この世でたったひとりのひとになるし、
オレはあんたにとってかけがえのないものになるんだよ…
「飼いならす」=「絆」ってことなんでしょうね。
長々と書いてきましたが、ボランティア報告はこのくらいにして、私も普段の生活で頑張りたいと思います。
読んだ本もたまってきましたし(笑)
あらためまして、今回お世話になった七ヶ浜の皆さん。
本当にありがとうございました。
被災地の一日も早い復興を、心よりお祈り申し上げております。
体に気をつけて、頑張って下さい。
いつかまた、必ずたずねて行ますからね☆
昨年、2011年の5月に岩手県の被災地を訪れてから、一年ぶりの東北地方。
当時はまだ自衛隊や警察車両がたくさんいて、ガレキを積んだトラックがひっきりなしに走っていました。
まだ行方不明の方が多くみえた時期で、津波で沼地のようになってしまった場所に長い棒を差して捜索している現場を何度も見ました。壊れた家屋、骨組みだけになってしまった鉄筋建築、つぶれて転がっている車の多いこと。そして車両につけられた遺体発見現場を表す×印。
今回訪れた宮城県の七ヶ浜町では、大きなガレキは片付けられていましたが、その作業も今年に入ってからようやくやってもらえたと、地元に住むボランティアの方が言ってみえました。
津波の被害にあった広大な田畑は、細かいガレキまで取り除かないとそのままでは到底使えません。GW(ゴールデンウィーク)を過ぎて、ボランティアの数が減っているのではと心配していましたが、多くのボランティアの方が集まってみえて、ちょっと安心しました。
昨年見たボランティアセンターの活気と復興にかける人々の意気込みは、ここ七ヶ浜のボランティアセンターでもまったく衰えていませんでした。
でもそれは、ボランティアを必要とする被災地の現状が、昨年と変わっていないということでもあるわけです。
七ヶ浜ボランティアセンターの内部に掲げられた、寄せ書き。
その正面玄関と、玄関横に置かれたボランティアセンターのマスコット(?)、ウサギの「シャンティ」と「アロカ」♪
ウサギは暑さでグッタリしてました(苦笑)
動物がいると、ずいぶん癒されます☆
ボランティアセンターのほとんどが公共施設を間借りして作られた急ごしらえのため、トイレや水道設備が十分ではありません。
作業現場でも多くの場所で水が使えないので、道具やカッパを洗うのにも苦労します。
雨の日の作業現場。
みんな泥だらけです(苦笑)
でも大丈夫。並んで待てばトイレも水もちゃんと順番が回ってきます。水道や電気が寸断され、水道局の職員や自衛隊が水を配っていた昨年とは、ここが大きな違い。
でも、こんな風景もまだあちこちで見られます。
車やガレキが山と詰まれた景色。
ずっと遠くに松林が映っていると思いますが、ガレキの山はあの松林を隠してしまうほどの高さです。
これはさすがにボランティアではどうにもできない。
「東京の街にこんなガレキがあったら、一年間も放っておきますか!」とTVで訴えていた方もいらっしゃいましたが、その気持ちもわからないではない景色でした。
心と体の復興。
七ヶ浜のボランティアセンターでは、有志による「からだ復興支援隊」という活動をしてみえました。
これは仮設住宅などで、被災者の方にマッサージを受けてもらい、体のケアを行うという活動。
みんなが困っている状況の中で、なかなか自分のことは口に出せないという被災者の方もみえて、マッサージを受けながら、思わず出た愚痴を聞いたり、ポロリとこぼれた本音、いま困っていることなどを、本来の支援活動に活かしたりしているそうです。
愚痴を言えるくらいの元気がある方がいい…そういう言葉が紹介されていました。
なかなかすすまない復興の動きの中で、肉体的にも精神的にもギリギリのところで生きている人たちがいる。
直接の被災者の方はもちろんですが、友人や知人を亡くされた方。職場の仲間や、教員をやっていて教え子を救えなかった方。地震以降、何となく気持ちが沈んでしまうという人まで含めて、心と体の復興も必要なんだと、改めて思いました。
情に流されれば人は弱くなり、正義を行おうとすれば頑(かたく)なになり、礼儀を重んずればそれはへつらいになる。
仙台を治めた伊達政宗は、遺訓としてこう言い残しています。
気を長く、心穏やかにして倹約すること。倹約とは不自由を忍ぶことなり。この世に客として生まれてきたと思えば、これを行うことに何の苦労もない。
思いつめない。感情に押し流されない。自分の固くなった心をもみほぐし、力を抜く。
正宗公の意図とはずいぶん違う解釈かも知れませんが、不安や悲しみの中でさえ、まだまだ元気や勇気をもらえることはいっぱいあるんだと、ちょっとでも思ってもらいたい。私にできることはささいなことですが、そんな気持ちでいます。
私なんて、歴史好きだから正宗公の騎馬像を見ただけで盛り上がったりします♪
人間の心には、いろいろな感情が同居していて当たり前。
それは大切な感情を忘れてしまったわけではなくて、自然なことであり、そうした何もかもひっくるめて自分なわけですから。
作業が終わって慌ててバスに飛び乗り、何とか見てきた仙台城跡の伊達政宗騎馬像です!
う~ん、カッコイイ!!
宮城県でのボランティア活動三日目、最終日。
二日間の野外活動で日に焼けて顔が真っ赤になったので、クリームを塗っての現地入り(笑)
いやぁ、東北をなめていました。
半そでを着ている人なんていないし、朝晩も寒しで、油断してしまったんです。
気になる方は日焼け止めが必要かも。
すごく健康的な顔にはなります♪
最終日は田んぼのガレキ撤去。
燃えるゴミ、燃えないゴミ、ガラス類に分別して、小さな山を作っていき、最後に土のう袋に詰める作業をしました。
この作業を何回か繰り返し、表面の土をおこして、何日もかけながら異物が無くなるまで続けます。服のタグのような小さな布切れから、細かいガラスの破片まであるので、人海戦術でやるしかありません。
震災から一年以上が経ち、仮設住宅ができて生活はしていけるようになったが、生活の基盤がまだ何ともならない。そういう話も聞きました。
塩水をかぶりガレキだらけになった農地。地盤沈下で港としての機能を失った漁港。高台への住宅地の移転も、新しい防波堤や避難道路の建設も、まだまだ計画段階。
片付けられたガレキの持って行き場所も決まっていません。
ボランティアに参加された方の中にも、「思った以上にすすんでいない現状に驚いた」ともらした方がずいぶんいました。
今回、私は宮城県は七ヶ浜という、日本三景のひとつ、松島のちょっと南に下ったところにある場所でお手伝いをさせてもらいました。
海水浴場として賑わう美しい海岸が有名で、松島湾に浮かぶ島々ものぞむことができます。
町はそんなに大きくないそうですが、地震による津波で100名以上の方が亡くなり、今も千人を超える方々が仮設住宅で暮らしてみえるそうです。
私たちが作業をしていると、親子連れの地元の方が通りかかり、小さな女の子が「頑張れ」と応援してくれました(笑)
一瞬で疲れが吹き飛びましたね♪
人間って不思議にできていますね。
こんなことで頑張れるんです。
三日目もケガ人も体調を崩す人も出さず、無事に作業は終わりました。
現在、宮城県から自宅に戻り、この日記を書いています。
さすがに疲れましたが、たくさんの人と出会い、いろいろと目にして、多くのことを学んだ三日間でした。
まだまだ書きたいことがたくさんあるので、しばらくこの三日間のことを書きたいと思います。
作業後の時間を使って、伊達政宗公の有名な騎馬像も見て来たんですよ♪
仙台に行ったら、絶対に見たいと思っていたんです。
宮城県の皆さん、お世話になりました。
「仙台駅はどちらですか?」と運悪く不案内な私に道をたずねてこられたおばあちゃん、無事に駅にはたどり着けたかな?
また必ず、訪ねてみたいと思っています。
ありがとうございました。
宮城県でのボランティア活動二日目。
今日は神戸から来られた方々と、野球部だという高校生の団体と一緒に、畑のガレキ撤去を行ないました。
いや~、高校生は元気元気!
日中はけっこう気温が上がったのですが、機敏に動いてくれて、作業がずいぶん早く進みました。
働き手としても大助かりですが、まずボランティアに来てくれた、その持ちが嬉しいじゃありませんか。
海岸まで歩いて5分のその畑の回りには、家屋の基礎部分だけになってしまったかつての家の痕跡が並んでいます。
その残されたコンクリートの基礎でさえ、土台がえぐられ、ひび割れて、ところところがもぎ取られてしまっています。
そのくせ、すぐ近くの高台を見上げれば、被害を免れた家々を見ることができるんです。
普通に洗濯物が干され、普通にガレージに子どもの自転車が置かれていて、そこだけ切り取ればごく普通の高台の風景。
目の前に広がる土台だけになってしまった風景との落差に、運命を分けた境界線みたいなものを感じて、とても割り切れない、持って行きようのない憤りを感じてしまいました。単純に、土地の高低差の問題なんでしょうが、そうした分かり切った答えじゃなくて、現実と感情の間を埋める何かが欲しい。私でさえそう思ってしまいます。
東北出身のお笑いコンビ、サンドウィッチマンのブログをチェックしているのですが、そこに、震災でお子さんと奥さん、そして奥さんのお腹の中にいた赤ちゃんを亡くされた同級生が、「子供に会いにいってくる」と書き残して、自ら命を絶ってしまったという文章がアップされていました。ブログに書くかどうかには躊躇するところがあったそうですが、現実として、いろいろな思いを込めて、その一家のことを書かれたそうです。
ボランティアの現場では、繰り返し注意されることがあります。
怪我や日射病についてはもちろんですが、まず第一に被災者の方の心情を考慮すること、作業風景を記録するための写真撮影はいいが、仲間うちでふざけて記念写真を撮ったり、野次馬的な興味で壊れた家などを撮影しないこと、ガレキといっても、持ち主にとっては大切な生活用具だったのだから、何ひとつおろそかに扱わないこと。ボランティアに来てやっていると思わず、お手伝をしているという気持ちを忘れないこと。
文章にしてしまうと何だか堅苦しいですが、難しくはありませんし、度を越さない程度には冗談を言ったりして、和やかな雰囲気で作業はしています。
自身も被災された地元のボランティアの方が、率先して笑わせたり、コミュニケーションをはかろうとしてくれたりするんです。すごいなぁと思ってしまいます。
若い人もたくさん参加していて、現場では使ったりしませんが、バスの中とか、ボランティアセンターに帰ってからは、結構な確率でスマートフォンなんかを開いていて、そこはいま時の若者だなぁという感じ(苦笑)
ピアスをした男の子や、タトゥーを入れたり、ファショナブルな私服を着た子もいますが、作業着をドロだらけにして働き、時に被災者の方の話に涙したりして、すっかり感受性のしなびてしまったこちらが驚く場面もしばしば(笑)
若い人からもいろいろ学ぶことが多いです☆
残すところあと一日。
本当に短い期間しかお手伝いできなくて心苦しいのですが、せーいっぱい頑張ろうと思います。
宮城県でのボランティア活動一日目。
小雨の降る中、田んぼのガレキ拾いを行いました。
ガレキ撤去じゃなくてガレキ拾い。
その田んぼはもう何度もボランティアの手が入っていて、細かいガレキしか残っていないのです。
細かいガレキが拾いつくされたら、試験的に作くつけをやってみるんだとか。
海水に一度浸かっているので、難しいとは思いますが、その地域では第一号となるため、まずは一歩を踏み出すお手伝いになるはず、とリーダーの方がおっしゃていました。
リーダーといっても、ボランティアの中から推薦や挙手で選ぶだけで、別に資格やなにかがあるわけではありません。みんな素人。自分にできることを積極的に出し合って、あとは周りのみんなでフォローする。いわば、家族で何かしなくちゃいけない時と同じ。引越しやお葬式など、家族みんなで協力しなくちゃいけない状況。この一大事をなんとか乗り切らなくちゃならない。一家の大黒柱はいるけれど、グイグイ引っ張っていくタイプもいれば、周りから突っ込まれながら進むタイプもいるわけです(苦笑)
今回も多くの方がボランティとして参加しています。
10回以上という自称ボランティア病という方から、初めて参加する方、海外で暮らしていてどうしても日本のことが気になってやって来たという方に、娘たちがボランティアに参加して、その影響で自分もやってみようと思ったというお母さんたち。
立場や年齢の違う様々な人間が、一緒に働き、汗と泥まみれになって、誰が誰だか分からなくなりながら活動しています。
ずいぶんキレイになったところもありますが、受け入れ先のないガレキが山と積まれていたり、重機がはいって整地している場所もありました。
まだ農地しか見ていないので、住宅街がどんな様子なのかは分かりません。
観光に来ているわけではないので、割り振られた場所で頑張るだけです。
あ、でも仙台名物の牛タンは食べましたよ♪
お金を使うのも復興協力ですからね。
美味しかった~♪♪
川上未映子さんの書く小説に興味があって、どれから読もうかと迷っていましたが、とりあえず芥川賞受賞作から読んでみました。
川上未映子 著
『乳と卵』 (文藝春秋)
ミュージシャンとしても活躍されている彼女。
詩集、『先端で、さすわ さされるわ そらええわ』で中原中也賞も受賞しています。
まぁ、そういうことは横に置いておいて、小説として単純に面白かった♪
大阪弁ということと、ダラダラと続く文体に、いい意味で内容がマッチしていました。
思春期といってしまえばそれまでですが、母親との関係がうまくいかず、自分の体の変化に母親と同じ女を感じとまどう姪っ子。
離婚し、40代で大阪のスナックで働きながら、女手一つで娘を育て、豊胸手術を受けるという姉。
姪っ子は母親と口をきかず、ノートによる筆談がコミニュケーションの手段。
主人公は東京の自分のアパートに、そんな二人を泊め、食事をしたり銭湯に行ったりします。
乳と卵。
女性という「性」を描きながら、とくに気負ったところもなく、日常の中で誰もが感じるその時々の感情や、ふっと頭をよぎる思いを、言葉にして並べていったような作品。
その抽出の仕方が、とてもセンスがあると感じました。
前半はちょっと読みにくかったですけどね。
酔っ払って、自分に口をきいてくれない娘に本音をぶつけてしまう母親の言葉が、それはもう言葉にもなっていないんだけれど、すごくリアルで、きっと作者にも同じような体験があるんじゃないかと思ってしまいました。
芥川賞を受賞した当時はマスコミにも取り上げられ、作者自身がよくTVでインタビューに答えたりしていて、その受け答えが魅力的だったので、興味がわいたんです。
なかなか読む機会がなくて、こんなに時間がかかってしまいました。
他の作品も読んでみたくなりました☆
いろいろ同時進行しているので何だか忙しい…
仕事も、プライベートも、図書館の本とか、買わなきゃいけない物なんかもあって。
読書なら同時進行でも5、6冊は平気なんですけどね♪
週末に宮城県でボランティア活動に参加してこようと思っているので、その準備なんかで。
今回は寝袋の必要もなく、去年に比べたら恵まれた条件なんですが、やっぱりグルグル考えてしまい、落ち付かないんです。ダメですね。頭なんか放っておいて、飛び込まないと。
図書館で借りた本も、返却期限が気になってちょっと無理矢理読んでいる感じ。
これも慣れなんでしょうが、夏休みの宿題みたいに、期限が限られちゃうととたんに読む気が無くなるみたいです(苦笑)
図書館で借りた本があるのに、本屋さんで買ってしまったのは、映画監督、宮崎駿さんが児童文学のオススメ名作50冊について推薦文を書いた、
『本へのとびら ―岩波少年文庫を語る』 (岩波新書)
サッカレイの『バラとゆびわ』、ジャンニ・ロダーリの『チポリーノの冒険』、映画「借り暮らしのアリエッティ」の原作『床下の小人たち』や、アニメで有名な『ハイジ』、『日本霊異記』、韓国の民話を集めた『ネギをうえた人』
その他、翻訳家の石井桃子さんや、「グリとグラ」でおなじみの中川李枝子さんについても語ってみえます。
アニメ監督だけあって、挿絵にも詳しいのですが、私が一目で気に入ったのは、ファージョンの『ムギと王さま』で紹介されている絵。
大きな本棚のある部屋で、月の光(?)に照れされながら、子供が顔をうずめるように本を読んでいる挿絵が紹介されているのですが、それがとってもいい♪
児童文学とは…「生まれてきてよかったんだ」というもの。
そう語る宮崎監督ですが、東日本大震災の後に出版されたこともあり、「三月一一日のあとに」という章では、自分の父親や戦争体験を語りながら、生きていくのに困難な時代の風が吹き始めた、と書いています。
そのなかで、自分たちは正気を失わずに生活をしていかなければなりません。
以前の生活を取り戻すことはもう出来ない、という覚悟。
放射能を含んだ風が木々をゆらし、世界を駆け巡っていく現実。
「正常に戻るんだ」「もとに戻るんだ」とさかんに叫ぶどこかの政府は、まだ現実が受け入れられないでいる。
だから必死になって再び原発を動かそうとする。そうすれば世界が元に戻るとでも思っているかのように。
「子どもにむかって絶望を説くな」
生まれてきてよかったんだ。
生きててよかったんだ。
生きていいんだ。
というメッセージを、子どもに対してのエールとしておくりたい。
「この子たちが生まれてきたのを無駄だと言いたくない」
宮崎監督の、こんな言葉が印象に残りました。
子どもが周りにいないと、そういう気持ちをすぐ忘れてしまうんですが…(中略)
…子どもたちが正気にしてくれるんです。
『ホビットの冒険』『ゲド戦記』『ツバメ号とアマゾン号』『長い冬』といった、私も読んだことのある作品から、まだ読んだことのない作品まで。あらすじというより、宮崎監督の感想で紹介されている名作の数々。
宮崎監督がこの本を読んでオランダに行きたくなったという、ドッジの『ハンス・ブリンガー』なんてとっても読んでみたくなりました☆
児童文学の多くは「やり直しのきく物語」なんだそうです。
人間は、間違いも多いけれど、間違ったら、その間違いを繰り返さないようにやり直す。
次の世代が、新しい世の中を作っていけるように、間違いを彼らに残さないようにするのが今を生きている者の責任…
忙しいのにまた読みたい本が増えてしまいました(苦笑)
わたしなんてどうせ役に立たない。
迷惑をかけて邪魔になるだけ。
何もできないなら、何もしないほうがマシ。
マイナス思考でグルグル考えて、結局「何もしないこと」の言い訳を探している自分がいます。
グルグル考えることにも疲れてしまい、それだけでもう十分悩んだ気になってしまう。
わたしもこんなに悩んだんだから、きっと許してもらえるよね…
その言い訳の裏に隠れているのは、不安や恐れ。他人に迷惑をかけることじゃなくて、他人を失望させることで自分が傷つことを恐れている。
役に立たない=自分はホメてもらえない、楽しめない。
迷惑をかける=自分が嫌な思いをするかも。恥ずかしい思いはしたくない。
何もできない=自分が傷つくくらいなら何もしないほうがマシ。
自分、自分、自分。
自分を言い訳で納得させても、傍から見たら指一本動かしていない自分。
本当は、「そこにいるだけ」でいいって場合もあるのに…
立花貴さんという人が書かれた本を読みました。
現在40代の彼は、東日本大震災で被災した母と妹の安否を確かめるため仙台へ。その後、宮城県を中心に支援活動に取り組み、今は地元の漁師の方々と会社を興し、事業家兼見習い漁師として、被災地から新しい町づくり、働き方を発信し続けている人です。
「グッとくる仕事をする」
もともと仙台出身の彼。有名商社に就職し、5年で会社を辞めると宣言し、その言葉通り退社して自分の会社を興しますが、取締会議でまさかの社長解任。しかしそれでくさることなく、人脈を生かして町づくりに関わりだした頃、東日本大震災に見舞われます。
「企業とはその業績によって社会を向上させることが役割である」という松下幸之助の言葉を挙げ、企業=社会貢献、地域に根ざし、生産者と消費者が共に利益を享受できるビジネスモデルを提唱しています。
利益を追求するのが第一の目的ではなく、仕事を通じて人の心を動かす「グッとくる」仕事をする。
仙台の自宅を開放し、被災地に物資と人を運び続け、炊き出しをし、人の輪を広げて支援組織を作り上げていく。
被災地で会った多くの人たち。支援に協力してくれた数々の団体、個人、事業経営者。
確かに彼の行動力、その人脈に頼るところも多いのでしょうが、まずはやってみること!
一歩を踏み出す。その大切さを教えてもらったような気がします。
まずは多くの人にこの現状を、被災地を見てもらいたい。
そのために、地球3周分も仙台と東京を行き来したという著者。
自分に何ができるかを考えて何もしないより、何もできないかも知れないけれどとりあえず飛び込んでみる。
その一歩が、大きな力になることだってある。
それは仕事や普段の生活にもいえることで、失うことばかり考えて何もしないより、心の喜ぶ働き方を実践してみる。
どんな学者や評論家が物知り顔で不安をあおりたてても、結局未来のことなんて誰にもわからないし、保障や保険なんて無いんですからね。
この本、実は近所の本屋さんになくて、ちょっと大型の本屋さんで探してもらったのですが、労働法規とか、ビジネス書でもかなり堅苦しい分類の棚に隠れるように並んでいました。
そこじゃないんだよなぁ~
いやそこにも一冊くらいあってもいいけれど、ビジネス書とか自己啓発本じゃなくて、やっぱり震災関係の本として並べて欲しかった。
被災地にケーキを届けた時のこと。
お店と同じようなケーキを見て喜ぶ人の中に「この娘パティシエになるのが夢なんです」という母娘がいて、「こんな美味しいケーキを作ってね」と声をかけると、その女の子はニッコリ笑顔を返してくれたんだとか。
被災地にケーキなんて、と思われる方がいるかも知れませんが、非常時にはおにぎりだってケーキだって、とりあえず食べるものが必要。常識にとらわれて二の足を踏んでしまうのは常識人の悪いクセ。
それに、女の子の笑顔という、オマケまでついてくるんですからいうことなし!
学ぶことの多い本でした。
母の日ということで、お店にはプレゼント用の花やケーキ、家族団らん用の料理とかが華やかに並んでいました。
「母の日特性クリームチーズケーキ」というのに、とっても引かれたのですが、そこはグッと我慢。
チーズケーキって母の日と関係ありませんよね?(苦笑)
商魂たくましいというか、何でもイベントにしちゃうからな。
ま、買っていけば喜ぶんでしょうけれど。
私は相変わらず本屋通い。
古本屋さんを見て回り、お目当ての本がなかったので書店で立ち読み。
茨木のり子さんの作品集、『茨木のり子集 言の葉2』(ちくま文庫)を読みました。
全3巻の作品集なんですが、こちらには「自分の感受性くらい」が収められています。
私の好きな吉野弘さんの「祝婚歌」に触れている文章も載っていて、茨木のり子さんと吉野さんとの交流の様子、ドイツの結婚式でドイツ語に訳された「祝婚歌」が披露された様子なども、とても興味深く読みました。
この「私的図書館」で紹介した吉野弘さんの「祝婚歌」の一部です。
http://blog.goo.ne.jp/-hawk-/e/c6f87cd6352f9c7b49193589a35813f6
正しいことを言うときは
少しひかえめにするほうがいい
正しいことを言うときは
相手を傷つけやすいものだと
気付いているほうがいい
その後、ドイツの結婚式ではたびたびこの詩が披露されたそうですが、若い新郎新婦がキョトンとしているのに対して、年配の夫婦にはとても評判がよかったというのが面白かったです。
時間をかけないとわからないこともありますもんね。
私はチーズケーキの誘惑を振り切って、ユニクロで買い物して、安売りのサンマを焼いて、アーサー・ランサムの『ツバメ号とアマゾン号』(岩波書店)を読んで過ごしました。
図書館で借りてきたので来週には返さなきゃいけないんですよね。
立派でありたいとか
正しくありたいとかいう
無理な緊張には
色目を使わず
ゆったり ゆたかに
光を浴びているほうがいい
健康で 風に吹かれながら
生きていることのなつかしさに
ふと 胸が熱くなる
そんな日があってもいい
―吉野弘「祝婚歌」より―
来週にはちょっと東北地方に行く予定でいます。
一年ぶりのあの地で、いろいろ見てきたいと思っています。
GW(ゴールデンウィーク)中に読んだ本で、私は衝撃を受けました。
一冊は、吉野せいさんの作品集、『洟をたらした神』(弥生書房)
もう一冊は、茨木のり子さんの作品集、『茨木のり子集 言の葉Ⅰ』(ちくま文庫)
吉野せいさんは、1899年明治32年福島県生まれ。教員として働きながら文学の道に進み、のちに詩人であった吉野義也(詩人・三野混沌)と結婚。福島県で夫と共に開墾生活に入った女性で、夫の死後、1974年昭和49年に出版された『洟をたらした神』が、第6回大宅壮一ノンフィクション賞、第15回田村俊子賞を受賞しました。
木の根を掘り起こし、草をかき分け、荒地を耕す。
借地とはいえ、少しでも広い畑を手に入れ、作物を植え、子供たちを食わせなくてならない。
厳しい労働、子供のおもちゃも買ってやれない貧困、そんな土と汗と涙で汚れて真っ黒になる暮らしの中で、同じような境遇の人々を思いやり、自然の雄大さ激しさ厳しさに目をみはり、子供たちが時に口にする言葉や行動の中に思わぬ命の輝きを見てハッとする。
私は吉野さんの文章読んだ時、「何、これ!?」と思わず驚嘆の声を上げてしまいました。
「春」に出てくる雌鶏。「かなしやつ」で北海道開拓民に志願した「満直(みつなお)さん」。
そして、自身の長男のことを書いた「洟をたらした神」
こんなにも心に響く文章を今まで知らなかったなんて…
畑仕事に追われる両親は、子供に充分にかまってやれる時間がなく、幼い妹を背負わされた6歳の男の子は、それでも甘えもせず、せがみもせず、元気に遊ぶ子供たちを遠目で見ながら、妹に聞かせるように一人歌をくちずさみます。
突っ放されたところで結構ひとりで生きている。
そのすぐ上の姉も、幼い時のこと、畑からの帰り道、夕暮れの中で父親のうしろを歩きながら、なにげにこんな言葉をつぶやきます。
何にもねえから、花煮てくうべな。
おてんとうさまあっち行った―
朝から晩まで畑仕事に追われる日々の中でも、子供たちに詩を読んで聞かせたり、ふとある小説の一説が浮かんできたり、文学や芸術がすぐそばにあるというのも、私にとっては衝撃でした。
子供に着せる物にも困窮し、医者を呼ぶにも躊躇してしまい、幼いわが子を失う悲しみ…
決して激することなく、哀れみを誘うでもなく、淡々と、しかしそれだからこそナイフのようにこちらの心に突き刺さってくる文章。
ちょっと例えようのない読書体験でした。
もう一冊の茨木のり子さんは、1926年大正15年、大阪生まれ。愛知県西尾市育ち。
脚本、童話、エッセイなども書かかれている詩人の方。
2006年に亡くなられましたが、20歳で敗戦を迎え、その時の頃を詠った作品「わたしが一番きれいだったとき」も、この作品集に収められています。
私が衝撃を受けたのは「汲む」という作品。
大人になることはすれっからしになることだと思っていた少女の頃の茨木さん。
そんな時、素敵な女性にこう言われます。
初々しさが大切なの
人に対しても世の中に対しても
人を人とも思わなくなったとき
堕落が始るのね 堕ちてゆくのを
隠そうとしても 隠せなかった人を何人も見ました
私はどきんとし
そして私は深く悟りました
大人になってもどぎまぎしたっていいんだ。醜く赤くなる、子供の悪態にさえ傷つく、頼りない牡蠣のような感受性。それらを鍛える必要なんてなかったんだ…
年老いても咲きたての薔薇
柔らかく
外に向かってひらかれるのこそ難しい
自分の中に、もういい大人なんだから落ち着かなきゃ、とか、物事をスマートにこなすことこそオシャレな大人、という感覚があって、自分の中の何かっていうとすぐビックリし、慌てふためく本性を恥ずかしいと思っていました。
でもそれで大人の態度を目指しちゃうと、どんどん内向きになって、窮屈感も感じていたんですよね。
なんだかスッキリ。茨木のり子さんってすごい!
その他、この本にはエッセイも収められているのですが、戦争中、美しいものがどんどん無くなってしまう中で、星を見ることだけが唯一で、星座早見表を手放さなかったとか、戦後、精神の飢えを満たそうと多くの人が三好達治の一冊の詩集を並んで買ったとか、すごく興味深い記述もありました。
歴史の教科書だと、こういうことは教えてくれませんからね。
『洟をたらした神』はこのブログにもコメントを下さる春庭さんのご紹介で手に取りました。
この場を借りて、お礼を申し上げます。本当にありがとうございました。
茨木のり子さんの作品は、いつもおじゃましている本好きさんのブログがきっかけ。
そこでは本だけではなくて、素敵なカフェや本屋さん、ガリ版刷りの私家本なども紹介されているのですが、森茉莉さんや高柳佐知子さんを取り上げることもあって、いつもいろいろ教えていただいています。
二冊とも、貴重な出会いになりました。
実は先日、こんなことがありまして。
とある年配の男性と会話していて、ストレス発散に何をやっているのかって話になったんですね。
そこで私は「本を読む」と答えたんですが、その方は「本を読んで発散できるかぁ?」と疑問を呈してこられました。
その時はいろいろ説得しようと試みましたが、この二冊の本を読んで、自分のやっていることは実はストレス発散じゃないんじゃないかと思ったんです。
ストレスを別のことで発散しているんじゃなくて、ストレスを本を読むことで消化している感じ?
別のことでストレスを忘れるんじゃなくて、もともとストレスに感じていたことって、こう考えれば、あるいはこう受け止めれば、そもそもストレスじゃないんじゃないか、と考え方見方を変えてみる。
いろんな本があって、いろんな時代、いろんな立場や境遇の人によって書かれた本があるから、その中には今の自分にピッタリな言葉や文章がどこかにあるはず。
それが自分の心にピッタリはまったら、その時点でその問題はもうストレスじゃない。
そんな行為を、読書を通してやっているんじゃないか? と。
もっとも、それを見越して甘い言葉をかけてくる不埒な輩(本)もいるので、そこの真偽の見極め方は難しいのですが…
ともかく、この二冊の本を読んで、「また頑張ろう」という気持ちになりました。
それだけでも、すごい力ですよね。
ますます読書が好きになりました☆
先日、夏用のスーツを仕立てに行って来ました。
実はテーラーに行くのは初めて。
ネットで調べて初めて行ったお店だったのですが、なかなか雰囲気がよくて、初老の男性店員さんが親切にいろいろと説明してくれました。
スーツはめったに着ないので、数も持っていないのですが、最近ちょっと痩せたので、それまでのサイズが合わなくなってしまったんですよね。
この間着てみたら、まるで大き目の制服を着せられている中学生みたいでした(笑)
そこで思い立ったのが遅まきながらのオーダースーツデビュー♪
今までは既製品で満足していましたが、ちょっと心境の変化もあって☆
どういう用途のスーツを作りたいのかを説明し、最近の流行などのアドバイスを受けながら生地選び。
予算と相談しながら生地を決めたら、ボタンをあれこれ比べたり、裏地をサンプルの中から選んだり、ポケットやパンツの細かいデザインを決めていきます。
こういう時間がけっこう楽しい♪
もちろん経済的なしばりがあるので、何十万円もする物には手が出ませんが、オーダーといってもピンからキリまであるので、イージーオーダーだと、そのお店の場合、2万円台から注文できるみたいでした。
想像していたよりもリーズナブル。
私は何となくオーダースーツって敷居が高いような気がしていましたが、実際に作ってみて、すごくいい経験になりました。大袈裟ですが「こんな世界もあるのか」みたいな(笑)
長く使うことを考えたら、若いうちからオーダースーツを作ることをオススメしますね。
やっぱり本物に触れるって大切です(既製品もいいところはたくさんありますよ。必要です。ただ、全部じゃなくてもね)
何だかおのぼりさんみたいな日記になってしまいました。
こいうことを日常的にこなしている人たちにとっては、いい大人が「何をいまさら」って感じなんでしょうね。
誰にだって初めてはあるんだから、大目に見て下さい。
「何をいまさら」ってことは実はまだたくさんあります。
私はまだ美容院って所で髪を切ったことがありません(いつも床屋なので)
碁も打つのですが、碁会所にも入ったことがありません。(雀荘にも入ったことはありませんが、麻雀はできないので)
旅行代理店も利用したことがありません。(ひとまかせにして便乗するのみ)
教会の日曜礼拝も外国小説によく登場するのでのぞいてみたいのですが、どうしたらいいのかがまずわからない。
競馬場や競輪場にも入ったことがありません。
自分の行動範囲からはずれた場所って、なかなか入り辛いんですよね。
そういうことに、ひとつひとつ挑戦していくのって、何だか楽しい♪
「何をいまさら」と自分の中で切り捨てるんじゃなくて、どんどんやってみると案外簡単だったりします。
もっとも、中には知らない方がいいこともあるかも知れませんけど(苦笑)
今回注文したスーツは3週間ほどで出来上がるとのこと。
袖を通すのが楽しみです♪