永子の窓

趣味の世界

源氏物語を読んできて(418)

2009年06月17日 | Weblog
 09.6/17   418回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(27)

 女三宮は、ただ源氏が言われます通りに、なよなよと靡き寄って、御心に思うまま無邪気にお答えになりますので、源氏は、とても突き放すようなことはお出来にならない。
源氏も年の功で、今では女の事はみなそれぞれだからと、穏やかにお考えになって、この姫宮も傍目には申し分のない方なのだろうと思っていらっしゃる。それにつけても、

「対の上の御有様ぞなほあり難く、われながらもおふしたてけり」
――紫の上の立派さは矢張り格別で、自分ながらよく教育したものだ――

 と、ますます紫の上を恋しく思うお気持ちに、我ながら不吉な予感さえ覚えるのでした。

 朱雀院は、その月のうちに御寺にお入りになりました。女三宮のご教育など、自分に遠慮なくするようにと、源氏にくれぐれもお頼みになります。女三宮の幼さを不安にお思いのご様子で、さらに紫の上にも朱雀院はお文をお寄こしになって、

「幼き人の、心地なきさまにて、うつろひものすらむを、罪なくおぼしゆるして後見給へ。たづね給ふべきゆゑもやあらむとぞ」
――まだ年端もゆかない人が、何の考えもないままにそちらへ移って行きましたが、お咎めなくお許しになってお世話してください。まんざら御縁がない仲ではありませんので――

 と、御歌は、

「『そむきにしこの世にのこる心こそ入るやまみちのほだしなりけれ』闇をえはるけで聞こゆるも、をこがましくや」
――「出家して棄てたこの世に、子を思う心が残っている事こそ、修道の妨げです」
子故の闇を払えないで、こんなお願いを申すのも愚痴とお考えでしょうか――

 源氏も院からのお文をご覧になって、「真心を込められたお手紙ですから、お返事を差し上げなさい」と紫の上に申します。使者にはお酒を振舞って、禄を渡されます。紫の上は、何とお返事申し上げるべきかとお困りになりましたが、たくさんの言葉を連ねて面白く書くべき場合ではありませんので、ただ感想として、

「背く世のうしろめたくばさりがたきほだしをしひてかけな離れそ」
――お棄てになったこの世がご不安でしたら、離れ難い姫宮のことを強いてお忘れになりませんように――

 とでも、お書きになったのでないでしょうか。
 
◆まんざら御縁がない仲でもない=女三宮の御母は紫の上の伯母(父母の姉)

ではまた。


源氏物語を読んできて(417)

2009年06月16日 | Weblog
09.6/16   417回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(26)

女三宮のお文は、

「はかなくてうはのそらにぞ消えぬべき風にただよふ春のあは雪」
――頼りにできず風にただよう春の淡雪のように、私は中空で消えてしまいそうです――

 筆跡のなんと幼いことか。

 紫の上はちらっとご覧になって「この位のお歳になった方は、こんなに子供っぽくはないのに」と、思われたようでしたが、見なかった振りをしてお済ませになりました。源氏も他の人なら、「随分拙い」などと、こっそり言われるところでしょうが、何分姫宮の御文ですのでちょっと気まり悪げに、

「心安くを思ひなし給へ」
――まあ、あなたはご安心なさい――

とだけ、紫の上に言われます。

 この日は、昼になって宮の方へお渡りになります。源氏の念入りにお化粧なさった御有様を、今初めて拝見するあちらの女房たちは、一様に見る甲斐あるものと言いあっています。ただ、御乳母のようなしっかりした老女房たちの中には、

「いでや、この御有様一所こそめでたけれ、めざましき事はありなむかし」
――さあ、源氏お一方はご立派ですが、なにしろ女方が多いので、面倒なこともありそうですね――

 と、心配も織り交ぜて言っています。女三宮のご様子といえば、

「いとらうたげに幼きさまにて、御しつらひなどのことごとしく、よだけく麗しきに、自らは何心もなくものはかなき御程にて、いと御衣がちに、身もなくあえかなり。ことにはぢなどもし給はず、ただ児の面嫌ひせぬ心地して、心やすくうつくしき様し給へり。」
――大そう愛らしい幼さで、お部屋の御設備などは厳めしいまでにご立派で堂々としたものでいらっしゃいますのに、ご自分ははかなげにお召物に埋もれていて華奢で弱々しくおいでになります。特に源氏には恥ずかしがりもなさらず、まるで幼児が人見知りしないようにのんびりと愛らしいご様子です――

 源氏は、あれほど優れた朱雀院でいらっしゃるのに、なぜ女三宮をこのようにのんびりとお育てになったのだろう、あれほど勿体ぶった皇女だとお聞きしていたものを、と期待はずれで残念に思われますが、さりとて、可愛くないこともない。

◆よだけく=厳めしく

◆あえかなり=弱々しい、はかない、

◆絵:女三宮と源氏  wakogennjiより

ではまた。


源氏物語を読んできて(415)

2009年06月14日 | Weblog
 09.6/14   415回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(24)

 紫の上は、源氏を特別恨んでいらっしゃる訳ではありませんが、この夜は夢の中で苦しまれたからでしょうか、源氏の夢に(紫の上が)お見えになりましたので、女三宮のお部屋でお寝みになっておられました源氏は、

「うちおどろき給ひて、いかにと心騒がし給ふに、鶏の音待ち出で給へれば、夜深きも知らず顔に、いそぎ出で給ふ。」
――驚いて目を覚まされて、どうかしたのではないかと胸騒ぎなさるうちに、鶏が鳴きだしました。まだ夜明けには間のあるものの、気づかぬふうにして、急いで女三宮の許をお立ち出でになります――

「いといはけなき御有様なれば、乳母たち近く侍ひけり。妻戸おしあけて出で給ふを、見奉り送る。明けぐれの空に、雪の光見えておぼつかなし。名残までとまれる御にほひ『闇はあやなし』とひとりごたる」
――(女三宮は)たいそう幼いご様子ですので、乳母たちが近くに控えていて、妻戸を押し開けて源氏をお見送り申し上げました。明け方の薄暗い空に、雪の光がほの見えておぼつかない。源氏が帰られた後まで残っている香りに、女房たちは、「春の夜の闇はあやなし梅の花色こそ見えね香やは隠るる」などと古歌を口づさむのでした――

 源氏は紫の上のお部屋の御格子を叩きますが、侍女たちは素知らぬ振りをして空寝をして大分お待たせしましたので、すっかり体は冷え切ってしまわれたようでした。
紫の上の夜具をそっと取りのけられますと、涙に濡れた袖でお顔を隠していらっしゃる。源氏はあらためて、あの高貴な人と比べてもこれほどの妻はいないと、紫の上をこよなく可愛いいものだと思うのでした。

 この日一日、源氏は紫の上のご機嫌が直らぬのを恨まれて、女三宮のところへ行きそびれ、お文だけを差し上げます。

「今朝の雪に心地あやまりて、いとなやましく侍れば、心やすき方にたまらひ侍る」
――今朝の雪に気分が悪くなりまして、悩ましゅうございますので、心安きところで休んでおります――

 このお文に、女三宮の御乳母は、

「然聞こえさせ侍りぬ」
――そう申し上げました――

とだけ、口頭で言われましたとか。源氏はなんと素っ気ないお返事だと味気なくお思いになります。

◆写真:まだ明けきらぬ冬の空  風俗博物館

ではまた。

源氏物語を読んできて(414)

2009年06月13日 | Weblog
 09.6/13   414回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(23)

 紫の上は、さらに、

「ひとしき程、おとりざまなど思ふ人にこそ、ただならず耳だつことも、自ずから出で来るわざなら、かたじけなく心苦しき御事なめれば、いかで心おかれ奉らじとなむ思ふ」
――私と同じくらいの身分か、目下に思う人なら、聞き棄てならないと私も思いましょうが、あの方は勿体なくも、お気の毒な方なのですから、私は出来るだけあちらにお気をお遣わせしたくないと思っているのですよ」

 などと、おっしゃいますのを、侍女の中務(なかつかさ)や中将の君などがお互いに目を見合わせて、

「あまりなる御思い遣りかな」
――あまりご同情がすぎますこと――

 と、言っているらしい。この中務(なかつかさ)や中将の君は、昔、源氏が特にお情けをかけて、手許に使われた上臈女房ですが、ここ数年は紫の上にお仕えしていますので、紫の上をお慕い申してのことでした。他の女方からも、

「いかに思すらむ。もとより思ひ離れたる人々は、なかなか心やすきを」
――紫の上の御方はどんなお気持ちでしょう。もともと諦めております私たちは、こうした時にはかえって気楽でございますが――

 などと、ご同情の文など寄こされますが、紫の上はお心の内で、

「かくおしはかる人こそなかなか苦しけれ、世の中もいと常なきものを、などてかさのみは思ひ悩まむ、など思す。」
――こんなふうに、勝手に押し量ってものを言う人こそ私には疎ましい。所詮夫婦仲などは無情のもの、そうくよくよ思い悩んでみても仕方がない、などと思っていらっしゃる――

 紫の上は、あまり長く夜更けまで起きていては、侍女たちも不審に思うであろうと、寝所に入られますが、お隣に源氏のおいでにならない寂しい夜が続いていますので、安心してお休みになれません。寝つかれない気配を侍女たちが心配してはと、寝返りもされず、まんじりともされぬ、まことにお辛そうなこの頃でございます。

◆写真:傷心の紫の上
    源氏が女三宮へお渡りになる為にお世話をする紫の上。
    寒いので火鉢があります。風俗博物館

ではまた。




源氏物語を読んできて(413)

2009年06月12日 | Weblog
 09.6/12   413回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(22)

 紫の上のお心の内は、

「年頃さもやあらむと思ひし事どもも、今はとのみもて離れ給ひつつ、さらばかくこそはと、うちとけゆく末に、ありありて、かく世の聞き耳も斜めならぬことの出で来ぬるよ。(……)」
――今までも、このようなことがあろうかと心配していた源氏の浮気も、今はすっかりお止めになっていて、もう大丈夫と安心した今になって、こうして人聞きの悪いことが起こってしまったことよ。(結局は安心できない私たちの間柄なのだ)――

 このように思いながらも、いつもどおり平静を装っておられる紫の上に、侍女たちは、

「思はずなる世なりや。(……)おし立ちてかばかりなる有様に、厭たれてもえ過し給はじ」
――思いもかけないことになったものですね。(どのような女方も、紫の上にご遠慮申しておられたからこそ、今まで無事におりましたものを)宮があのように堂々と威張っておいでのご様子に、紫の上が負けてすまされる筈はございませんでしょう。些細なことで心配なことが起こるのでは―

 などと、語り合って溜息をついていますのを、紫の上は少しも気づかぬようにお振る舞いになっておりますが、やはり侍女たちの噂をお聞き苦しく思われて、夜の更けるまで侍女たちをお相手にお話になりますには、

「かくこれからあまたものし給ふめれど、御心にかなひて、今めかしくすぐれたる際にもあらずと、目なれてさうざうしく思したりつるに、この宮のかく渡り給へるこそめやすけれ。なほ童心のうせぬにやあらむ、われも睦び聞こえて有らまほしきを、あいなく隔てあるさまに、人々やとりなさむとすらむ」
――(源氏の君には)このように大勢女の方々がおられるようですが、お気に召す程、現代風で素晴らしい方も居ないと、見慣れて物足りなく思っておいでのところへ、この姫宮がこうしてお見えになったのは、結構なことなのですよ。私もまだ童(わらわ)ごころが失せないのでしょうか、私もご一緒に仲良くしていただきたいのだけれど、どうしてまわりの者は、溝でもあるように取りざたするのでしょう――

ではまた。

源氏物語を読んできて(412)

2009年06月11日 | Weblog
 09.6/11   412回
 
三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(21)

紫の上に、源氏は、

「今宵ばかりは道理と許し給ひてむな。これより後のとだへあらむこそ、身ながらも心づきなかるべけれ。またさりとて、かの院に聞召さむ事よ」
――今夜ばかりは、結婚の決まりなのですから許してくださいよ。今後あなたを捨てて置くようなことがありましたら、わが身ながら愛想がつきるというものです。かといって、あちらを捨ててお置きしたならば、朱雀院が何とお思いになろうかと思うと――

 と、辛そうにおっしゃるのを、紫の上は少し微笑まれて、

「自らの御心ながらだに、え定め給ふまじかなるを、まして道理も何も何処にとまるべきにか」
――あなたご自身でさえ定めかねていらっしゃるのに、私など何が何やら捉えどころもありません――

 と、いかにも相手もできないという風に、はかなげにおっしゃるので、源氏は気まりが悪く恥かしくて、頬杖をついて横になっていらっしゃる。

紫の上が、硯を引きよせて何やらお書きになります。

「めに近くうつればかはる世の中を行くすゑとほくたのみけるかな」
――目のあたり、こうも変われば変わる仲なのに、ゆく末遠く頼みにしていたことよ――

 と、古歌に心境をうつしたものを書き散らされたのを、源氏もご覧になって、

「命こそたゆとも絶えめさだめなき世の常ならぬなかのちぎりを」
――命は絶えることもあろうが、世の常とは異なる二人の間は絶えることなどない――

 源氏がこのような成り行きになって、あちらへお出でになれぬのを、紫の上はそれはそれで困りますので(引きとめているようで)、お支度を整えて差し上げます。

「なよよかにをかしき程に、えならずにほひて渡り給ふを、見出だし給ふも、いとただにはあらずかし」
――糊気がほどよく抜けた御衣に、何とも言えない良い香を匂わせて出て行かれますのを見送られる紫の上のお気持ちは、決して穏やかな筈はないのでした――

◆なよよかにをかしき程=衣装の糊がほどよく抜けて体に馴染んで優雅な状態

◆写真:女三宮のお部屋  風俗博物館

ではまた。



源氏物語を読んできて(411)

2009年06月10日 | Weblog
 09.6/10   411回

三十四帖【若菜上(わかな上)の巻】 その(20)

「姫宮は、げにまだいとちひさく、かたなりにおはする中にも、いといはけなき気色して、ひたみちに若び給へり」
――女三宮は、本当にまだお小さくて、子供っぽくていらっしゃる中でもさらに幼くて、
ただただ若々しいばかりです――
 
 源氏は、

「かの紫のゆかり尋ね取り給へりし折り、思し出づるに、かれは、ざれていふかひありしを、これは、いといはけなくのみ見え給へば、よかめり、憎げにおしたちたる事などはあるまじかめり、と思すものから、いとあまり物の栄なき御様かな、と見奉り給ふ」
――源氏が紫の上を引き取られた時のことを思い出しますに、紫の上は気が利いていて、相手にしがいがあったものだが、この姫宮はただただ幼いばかりだ。まあよかろう。これなら生意気に押し出てこられることもなかろう。そうお思いになるものの、あまりにも冴えないご様子だとご覧になるのでした――

「三日が程は、夜がくれなく渡り給ふを、年ごろさもならひ給はぬ心地に、忍ぶれどなほものあはれなり」
――婚礼からの三日間というもの、源氏は毎夜女三宮の方へ行かれますので、今までそんなことに慣れていらっしゃらない紫の上のお気持ちは、我慢なさっておいででも、やはりもの淋しいのでした――

 紫の上は、女三宮の許に通われる源氏のために、御衣などにはいつもより念入りに香を薫きしめて差し上げておられますが、たいそう沈みがちでいらっしゃる。それなのにその沈み込んだご様子が可憐で美しいなどと源氏はご覧になっています。が、ああしかし、

「などて、よろづの事ありとも、また人をば並べてみるべきぞ、あだあだしく心弱くなりおきにけるわがおこたりに、かかることも出でくるぞかし」
――どうして、いろいろな事情があるにせよ、紫の上の他に妻を迎える必要があろう。浮気っぽく気弱になってきた自分の悪い癖からこんなことになるのだ――

と、源氏はわれながら辛く思われているのでした。朱雀院が、私より若い夕霧を「婿」にと仰らなかったのは、自分には無い生真面目さをお認めになってのことなのだと納得なさるのでした。

◆かたなり=未成熟
◆ひたみちに=ただただひたすら
◆あだあだしく=好色、浮気っぽい

◆写真:女三宮の衣装
    裏が濃蘇芳の五衣になっている。風俗博物館

ではまた。